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トランプ的白人至上主義に対抗するため「分断」でなく「団結」を

木村正人在英国際ジャーナリスト
コロナ危機の最中、白人警官による黒人殺害事件の不当性を訴える男性(筆者撮影)

奴隷商人の銅像が破壊された

[ロンドン発]新型コロナウイルスが世界を混沌に陥れる中、アメリカで起きた白人警察官の黒人男性ジョージ・フロイドさん殺害事件への抗議運動が世界中に広がりました。ロンドンでも週末の6、7の両日、大規模な抗議デモが行われました。

「Black Lives Matter(黒人の命が大切なのだ)」「私は窒息させられている」「イギリスも無実ではない」。プラカードにアフリカ系住民や、国・民族・宗教の違い、肌の色にこだわらない若者たちの声が書き込まれていました。「イギリスは人種差別の国だ」と叫ぶ者もいました。

「Black Lives Matter」というプラカードを掲げて抗議する若者たち(筆者撮影)
「Black Lives Matter」というプラカードを掲げて抗議する若者たち(筆者撮影)

人気ミュージシャンのマドンナや世界ヘビー級統一王者のプロボクサー、アンソニー・ジョシュア、元イングランド代表のサッカー選手リオ・ファーディナンドらも加わり、参加者を驚かせました。一握りのグループが暴走する場面もありましたが、デモは平和的に行われました。

「奴隷解放の父」リンカーン像の前で抗議する子供(筆者撮影)
「奴隷解放の父」リンカーン像の前で抗議する子供(筆者撮影)

象徴的だったのは、奴隷貿易で財を築き、学校や病院、教会に寄付したイギリス商人エドワード・コルストン(1636~1721年)の銅像がデモ参加者によって引き倒され、ブリストル港に放り込まれたシーンでした。白人至上主義に基づく歴史は書き換えられるべきだという怒りでした。

1680年、織物と羊毛の貿易商だったコルストンは西アフリカの奴隷貿易を独占していたロイヤル・アフリカン会社(RAC)に加わり、金を貸して大儲けしました。アフリカ大陸から西インド諸島やアメリカ大陸に1200万人が奴隷として売られ、300万人が死亡したと言われています。

RACは国王チャールズ2世の弟(後のジェームズ2世)によって率いられていました。イギリスは1807年に世界に先駆けて奴隷貿易廃止法を制定し、200周年の2007年には当時のトニー・ブレア首相は「恥」と「深い悲しみ」を表明し、南北格差と貧困と闘う誓いを新たにしました。

人種間の格差と対立

イギリスでは2011年にアフリカ・カリブ系と白人の血を引く29歳の男性が銃器犯罪の捜査で警察に射殺された事件をきっかけに平和的な抗議デモが暴徒化し、最終的に全国に暴動が広がる事件がありました。5人が暴動に巻き込まれて亡くなりました。

被害者の父親(パキスタン出身)が「黒人、白人、アジアの人々、私たちは同じコミュニティーに住んでいます。もしあなたも私と同じように息子を失いたかったら暴動を続けるがいい。そうでなかったら落ち着きを取り戻して家に帰りなさい」と訴え、暴動は鎮まりました。

対立は白人vs黒人だけでなく、黒人vsイスラム教徒、白人vsイスラム教徒と多文化社会のイギリスでは複雑に入り組んでいます。イスラム教徒の父親は民族と人種の融和を呼びかけたのです。実際にイギリスにどれぐらいの人種差別と格差が残っているのでしょう。

【警察による不当な取り扱い】

英イングランド・ウェールズにある警察の拘置所で亡くなった人の人種割合は独統計情報会社Statistaによると次の通りです。

白人85%(人口全体に占める割合86%)

黒人8%(同3%)

アジア系3%(同8%)

「数」で見た場合、白人の犠牲者が圧倒的に多いのです。しかし(警察の拘置所で亡くなった人全体に占める割合)/(人口全体に占める割合)という指標にしてみると、非常に大きな開きが出てきます。

白人0.99

黒人2.67

アジア系0.38

【教育格差】

一般教育修了上級レベルで好成績を収めた人種の割合はどうでしょう。オックスフォード大学と国家統計局(ONS)のデータを調べてみました。

白人79.4%(イングランド・ウェールズ18~24歳人口に占める割合81.5%)

黒人1.9%(同3.7%)

アジア系12.6%(同10.3%)

これも(一般教育修了上級レベルで好成績を収めた若者全体に占める割合)/(18~24歳人口に占める割合)という指標にしてみると、大きな格差が出ています。

白人0.97

黒人0.51

アジア系1.22

【新型コロナウイルスによる死者】

新型コロナウイルスによる死者の割合はNHS(国民医療サービス)イングランドによると次の通りです。

白人82.7%(人口全体に占める割合86%)

黒人5.7%(同3%)

アジア系6.3%(同8%)

これも同じ要領で指標化してみました。

白人0.96

黒人1.9

アジア系0.79

「ナチスのスローガンは『分断と征服』」

新型コロナウイルスで欧米諸国では人種間に命の格差があることが歴然となり、外出規制による景気後退で失業の憂き目にあうのもアフリカ系の人たちが多いようです。

今回、世界的に抗議活動が広がっている背景には票集めのため白人至上主義を煽るような言動を続けるドナルド・トランプ米大統領への憤りがあります。

「狂犬」と恐れられたジェームズ・マティス前米国防長官は「トランプはわれわれを分断させようとしてきた。第二次世界大戦でナチスのスローガンは『分断と征服』。それに対するアメリカの答えは『団結には強さがある』だった」と呼びかけています。

しかし「Black Lives Matter」を口実に破壊や略奪が許されるわけではありません。それこそ分断を煽り、片方の票を自分に吸い寄せようとするトランプ大統領の罠にハマってしまいます。そして白人至上主義の挑発に「Black」と応じるのが果たして正解なのでしょうか。

イギリスでも移民が多いバーミンガムで1968年に、保守党下院議員だったイーノック・パウエル氏(1912~98年)が「15~20年後にはこの国で黒人男性が白人男性より力を持つようになる」という男性の発言を引用し、移民政策に反対しました。

移民がこのまま増え続ければ、民族紛争が繰り返されたローマの「テベレ川のように血であふれる」と移民規制の強化を訴えたのです。この悪名高きパウエル氏の「血の川」演説は、世界が分断され、人種間の緊張が高まるたび亡霊のように蘇ってきます。

悲しいことに人間は心の奥底に他者への本能的な嫌悪感を宿しているからです。だからこそトランプ的なるものに対抗するために、私たちは「Black Lives Matter」と叫ぶのではなく「All Lives Matter(全ての命が大切なのだ)」と唱えなければならないのではないでしょうか。

ロンドンの議会前広場で行われた抗議活動(筆者撮影)
ロンドンの議会前広場で行われた抗議活動(筆者撮影)

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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