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「こんまり」流お片づけが世界を救う 債務危機のギリシャでオンライン中古市場が急成長

木村正人在英国際ジャーナリスト
今年のアカデミー賞に出席する近藤麻理恵さん(写真:ロイター/アフロ)

物質主義の悪夢

[ロンドン発]世界中でベストセラーになった「人生がときめく片づけの魔法」に続く、ネットフィリックス(Netflix)の新シリーズ「Tidying Up with Marie Kondo」で「こんまり」現象を巻き起こしている近藤麻理恵さん(34)。

債務危機で破綻したギリシャでも「こんまり」流の脱・物質主義がブームになっています。欧州単一通貨ユーロへの加盟でバブルに悪酔いした時代、ギリシャ人はロレックスの高級時計、ポルシェやBMWの高級車を買い漁って自慢し合いました。

しかしバブルは崩壊し、首都アテネはその日に食べるモノを求めて、ゴミ箱を漁る人も出るほどのどん底に突き落とされました。人々は物質主義の悪夢からさめ、自宅で要らなくなったモノを処分し、必要なモノは中古市場で手に入れるようになりました。

オランダでクラシファイド広告のオンラインサービス「マーケットプレイス」を立ち上げ、大成功を収めた起業家ロビン・シュイル氏(36)はギリシャの人々を債務危機から救うため、同じようなサービス「ベンドラ・ギリシャ(Vendora.gr)」を立ち上げました。

スタッフはわずか6人という「ベンドラ」はギリシャで急成長しているそうです。これは世界が消費社会から循環型社会に移行し始めたシグナルかもしれません。社会に変革をもたらす「こんまり」現象の秘密についてシュイル氏にスカイプで尋ねてみました。

ロビン・シュイル氏
ロビン・シュイル氏

――「こんまり」を知っていますか

「ギリシャの人々はネットフィリックスを通じて近藤麻理恵さんのことをよく知っています。彼女は今、ギリシャだけでなく世界中で人気です」

「多くの人が近藤さんの考え方にインスピレーションを感じているようです。それだけでなく家の中にある『ときめかなくなった』モノを処分し始めました」

――あなた自身「こんまり」に対する思い入れはありますか

「私はまだネットフィリックスのシリーズ『Tidying Up』全編を見たわけではありません。しかし『こんまり』流の考え方はギリシャの人々にとってはとりわけ良かったと思います」

「人々は人生にとって何が一番大切か、幸せとは何かに気付き始めました。世界金融危機と欧州債務危機の前、ギリシャの人々は物質主義に支配されていました」

「すべての人々が黄金のロレックスに群がりました。ギリシャの首都アテネは人口1人当たりの国内総生産(GDP)ではロンドンに遠く及びませんでしたが、1人当たりのポルシェのような高級車所有率は世界有数の都市でした」

「しかし人々は債務危機から、カネをつぎ込んだこうした物質が何の幸せも慰めも、もたらさないことを学んだのです」

「ネットフリックスで『こんまり』シリーズが放映されるようになってから、ギリシャだけでなく世界中の消費者マインドがシフトしました。より多くの人々が誰かに勝ち誇ったり、より多くのモノを買ったり所有したりすることが幸せではないことをオープンにするようになりました」

「所有物を少なくしたり、贅沢品を買うのを減らしたりすることの方が自分の心を豊かにしてくれることに気付き始めたのです。人々はよりベーシックな生活を、より持続可能な生活をするようにシフトし始めたのです」

――ギリシャが債務危機に見舞われる前の物質主義についてもう少し詳しく教えていただけますか

「アテネの人々はドイツの高級車ポルシェやBMW、2シートの車を欲しがりました。銀行は簡単にカネを貸したのです。銀行が電話をかけてきて、クレジットカードをさらにもう1枚、勧めました」

「信用与信枠に限度がなく、人々は競うように借りたおカネで贅沢品を買うようになったのです。5台車を持っていた人は6台目の車を買いました」

「人々はそれほど大きな家にはこだわりませんでしたが、目に触れやすいもの、グッチのバッグやロレックスの高級時計を買い漁りました。ギリシャは1970年代の半ばまで軍事政権に支配され、経済は非常に難しい状況でした」

「それが欧州連合(EU)やユーロに加盟し、西洋の高級ブランドを手に入れることができるようになったのです。旧ソ連が崩壊した後のウクライナでも同じことが起きました。ギリシャも、ウクライナも同じように危機に見舞われました」

「バブル期に買った別荘を貸しに出しても貯金もできない状況です。BMWの燃料代も払えない、ロレックスの時計を売ろうにもギリシャには買える人がいなくなりました」

「今や人々の考え方は変わり始めました。人々は心の中にある本当の幸せを求め始めたのです」

――シュイルさん自身のお話をおうかがいできますか

「私自身は債務危機の影響を直接、受けたわけではありません。オランダ出身の私がギリシャに来るようになって3年になりました。ウクライナ危機の時に同国を訪れ、今のガールフレンドに出会いました」

「私は16歳の時にオランダで自分のキャリアを始め、成功しました。仲間たちと『マーケットプレイス』というクラシファイド広告のオンラインサービスを起業し、オランダで一番大きなウェブサイトになりました」

「5年後に米インターネットオークションのイーベイに(報道では2億9000万ドル=約314億円で)買収され、27カ国にビシネスを広げました。さらに3年後、イーベイを辞めて、もう一度小さなビジネスを始めることにしたのです」

「そんな時、アテネのオランダ大使に招かれたのです。在アテネ・オランダ大使館はその時、ギリシャでのスタートアップを支援していました(これまでに同大使館は160のスタートアップに関わる)」

「私は自分の経験をギリシャの起業家にシェアするように要請されたのです。大使館が課題を抱えている他国の起業を支援するというのはユークな試みで刺激を受けました」

「ギリシャが危機から抜け出すためには多くの起業家が新しい会社を起し、ビジネスを広げて仕事を生み出し、収入を押し上げていく必要があります。私はこの2年間、ギリシャに行き、もう一度、新しいビジネスを立ち上げました」

――素晴らしいお話ですね。ギリシャでのビジネスについて詳しく教えていただけますか

「『ベンドラ・ギリシャ』は私たちが起したオランダの『マーケットプレイス』や英国の『ガムトリー』と同じクラシファイド広告のオンラインサービスです」

「ベンドラ・ギリシャ」のサイト
「ベンドラ・ギリシャ」のサイト

「基本的に消費者からおカネはいただいていません。携帯電話から自動車、住宅まで何でも売ったり、買ったりできるのです。仕事も探すことができます」

「人工知能(AI)を使ってユーザーが検索したテキストやアップロードした画像を分析しています。ユーザーがウェブサイトで何を探しているのか傾向や購買行動をつかみ、将来の需要をリテイラー(小売店)に伝えて広告を掲載し、手数料をいただいています」

「車の購入時期やメンテナンスの状況など豊富なデータを持っているので、いつ新しいタイヤが必要になるのか予想できるのです。私たちのサービスはユーザーごとにパーソナライズされています」

――あなたのビジネスが今、どのようにギリシャの人々を手助けしていると思いますか

「どうして私が自分の事業に刺激を覚えるかというと、16歳で中古品のクラシファイド広告サービスを始めた時、81歳の女性から感謝の手紙をいただきました」

「彼女は非常に少ない年金しかもらっていませんでした。家の不要になったモノを売ったおカネで孫へのクリスマスプレゼントをもっと買うことができたのです」

「母親になった女性が私たちのサービスを通じて中古品のベビー服を購入したのをきっかけにベビー服販売を始め、オランダで最大級のベビー服販売を手がけるようになりました。今では40人の雇用を生み出しています」

「オランダでは実際のお店よりオンラインショップの方が多くなりました。オランダは人口1人当たりのオンラインショップが一番多い国と言われています」

「同じことをギリシャでも起したいのです。ギリシャでは収入が不足していることから中古市場は必要不可欠なビジネスになりました。私たちのビジネスは人々が雇用主に依存せずに新たなビジネスを始める機会を提供しています」

「ギリシャには小さな生産者がたくさんいます。オリーブオイルをつくったり、家畜を生産したり。しかし今までは田舎や多くの島々にいる生産者と消費者をつなぐプラットフォームが存在しなかったのです」

――あなたは自分のことを社会起業家と考えていますか

「もちろんです。私たちは利益を求める企業ですが、社会的な責任をいつも考えています。中古品を売買するのは資源を有効活用することになり、環境保護に貢献します」

「ギリシャは多くのモノを輸入していますが、私たちのサービスを通じて行われるローカルな売買でおカネが国外に流出するのではなく、ギリシャにとどまることも大きいと思います」

「ギリシャの人々は地元で生産されたモノを売ったり買ったりするのがしやすくなります。私たちは、ギリシャの購買力を押し上げることができると考えています」

――「ベンドラ・ギリシャ」を通じて実際に何が売買されているのでしょうか

「私たちの市場は水平です。主に携帯や衣服、コンピューターゲーム、本、手作りのニットバッグやリフォームされた家具も売買されています」

「ギリシャにはギリシャ語という言葉の壁があり、アマゾンやイーベイといった米国のビッグプレイヤーが入ってきにくいという特殊な事情があります」

「売買が成立すると50%の人は商品を郵便で送り、受け取った時点で配達人に代金を支払っています(キャッシュ・オン・デリバリー)。残りの50%は地理的に狭い範囲で商談が成立した場合、実際に会って売買しています」

「ギリシャには本当に多くの島があります。アマゾンが翌日配達をしようと思っても特別なオペレーションが求められるのです。フェイスブックのマーケットプレイスとの競争がありますが、私たちは買い手と売り手のコミュニティーを構築することに力を注いでいます」

「検索データを持っているという利点が『ベンドラ・ギリシャ』にはあります。私たちはギリシャのペイメント会社などとパートナーを組んで、参加者の不安を取り除いています。私たちのサイトには月に50万人が訪れ、6万点の商品の広告が掲載されています」

【ギリシャ債務危機】

2009年、ギリシャ政府の財政赤字の粉飾が明らかになり、債務危機が発生。10年に欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)から1100億ユーロ(約13兆3400億円)の緊急融資を受ける。12年に1300億ユーロ(約15兆7600億円)の追加支援と1000億ユーロ(約12兆1300億円)の債務削減を実施する。

昨年8月、EUやIMFのギリシャに対する金融支援プログラムが8年ぶりに終了したものの、ギリシャの若年(15~24歳)失業率は37.5%と高止まりしている。ホームレスも急増している。アテネだけでホームレスは2万人を超える。

生活困窮者に無料で食料を配布する支援団体「フードバンク・ギリシャ」が年に取り扱う食料は4年間で24トンから41トンに増えた。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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