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北朝鮮危機で核使用に言及した英国防相「日本の真の友とは」 安倍首相はイギリスのTPP加盟を後押しせよ

木村正人在英国際ジャーナリスト
北朝鮮の弾道ミサイル発射に備える迎撃ミサイル(写真:ロイター/アフロ)

北朝鮮の核・ミサイル危機に言及

[英マンチェスター発]英保守党大会3日目の10月3日、マイケル・ファロン国防相が北朝鮮の核・ミサイル危機に言及したのでビックリしました。欧州主要国の中で、ここまで踏み込んでくれる国はイギリスをおいて他にないでしょう。

マイケル・ファロン英国防相(筆者撮影)
マイケル・ファロン英国防相(筆者撮影)

欧州連合(EU)を離脱することで国際社会におけるイギリスの地位が下がったとしても、日本にとってイギリスはドイツ、フランスより重要な国であることに変わりはありません。

EU離脱をめぐる「EUは正しく、イギリスはわがまま」という図式の解説はあまりあてにはなりません。日本にとって安全保障上、イギリスは「真の友」になりつつあります。まず、ファロン国防相の発言を拾っておきましょう。

「ロシアの潜水艦活動による侵略行為は冷戦以来、最高レベルです。北大西洋条約機構(NATO)加盟国国境で数千人のロシア軍部隊が軍事演習を行っています」

「北朝鮮は日本上空を通過する弾道ミサイルを発射しました」

「アジア太平洋から中東、欧州にかけて、わが国は同盟国やパートナーとの国防協力を深めています。イギリスは、それ以上の国はないアメリカという偉大な同盟国を持っています」

「国防に関してイギリスには、ロシアや北朝鮮、掃討作戦を展開するダーイッシュ(過激派組織IS、いわゆる「イスラム国」のこと)で緊密に協力する真の友、ジム(ジェームズ)・マティス米国防長官がいます」

「核使用の可能性がある英首相は反戦主義者には務まらない」

「国際社会にわが国の大志を示すのに新しい空母2隻にまさる声明はないでしょう。6万5000トンもある空母2隻は世界に展開可能で、次の50年間、作戦に使えます」

新しい空母2隻を強調するファロン国防相(筆者撮影)
新しい空母2隻を強調するファロン国防相(筆者撮影)

「私たちは空母に載せる艦上戦闘機として、すでに12機の米ステルス機F35を持ち、120人のパイロットと地上整備員をアメリカで訓練しています」

「テリーザ・メイ首相のリーダーシップの下、わが国は4隻のドレッドノート級潜水艦(核ミサイル搭載型原子力潜水艦)を建造し、核抑止力を更新中です」

「北朝鮮の違法な実験はわが国を守る核抑止力をいかに無責任に崩壊させてしまうかを際立たせています」

「労働党の党首ジェレミー・コービンは絶対に核兵器を使用しないと言っていますが、北朝鮮の平壌からマンチェスターやロンドンはアメリカのロサンゼルスより近いのです」

「最も極端な状況に備えなければなりません。核兵器を使用する可能性があるイギリスの首相は(コービンのような)反戦主義者には務まらないということです」

最近の世論調査で、コービン労働党はメイ保守党を最大8%ポイント引き離しています。もし英総選挙で「反戦主義者のコービン首相」が誕生したら、いくら他国のこととは言え、日本にとっては悪夢以外の何物でもありません。

国防費を増やすイギリス

ファロン国防相は核兵器の使用に言及することでイギリスの核抑止力を再保証したのです。NATO目標である対GDP比2%を達成しているイギリスはロシアや北朝鮮、国際テロの脅威に備えるために国防費をさらに増やさなければならないとも明言しました。

これには背景があります。イギリスのEU離脱を支持している新しい駐英米国大使ロバート・ジョンソン氏が英紙デーリー・テレグラフのインタビューに対し、イギリスにもっと国防費を増やすことを求めたのです。

「前に進む力強い国に求められる能力を持っているかどうかを問われる時、もっと使う決意が必要になる。イギリスは(NATO目標の対GDP比2%という)最低限の目標しか満たしていない。それが十分かどうか判断しなければならない。アメリカはその2倍使っている。アメリカはもっと使える」

リチャード・バロンズ前英統合軍司令官もメイ首相に公開書簡を送りました。「もしイギリス国民の安全を守りたいのなら軍を回復させなければならない。そのためには冷戦終結後始まった国防費削減の流れをひっくり返す必要がある」

イギリスのミサイル防衛はアメリカ頼みです。北朝鮮の核ミサイルに対してイギリスは全く無防備なのです。

「日英同盟」復活も

メイ首相は訪日中の8月31日、安倍晋三首相と安全保障協力に関する日英共同宣言を発表しました。

「日英両国はそれぞれアジアおよび欧州におけるアメリカの最も緊密な同盟国である」「基本的な価値、利益を共有する同盟国との協力を強化する戦略的なコミットメントを共有している」ことを確認しています。

北朝鮮の核・ミサイル危機については「世界は過去に例を見ない脅威に直面している。日英両国は協力して北朝鮮による不安定化を招く危険な政策と挑戦に反対する」と朝鮮半島の非核化に向けた同盟国との協働を強調しました。

イギリスの空母展開についても「陸海空軍の派遣を通じたアジア太平洋地域へのイギリスの安全保障面での関与強化を歓迎する」とうたいました。「日英同盟」復活への大きな一歩と言える内容です。

日本にとって「まさかの時の友」とは

一方、ドイツのアンゲラ・メルケル首相は北朝鮮の核・ミサイル危機は米朝2国間の問題で、ドイツはあまり関係ないとの立場です。

メルケル首相がホスト役を務めたハンブルクでの20カ国・地域(G 20)首脳会議(サミット)では、北朝鮮の核・ミサイル開発に対する非難は盛り込まれませんでした。中国やロシアが反対し、対立を恐れて欧州が踏み込むのを避けたためです。

アメリカのドナルド・トランプ大統領が「アメリカ自身や同盟国を守る必要に迫られたら、北朝鮮を完全に破壊する以外に選択肢はない」と核抑止力を強調したことに対し、メルケル首相は国外向け公共放送ドイチェ・ヴェレ(DW)にこう発言しました。

「この手の脅しに私は反対します。私自身、ドイツ政府に関して言えば、いかなる軍事的な解決も全く適切ではない、外交努力によるべきだと考えていると言わざるを得ません」

「対北朝鮮制裁、制裁の強化が正しい答えだというのが私の意見です。北朝鮮に関して他の選択肢は間違っていると考えます。それが、我々ドイツがアメリカの大統領と明確に意見を異にする理由です」

日本にとって「まさかの時の友」とはドイツでしょうか、それともイギリスでしょうか。

苦しいEU離脱交渉

保守党大会を取材していて分かるのは、2019年3月末に交渉期限が迫っているEU離脱交渉はイギリスの思うようには全く進んでいないということです。通商国家イギリスにとってビジネスとは相互利益であり、貿易交渉は関税をゼロに引き下げるために行うものです。

しかしEUは法外な離脱清算金の支払いに応じるまでは本題に入らない姿勢を貫いています。離脱交渉はイギリスにとって「ビジネス」であるのに対し、EUにとっては欧州統合プロジェクトに泥を塗ったイギリスに対する復讐という「政治」そのものなのです。

交渉を担当するふてぶてしい面構えのデービッド・デービスEU離脱担当相にも疲労の色がにじみます。党大会の演説でこう述べました。

疲労の色がにじむデービッド・デービスEU離脱担当相(筆者撮影)
疲労の色がにじむデービッド・デービスEU離脱担当相(筆者撮影)

「もし交渉の結果がイギリスの必要とするラインに達しなかったら、代替策を用意する」「ホワイトホール(イギリスの官庁街)ではいかなる結果にも対応できるよう非常時の計画を策定中だ」

「われわれが望んでいるわけではないが、備えておく必要があるからだ」

日本はEUと経済連携協定(EPA)の大枠で合意していますが、EUを離脱していくイギリスを支えてやる必要があります。

先の日英首脳会談でメイ首相は「世界貿易機関(WTO)におけるイギリスの独立したコミットメントの確立に対する日本の支援」を歓迎しました。最悪シナリオではイギリスはWTOルールに基づいてEUと貿易しなければならなくなります。

保守党大会のフリンジ・イベントでシンクタンク、レガタム・インスティテュートのシャンカー・シンガム氏は、イギリスがEU離脱後に環太平洋経済連携協定(TTP)に入るシナリオについて言及しました。

シャンカー・シンガム氏(筆者撮影)
シャンカー・シンガム氏(筆者撮影)

アメリカがトランプ大統領になって抜けたとは言え、TPPにはオーストラリアやカナダ、ニュージーランドといったイギリスと関係の深い国が参加しています。安倍首相は、イギリスが丸裸でEUを放り出される非常事態に備えて、イギリスのTPP加盟を後押ししてやるぐらいの度量が求められています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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