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英国の大脱走は失敗に終わるのか 域外関税を振りかざすEUはトランプ米大統領と本質的には変わらない

木村正人在英国際ジャーナリスト
5時間の閣議で離脱協定書への同意を取り付けたメイ首相(写真:ロイター/アフロ)

閣僚11人が反対

[ロンドン発]欧州連合(EU)離脱協定について英国とEUの交渉担当者が合意に達し、11月14日、テリーザ・メイ首相は5時間に及ぶ閣議の末、585ページに及ぶ離脱協定書について同意を取り付けました。

しかし閣僚29人のうち11人が異を唱えたと英紙デーリー・メールは報じています。

与党・保守党内の強硬離脱派は党首の不信任投票に必要な48人は集まったと「メイ下ろし」の狼煙を上げています。

メイ政権に閣外協力する北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)のアーリーン・フォスター党首はこうツイートしました。

「メイ首相と1時間にわたって率直な話し合いを持った。首相は私たちの立場と懸念を十分に分かっている」

メイ首相と意見が対立する強硬離脱派は40~80人、残留派は最大16人、DUPは10人の下院議員を擁しているため造反されると英議会で離脱協定が否決される恐れがあります。

メイ首相の決意

閣議を押し切ったあと、メイ首相は首相官邸前で決意を表明しました。

「内閣はちょうど離脱協定の原案と、EUとの将来の関係の政治宣言のアウトラインについて長く、詳細な熱のこもった討論を行った」

「私たちが迫られた選択は特に北アイルランドのバックストップ(後述)の関係で難しかった」「しかし内閣の一致した決定は重大な一歩だ」

「さもなくば合意なき(無秩序)離脱か、それともEU離脱そのものがなくなってしまう」「これから先には試練の日々が待ち受けている」

「私はこの決定が英国全体の利益に最も適っていると固く信じている」

離脱協定書

11月25日、EUの臨時首脳会議が開かれ、協定書に署名される見通しです。

しかし英議会で離脱協定が否決されるとメイ政権は倒れ、保守党の党首交代、解散・総選挙による政権交代か、EU離脱にストップをかける2度目の国民投票か、筋書きのないドラマが始まります。

文字通り、サイは投げられたのです。

「合意なき無秩序離脱」になると市民生活や英国経済への影響は深刻です。日産、トヨタ、ホンダ、日立など英国に進出する日系企業は1000社を超え、戦々恐々としながら状況を見守っています。

まず、離脱協定の内容を見ておきましょう。

(1)英国がEUに離脱清算金最大390億ポンド(約5兆7700億円)を支払う

(2)英国、EUがすでに移住している市民の権利を相互保障する

(3)英国が来年3月29日にEUを離脱したあと2020年末までの移行期間を設ける

(4)北アイルランドとアイルランドの間に「目に見える国境」を復活させない

――の4点が柱です。

北アイルランドのバックストップ

最後まで交渉のトゲとして残されていた北アイルランド国境問題(全長5キロ)、つまり英国とEU間の唯一の陸続き国境問題のバックストップ(交渉が決裂した場合の安全策)はどうなったのでしょう。

現在、北アイルランド・アイルランド間に車のナンバーを読み取る「目に見えない国境」は残っていますが、道路標識のマイル表示がキロメートルに変わるだけで自由に行き来できます。

(1)2020年末までとされていた移行期間を20XX年まで延長する。2020年7月に判断する

(2)移行期間が過ぎても英・EUの間で国境を復活させない解決策が見つけられない場合、解決策が見つかるまで英国全体がEUの関税同盟に残留する。北アイルランドについては単一市場へのアクセスを認める

3600人以上の犠牲者を出した北アイルランド紛争を終結させるため、1998年「ベルファスト合意」が結ばれました。

この精神を守るため、英国がEUを離脱した後もアイルランドとの間に「目に見える国境」は復活させないことが昨年12月の基本合意で約束されています。

強硬離脱派は何に反対しているのか

しかし、このバックストップが恒久化すると、米国と自由貿易協定(FTA)を締結したり、米国を除く環太平洋経済連携協定(TPP)参加11カ国の新協定「TPP11」に参加したりできなくなってしまいます。

このため、与党・保守党内の強硬離脱派ボリス・ジョンソン前外相が「誰もこんな芝居には騙されない。わざと交渉を遅らせた。我々はEUの関税同盟に繋ぎ止められ、ブリュッセルの規制に縛られる。この合意は英国の降伏を意味するだろう」と反対しています。

メイ首相の離脱案は(1)英・EU間の「人の自由移動」は終結(2)サプライチェーンを寸断しないようEU離脱後も「モノ」については無関税で障壁のない自由貿易圏を維持するという内容です。

これに対してジョンソン前外相ら強硬離脱派はEU・カナダ包括的貿易投資協定(CETA)型に上乗せするスーパー・カナダ型FTAの締結を主張しています。

EUの首席交渉官ミシェル・バルニエ氏は早くも英国がEUの関税同盟に留まる案を牽制球として投げてきています。

EUのやっていることはトランプと同じ

英保守党の遺伝子(DNA)は基本的に自由貿易、無関税、規制緩和です。

これに対してEUは自動車に10%の域外関税(日本は0%、米国2.5%)を課すなど「関税の壁」を築き、規制をパワーの源泉にしています。

EUは、英国の離脱をきっかけに他の加盟国にも離脱ドミノが波及するのを極度に恐れて、締め付けを図ってきました。

EUも域外関税を武器に英国に嫌がらせするのではなく、関税撤廃、規制緩和に大きく舵を切って英国のEU離脱の衝撃を弱めるべきでしょう。

筆者作成
筆者作成

メイ首相がEUの関税同盟に繋ぎ留められるのではなく、英・EU自由貿易圏から若干、スーパー・カナダ型自由貿易協定FTAに歩み寄って米国とのFTA締結やTPP11加盟への道筋を示すことができれば、僅差で英議会を通過する可能性は残っていると筆者は考えます。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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