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新型コロナで浮き彫りになる安倍首相の“独り相撲” 英首相は科学主導の三人四脚 どちらが立派?

木村正人在英国際ジャーナリスト
新型コロナウイルス対策で”独り相撲”が目立ち、お疲れ気味の安倍首相(写真:つのだよしお/アフロ)

米CNNがWHO無視してパンデミック宣言

[ロンドン発]新型コロナウイルス感染症が中国から世界に広がり、イタリアやイランで死者が急増していることを受け、米CNNは9日から世界保健機関(WHO)や米疾病予防管理センター(CDC)の宣言を待たずに「パンデミック(世界的な大流行)」という言葉を使い始めました。

イギリスのボリス・ジョンソン首相もこの日緊急会見し「わが国はまだ封じ込めフェーズだが、世界の状況を見るとそれだけでは足りない。次の遅延フェーズの準備に入る」と述べました。英国の感染者は321人、死者は5人ですが、変化は急激に訪れ、急増する恐れがあるそうです。

クリス・ホウィッティ・イングランド主席医務官は「おそらく10~14日間のうちに熱や軽いインフルエンザのような症状のある人には1週間、自宅で自己隔離をお願いすることになる」と述べました。休校や集会禁止のようなドラスティックな手段をとることは当面はないそうです。

ジョンソン首相は前回、行動計画を発表した記者会見と同じようにホウィッティ主席医務官とパトリック・ヴァランス政府首席科学顧問を従えて、医学と科学に基づいて行動計画を実行に移す姿勢をアピール。イギリスの行動計画は約10年かけて更新されてきたものです。

ホウィッティ主席医務官は「感染してもほとんどが軽症なので自宅で療養してもらう。こうした人たちにはPCR検査もしない」と強調しました。ヴァランス顧問は「空港での発熱者スクリーニングや大規模な集会の禁止はほとんど効果がない」と述べました。

日々のモニターから感染の拡大を予測して適切なタイミングで適切な対策をとります。感染者のピークを50%に抑え、高齢者や持病のある人の死亡率を20~30%減らして感染のピークを夏にずらすのが目標です。感染のピークを減らしすぎると今度は来シーズンに反動が来ます。

前回の記者会見では訪れた病院で感染者と握手したような発言をして物議を醸したジョンソン首相ですが、この日は「握手をしないことが、相手に手洗いが大切だと伝えるサブリミナルなメッセージになる」という無難な答えにまとめました。

科学の影が薄い日本

一方、日本はイギリスに比べて科学の影が薄いので気になります。新型コロナウイルスの流行で専門家会議の初会合が持たれたのはクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に対する検疫の破綻が明らかになった直後の2月16日です。

安倍晋三首相は2月27日に突然、全国の小・中・高校の休校を要請。専門家会議のメンバーが「休校は諮問されておらず提言もしていない。将来の可能性も含み議論したことすらない」と暴露してから、専門家会議は29日、3月2日の2回とも持ち回り開催になってしまいました。

当の安倍首相は3月2日の参院予算委員会で「直接、専門家の意見を伺ったものではない。時間をかける暇(いとま)がない中で私の責任で判断した。事前の準備にかける時間が少なかったのは、その通りだと思う。負担をかけるのは本当に申し訳ない」と述べました。

「専門家は1、2週間が瀬戸際で正念場だという認識を示した。時間を取っている暇はない中で判断した。学校で新たなクラスター(患者集団)が発生することだけは避けなければいけないと判断した」と言います。官房長官も文部科学相も知ったのは当日という首相の独断専行でした。

日本では2009年の新型インフルエンザを受け、新型インフルエンザ等対策特別措置法が制定されました。当初、新型コロナウイルスは特措法の対象外というのが政府見解でしたが、安倍首相は突如として新型コロナウイルスを期間限定で特措法の対象とする法改正を目指し始めました。

泥縄式とはまさにこのようなことを言うのでしょう。7月24日に開幕する東京五輪・パラリンピックを無事開催したいという強いプレッシャーでしょうか。しかし封じ込めに失敗した国が出てきた以上、いくら日本が頑張ってみたところで一国だけでは封じ込めは成立しません。

日本は目標を共有できているか

イギリスの行動計画は(1)封じ込め(2)遅延(3)緩和――に加えて(4)研究という4つのフェーズから成り立っています。まだイギリスは封じ込めフェーズですが、ヴァランス政府首席科学顧問の話を聞いていると集団免疫ができる時期まで頭に描いていることがうかがえます。

新型コロナウイルスは患者1人から2.6人に感染するので集団免疫レベルが50~60%に達した時点で流行は終息に向かうと考えられています。イギリスは感染のスピードを遅らせながら、来シーズン以降に終息に向かう集団免疫の獲得も視野に入れているようです。

3月2日に開かれた日本の専門家会議の参考資料「新型コロナウイルス感染症の流行シナリオ(2 月 29 日時点)」を見ると、厚生労働省は(1)封じ込めフェーズではなく、(3)医療崩壊を防ぐ緩和フェーズに備えているように見受けられます。

イギリスではパフォーマンス好きのジョンソン首相でさえ医学と科学に頭を垂れ、チームプレーに徹しています。欧州連合(EU)加盟国とは異なるアプローチをとるホウィッティ主席医務官とヴァランス政府首席科学顧問からは科学に基づく確固たる自信がのぞきます。

不安を覚えるのは安倍政権の政策決定にどれだけ科学的知見が生かされているか、です。新興感染症の流行に対する行動計画のフェーズと目標が首相、厚労省、自治体、病院、現場の医療従事者、市民の間で共有されているか――という点です。

安倍首相は新型インフルエンザ等対策特別措置法を改正して緊急事態宣言を行い、新型コロナウイルスをねじ伏せて五輪開催にこぎつけたいのでしょうか。首相がこれまで以上に“独り相撲”を取り出すと、戦いの最前線である医療現場が大混乱してしまう恐れがあります。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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