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コロナ入院患者の割合では日英の差はそれほどないという衝撃的な現実を考えてみた

木村正人在英国際ジャーナリスト
コロナ危機で逼迫する医療現場(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]ボリス・ジョンソン英首相が学校閉鎖を含む3度目の都市封鎖を宣言した4日、菅義偉首相は東京・神奈川・千葉・埼玉の4都県について新型コロナウイルス等対策特別措置法に基づく2回目の緊急事態宣言を出す方向で調整に入りました。7日から1カ月間を想定しているそうです。

前回、知事から休業を要請されても営業を続けた悪質な事例が報告されていることから、菅首相は、休業や時間短縮要請に応じた給付金と応じない場合の罰則をセットにした特措法改正法案を通常国会に提出します。日本の法律では海外のような都市封鎖はできないため、強制力がない要請では効果は限定的です。

菅首相発言のポイント

・4都県について改めて午後8時までの営業時間短縮の前倒しを要請

・変異種については外国人の新規入国を原則拒否。ビジネス関係者についても相手国で変異種が発見されたら即時停止

・看護師の確保、財政支援を徹底し、自治体と一体となって病床確保を進める。必要ならば自衛隊を投入

・ワクチンは2月下旬までに接種を開始できるよう準備を進める

・東京五輪・パラリンピックは人類がコロナに打ち勝った証しとして、また東日本大震災からの復興を世界に発信する機会にしたい

・緊急事態宣言となればGo To トラベルの再開は難しい

飲食店への営業時間短縮などに対策を集中させ、小中高校への一斉休校の要請はしない方針と報じられています。イギリスが3度目の都市封鎖に踏み切ったのは、感染力が通常株より50~70%も強い変異株の大流行で3週間以内に医療崩壊する重大なリスクが顕在化したためです。

イギリス同様、逼迫する日本の医療現場

日本の新型コロナウイルス対策ダッシュボードを見ると、コロナの入院患者数が対策病床数を上回る事実上の医療崩壊が東京・神奈川・千葉・埼玉の4都県だけでなく、大阪府や愛知県でも起きていることが分かります。日本の病院は8割が民間病院と言われるだけに円滑に対策病床数を拡大できるかがポイントです。

出所)新型コロナウイルス対策ダッシュボードより引用
出所)新型コロナウイルス対策ダッシュボードより引用

厚生労働省や英政府の公開情報を比較すると、日本はPCRなどの検査数が少ないので把握される陽性者は少ないものの、人口100万人当たりのコロナ入院患者数では日英の差はそれほど大きく開いているわけではありません。イギリスのコロナ病床のキャパが少ないだけなのでしょうか。

日本でも感染はイギリスと同じ規模で広がっていることも想定されます。

日英政府資料をもとに筆者作成
日英政府資料をもとに筆者作成

菅首相は医療崩壊を回避するため大阪府や愛知県を含め即座に緊急事態を宣言すべきでしょう。日本は2メートルの安全距離、マスク着用、手洗い、換気、3密回避、保健師の職人芸によるクラスター対策で欧米諸国のような感染爆発を巧みに回避しているというのはもはや「幻想」に過ぎないのかもしれません。

しかし重症化したり死亡したりする日本人は極めて少ないという「神話」は残っています。でも欧州で暮らす日本人の中には無症状に近い軽症者でも息苦しさやすぐに疲れやすいといった後遺症に苦しまされたり、重症化した人では呼吸障害が残ったりするケースがあるので油断は禁物です。

菅首相は12月中旬、国民には5人以上、2時間以上の宴会・飲み会の自粛を求めながら、自民党の二階俊博幹事長ら7人とステーキ店で会食していたことが発覚。コロナ対策が後手に回った上、首相自らコロナ対策を軽視している姿勢を見せてしまったため、内閣支持率は急落、不支持率が上回る事態になっています。

日本の非医薬品介入(社会的距離)政策は感染者や重症者、死者の数だけ見ると非常に上手く行っているように見えますが、実は(1)高齢者が健康で肥満が少ない(2)欧米に比べ医療に容易にアクセスできる(3)医療が手厚い――ことが効果を上げているだけではないのでしょうか。

コロナ危機を測る目安は死者の数だけではありません。

膨れ上がる政府債務

どれだけ政府債務が積み上がるのかも重要な指標の一つです。国際通貨基金(IMF)のまとめによると、日本はコロナ対策のため3度にわたって総額307兆8千億円の補正予算を組みました。国内総生産(GDP)の54.9%に相当する金額です。これだけおカネをばらまいた国は世界中を見渡しても他にありません。

8カ月連続で減少する雇用者数

昨年11月の労働力調査によると、雇用者数は6017万人。前年同月に比べて29万人減り、8カ月連続で減少しています。

5カ月連続で増加する自殺者

警察庁のまとめでは、昨年11月の自殺者数は1835人(前年同期比13.6%増)。7月以降、5カ月連続で増加しています。

日本は陽性者が少ない、死者が少ないという都合の良い数字がコロナの現実を覆い隠している可能性があります。要するに政府のコロナ対策は何一つ上手く行っているわけではないことが国民の不満爆発と内閣支持率の急落の背景にあるように筆者には感じられます。

このままでは次期総選挙で自民党後退は不可避

菅首相は記者会見で衆院解散・総選挙について衆院議員の任期満了となる「秋(10月21日)のどこかで衆院選を行わなければならない」と言い間違え、会見後に首相官邸が「秋までのどこかでは」に訂正する一幕がありました。このままでは総選挙における自民党後退は不可避の情勢です。

菅首相としてはワクチンの集団予防接種を急ぎ、東京五輪成功、秋に解散・総選挙のシナリオを描いているのでしょうが、おそらく野党や左派メディアから「五輪のためにワクチン接種を急ぐ必要はない」という慎重論が噴出して政治争点化し、日本は身動きできなくなる恐れが十分にあります。

筆者はこうした混乱と空転が「日本売り」の引き金になることを恐れます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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