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ビットコインも30%下落 アルゼンチン政策金利は45%に トルコ通貨危機の伝播に慄く新興国と欧州銀

木村正人在英国際ジャーナリスト
トルコ通貨危機でビットコインも暴落(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

米国の出口戦略で状況一変

[ロンドン発]「鉄鋼・アルミニウム関税を倍にする」というドナルド・トランプ米大統領のツイートで一気に暴落した新興国トルコの通貨リラ。仮想通貨ビットコインも7月25日の8431ドルから8月14日には5967ドルと30%近く下落し、一時6000ドルを割ってしまいました。

日米欧の中央銀行が世界金融危機以来、続けてきた超金融緩和政策の出口戦略を模索していることから、トルコ通貨危機は、外資頼みの急成長を遂げてきた新興国に広がる恐れを拭い去ることはできません。過去の例を見ると通貨危機は連鎖しています。

日米欧の先進国はいずれも低金利・低インフレ・低成長に苦しんでいます。

アングロサクソン系の米国と英国を除くと、日欧はゼロ金利か、マイナス金利。低金利の先進国で借り入れて、高金利・高インフレ・高成長の新興国に貸し付けた方が、大きなリターンが期待できます。

しかし「米国第一!」を唱えるトランプ大統領の登場と米連邦準備制度理事会(FRB)が出口戦略に舵を切ったことで状況は一変。

政策金利を45%に引き上げたアルゼンチン

Yahoo! FINANCEを使って新興国通貨の最大下落幅(過去52週間=約1年)を調べてみたところ、下のグラフのようになりました。

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トルコ、南アフリカ、ブラジル、インドネシア、インドはフラジャイル・ファイブ(脆弱な5カ国)と呼ばれ、市場は警戒を強めています。流動性の低い新興国通貨は値動きが激しいので、特に注意が必要です。

今回のトルコ通貨危機でアルゼンチン中央銀行は13日、緊急会合を開き、政策金利を40%から45%に引き上げました。高金利で外資の流出、つまりアルゼンチンの通貨ペソが売られるのを防ぐための緊急避難措置です。

新興国は対外債務を積み上げており、逃げ足が速い短期資本の割合が非常に高くなっています。

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米中間選挙向けパフォーマンス

トランプ大統領がトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領を非難する直接の理由は、米ノースカロライナ州出身のアンドリュー・ブランソン牧師(50)がスパイとクーデター未遂事件に関係していた疑いで1年半以上もトルコ国内で拘束されているからです。

でも、この時期にどうして対トルコ制裁を一気にエスカレートさせたのでしょう。トランプ大統領が今年11月の中間選挙を意識しているのは明らかです。ブランソン牧師はキリスト教福音派の牧師としてトルコ西部の港湾都市イズミルで布教活動を行っていました。

7月、エルドアン大統領はブランソン牧師の拘束を解き、自宅軟禁にします。しかし福音派のキリスト教徒マイク・ペンス米副大統領は解放を要求、拒否されました。このため、トランプ政権はトルコの法相と内相の2人に経済制裁を発動。さらに鉄鋼・アルミの高関税措置を発表しました。

福音派はトランプ大統領の大きな支持基盤なので、中間選挙で勝つためにはエルドアン大統領に対して一歩も引くわけにはいかないのです。

プロレス流パフォーマンスを得意とするトランプ大統領は分かりやすい敵を必要としています。強権主義を強めるエルドアン大統領は格好のヒール役なのです。

ほくそ笑む中国とロシア

トランプ政権も2年目になり、保護主義や孤立主義の波紋が国内だけにとどまらず、世界中に波及し始めました。

トランプ氏は大統領選で北大西洋条約機構(NATO)は「時代遅れ」とこき下ろし、NATO目標である対国内総生産(GDP)比2%の国防費を達成する気のないアンゲラ・メルケル独首相を徹底的にやり込めました。

そして長年のNATO同盟国であるトルコがロシアと急接近しているとは言うものの、トランプ大統領はツイートでトルコ通貨危機の引き金を引いてしまいました。エルドアン大統領を失脚させ、親米政権を打ち立てようというような深謀遠慮は全く感じられません。

米国の「通商拡大法232条」は「国家安全保障上の脅威になる」と判断した場合、輸入制限を発動できる強い権限を大統領に与えています。しかし、こんな調子で輸入制限措置を発動していたら「強い米国」を復活させるどころか、世界中を敵に回してしまいます。

米国と敵対するトルコが中国やロシアとの関係を強化するのは想定の範囲内です。危機に陥ったトルコを救えるのは中国しかいません。トランプ大統領のスタンドプレーはまさしく中国の習近平国家主席やロシアのウラジーミル・プーチン大統領の思う壺なのです。

欧州の銀行にも飛び火の恐れ

トルコ通貨危機は欧州の銀行にも飛び火する恐れがあります。下は国際決済銀行(BIS)のデータをもとに作成したトルコに対する各国銀行の国際与信残高です。スペイン、フランス、イタリア、英国、ドイツの銀行が貸し込んでいることが一目瞭然です。

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一時、デカップリング論がもてはやされましたが、経済のグローバル化で先進国と新興・途上国の経済を切り離して考えるのは難しくなりました。トランプ大統領のプロレス流パフォーマンスが奏功し、秋の中間選挙に勝って、次の大統領選で再選するようなことになれば、米中逆転が一気に加速するのはもはや避けられないでしょう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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