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自殺大国ニッポンの取り組み 自殺防止担当相を新設した英国 「独りぼっち」から抜け出すために必要なこと

木村正人在英国際ジャーナリスト
独りで悩まないで(写真:アフロ)

孤独担当相、野宿死対策に続く自殺防止担当相

[ロンドン発]世界メンタルヘルス・デーの10日、英国のテリーザ・メイ首相はイングランド地方の自殺防止担当相を新設、メンタルヘルス・格差担当の政務次官ジャッキー・ドイルプライス氏を初代担当相に任命しました。

メイ首相は今年に入って孤独担当相を新設したり、野宿死対策を発表したりするなど、メンタルヘルスに深刻な問題を抱える「どん底」の1%を救う政策を次々と発表しています。英国全体の自殺者数を見ておきましょう。

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自殺者の総数は1988年の6873人(男性4850人、女性2023人)をピークに年々、下がっており、昨年は5821人(男性4382人、女性1439人)。

2008年の世界金融危機のあと、財政再建のための緊縮財政で福祉が切り捨てられ、前年には5391人まで減っていた自殺者が13年には6242人まで増えました。

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人口10万人当たりの自殺者数(自殺率)は1981年の14.7(男性19.5、女性10.6)から昨年は10.1(男性15.5、女性4.9)まで減っています。

働き盛りの男性の自殺

45~49歳の働き盛りの男性の自殺率が24.8と最も高く、90歳以上の男性の自殺率も17.4と高くなっています。

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自殺の原因ははっきりとは分かりません。女性に比べて悩みを打ち明けられる友人や仲間が少ない男性が突然、自らの命を断ち、周囲がショックを受けるケースが多いようです。

メンタルヘルスのグローバルサミットのホスト国になった英国のメイ首相は「私たちには多くの人たちに沈黙を強いているスティグマ(烙印)に終止符を打ち、多くの命を奪う自殺の悲劇を防止することが可能です」と訴えました。

「ワンネーション・コンサーバティズム」

メイ首相は今年1月「孤独担当相」を新設。コープ(生協)と英国赤十字の調査によると、英国では900万人が孤独を抱えているそうです。社会的な支援を受けたことがある17歳から25歳までの若者の43%が孤独による問題を経験し、愛されていると感じたことがある者は半分もいませんでした。

8月には、27年までにイングランドの野宿者をゼロにする「野宿者対策」を発表。イングランドの野宿者は過去7年間増え続けており、昨年は4751人にのぼったと推計されています。英紙ガーディアンによると、13年以降、路上で死亡した野宿者は合計で230人を超えました。

英国では19世紀、産業革命が広げた貧富の格差を埋めるため、温情主義的な義務を上流階級に求める「ワンネーション・コンサーバティズム」が提唱されたことがあります。

経済成長と富の再分配を実現する現代の「ワンネーション・コンサーバティズム」が求められています。

依然として高い日本の自殺率

英国家統計局(ONS)とは異なる世界保健機関(WHO)のデータで先進7カ国(G7)と中国、インド、韓国の自殺率を比較してみました。競争社会への変身を遂げた韓国の自殺率は26.9。先進7カ国(G7)の中では日本の自殺率は18.5と一番高くなっています。

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次に警察庁のデータから日本の自殺者数と自殺率の推移を見ておきましょう。

金融危機で北海道拓殖銀行や山一証券が破綻、リストラの嵐が吹き荒れた1997(平成9)年の2万4391人から翌年には3万2863人に激増。ピークとなった2003(平成15)年の3万4427人から徐々に減り始め、昨年は2万1321人でした。

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日本では自殺は個人的な問題と考えられ、公に語るのはタブーとされてきました。しかし00年、親を自殺で亡くした子供たちが口を開き、05年には自殺対策支援センター「ライフリンク」が国会議員と協力して初の自殺に関するフォーラムを開催。06年に自殺対策基本法が成立します。

07(平成19)年に初めて自殺総合対策大綱が策定され、17(平成29)年7月には大綱「誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して」が閣議決定されました。

「自殺は、その多くが追い込まれた末の死である」「年間自殺者数は減少傾向にあるが、非常事態はいまだ続いている」として、26(平成38)年までに自殺率を13以下に減らすことを目指しています。

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安倍晋三首相の経済政策アベノミクスで失業率が2.4%に抑えられていることも自殺に歯止めをかける大きな要因になっているように思います。

自殺を巡る俗説と事実

世界全体の自殺者は80万人を超えています。WHOは14年に「自殺を予防する 世界の優先課題」の中で、俗説を訂正して、自殺は予防可能な公衆衛生上の問題だという意識を高めることが重要だと指摘しています。

俗説「自殺を口にする人は実際には自殺するつもりはない」

事実「自殺を口にする人はおそらく援助や支援を求めている。自殺を考えている人の多くが不安、抑うつ、絶望を経験しており、自殺以外の選択肢はないと感じている」

俗説「ほとんどの自殺は予告なく突然起こる」

事実「多くの自殺には言葉か行動による事前の警告サインが先行する。もちろんそのようなサインがないままに起こる自殺もある。しかし警告サインが何であるかを理解し、用心することは重要である」

俗説「自殺の危機にある人は死ぬ決意をしている」

事実「この俗説とは反対に、自殺の危機にある人は、生死に関して両価的であることが多い。人によっては、生き延びたかったとしても、例えば衝動的に農薬を飲んで数日後に亡くなることもあるかもしれない。適切なタイミングで情緒的支援にアクセスすることで、自殺は予防できる可能性がある」

俗説「自殺の危機にある人は、いつまでも危機にあり続ける」

事実「自殺の危険の高まりはしばしば短期的で状況特有である。自殺念慮を再び抱くことはあるかもしれないが永遠ではなく、以前自殺念慮があった人や自殺企図をした人でも長生きすることができる」

俗説「精神障害を有する人のみが自殺の危機に陥る」

事実「自殺関連行動は深い悲哀のしるしであるが、必ずしも精神障害のしるしではない。精神障害とともに生きる多くの人が自殺関連行動に影響を受けるわけではないし、自ら命を絶つ人のすべてが精神障害を有するわけではない」

俗説「自殺について話すのはよくない。促しているようにとられかねない」

事実「自殺についてのスティグマが広がっているため自殺を考えている人々の多くは誰に話したらよいかわからない。包み隠さず話すことは、自殺を考えている人に自殺関連行動を促すよりはむしろ、他の選択肢や、決断を考え直す時間を与え、自殺を予防する」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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