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「日本を沈める」北朝鮮の核恫喝 元CIA長官は筆者突撃に「米朝対話で解決を」と語るもトランプは迷走

木村正人在英国際ジャーナリスト
米朝首脳会談はあるのか? 金正恩とトランプのソックリさん(写真:ロイター/アフロ)

「ジャップに一撃をお見舞いしてやれ」

北朝鮮は、石油精製品の輸入を年間200万バレルに制限する国連安全保障理事会の制裁決議に反発して、「4つの島からなる日本列島は主体思想の核爆弾によって海に沈められるべきだ。日本は我々の近くに存在する必要はない」と脅しをかけてきました。

朝鮮中央通信によると、北朝鮮の朝鮮アジア太平洋平和委員会報道官は13日の声明で次のように述べました。

「北朝鮮の軍と人民は一致して、制裁決議を主導したヤンキーが狂犬用の棍棒で撲殺されることを望んでいる」「忍耐にも限界がある。今こそアメリカの帝国主義侵略者を全滅させる時だ。アメリカ本土を灰と暗黒にしてやれ」

「喜んでアメリカが主導する制裁に加わったジャップ(日本人への蔑称)を強く非難する」「日本列島の上空に大陸間弾道ミサイル(ICBM)を飛ばしてやったのに、まだ事態をのみ込めないジャップどもには一撃をお見舞いしてやらねば」

「アメリカの操り人形、韓国は、同胞への過酷な制裁を要求するアメリカに追従する裏切り者、犬だ。アメリカに味方する裏切り者は炎の攻撃で厳しく罰せられ、一掃されるべきだ。奴らはこれ以上、生存できない。朝鮮半島は北朝鮮によって統一される」

口汚いメディア批判で物議をかもし続けるアメリカの大統領ドナルド・トランプもさすがに、後退りするような口の悪さです。核ミサイル攻撃の能力を獲得した北朝鮮の朝鮮労働党委員長、金正恩に恐れるものはないようです。

アメリカの悲劇

金正恩はアメリカと同盟国の日本、韓国をやり玉に挙げる一方で、中国とロシアを天秤にかけ、北朝鮮の生殺与奪の権を握る中国を牽制しているのです。北朝鮮への石油禁輸と金正恩の資産凍結を見送った国連安保理の制裁決議からはアメリカ・日本・韓国VS中国・ロシア・北朝鮮の構図が透けて見えます。

アメリカのクリントン、ブッシュ(子)、オバマ政権で国家安全保障局(NSA)長官、中央情報局(CIA)長官を歴任したマイケル・ヘイデンが13日、英議会内で講演したので、突撃取材で「トランプが危機を回避するため金正恩と直接、会談する可能性はあるのか」と質問してみました。

筆者の突撃取材に応じたヘイデン元CIA長官(筆者撮影)
筆者の突撃取材に応じたヘイデン元CIA長官(筆者撮影)

ヘイデン「トランプが金正恩と直接話すのは賢明ではないし、そうなることは望んでいません。がしかし、ある時点でトランプ政権が北朝鮮と協議することで危機は終結に向かうでしょう」

ヘイデンは講演で、情報機関とトランプのこじれた関係についてこう表現しました。

「国家安全保障会議(NSC)で、『事実』と書かれた扉から入ってくるのが情報機関。帰納的に事実を検証し、未来を推測するため、悲観的です。楽観的な人は情報機関では務まりません」

「政策立案者は推論的で、『ビジョン』と書かれた扉がいつも開いています。彼らは楽観的です。部屋の真ん中に座っているのが大統領。しかし、トランプは不思議な自信に満ち、本能的に発言し、それが事実に基づいているとは限らないのです」

「情報機関は今、大統領との関係正常化に全力を尽くしていますが、情報機関に対する無知、セックス・スキャンダルを暴いた文書の流布、ロシアゲートでトランプの情報機関への敵対感情はさらに悪化し、関係は最悪です」

「誰がトランプに『事実』を伝えるのか。アメリカの悲劇です。政策立案者も完全な嵐の中に突入しています」

北朝鮮が核ミサイル攻撃の能力を獲得した今となっては、米朝関係をこれ以上、悪化させないことがアメリカの最優先課題です。にもかかわらず、トランプが情報機関の伝える「事実」に耳を傾けていないとしたら、政策立案者も手の打ちようがありません。

挑発に乗るトランプ

トランプはこれまで北朝鮮の挑発に乗って、恫喝発言を繰り返してきました。

「(もし北朝鮮が核ミサイル計画を拡大し続けるのなら)炎と怒り、世界がこれまで見たことがないようなパワーを見ることになる」

「おそらく声明だけでは警告として十分ではなかったようだ」「(もし北朝鮮がアメリカや同盟国への攻撃を考えようものなら)彼らが考えたこともないような事態に見舞われよう」

アメリカの国防長官ジェームズ・マティスも北朝鮮による6回目の核実験を受け、9月3日にアメリカによる「核の傘」、すなわち核兵器による報復攻撃について明言しています。

「アメリカとグアムを含む領土、もしくは同盟国に対するいかなる脅威も、大規模な軍事的な報復、効果的で圧倒的な報復を受ける」

「アメリカは北朝鮮という名の国を完全に破壊することを望んでいないが、そうする手段はたくさん持っている」

「核保有国」の既成事実化

金正恩の狙いははっきりしています。まず、米全土を攻撃できる核ミサイル能力を獲得し、より精度を上げるため、核実験とICBMの発射実験を継続することです。

次にトランプ政権でアメリカが迷走する一方で、中国の国家主席、習近平が秋の党大会で体制を固める前に、国際社会における「核兵器保有国」としての地位を既成事実化することです。

中国とロシアはアメリカ軍がアジアから撤退するのを望んでおり、北朝鮮が抑止核を保有するのを黙認しようとしているようにうかがえます。中国が北朝鮮の後ろについている限り、いくら経済制裁を振りかざしてもアメリカには有効な手立てがないのが悲しい現実です。

今回の核危機を回避するためには、ヘイデンが指摘するように米朝協議しか道がないのですが、中国と違ってアメリカには交渉の切り札がありません。

習近平がダボス会議でグローバリゼーションを支持し、欧州ではドイツの首相アンゲラ・メルケルが指導力を強めています。白人中心主義、孤立主義を唱えるトランプ大統領の登場で世界におけるアメリカの存在感は薄れています。

北朝鮮の核ミサイル問題はその一端に過ぎないのです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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