Yahoo!ニュース

「兵士の給与が半分に」イラクとシリアの過激派組織ISが資金難 米財務省が資金封じ

木村正人在英国際ジャーナリスト
過激派組織ISに参加している子供(オンライン機関誌DABIQより)

イラクやシリアで活動する過激派組織ISの資金源が細り、彼らの「首都」であるシリア北部ラッカで兵士に支払われる報酬が半分に減額されたそうです。テロリストの資金源を潰している米財務省のダニエル・グレーザー次官補が9日、英下院内で行った講演で明らかにしました。

国際テロ組織アルカイダとISの違いはいろいろあります。アルカイダがクウェートなどイスラム教スンニ派の産油国内の支持者からの寄付を活動資金にしているのに対し、ISの主な資金源は(1)原油や天然ガスの販売収入(2)イラクやシリアの支配地域の住民から取り立てる「税金」(3)銀行の金庫から奪取した現金――です。

ダニエル・グレーザー次官補(米財務省HP)
ダニエル・グレーザー次官補(米財務省HP)

グレーザー次官補はIS資金について、原油や天然ガスの販売収入は年5億ドル(575億円)、支配地域の「税金」が年数億ドル(数百億円)、イラク北部や西部の国営銀行の金庫室から強奪した少なくとも5億ドル(575億円)と見積もっています。

海外からの寄付は2014年も15年もそれぞれ200万~300万ドル(2億3千~3億4500万円)しかありません。

IS資金は他のテロ組織に比べてもかなり潤沢です。グレーザー次官補によると、まずISの資金源を断ち、資金を動かせないよう地元と国際社会の金融システムからシャットアウトしました。アルカイダは国際金融システムの中でテロ資金を動かしていましたが、地元密着型のISにはアルカイダに通用した手法はまったく通じません。

イラクやシリアでのIS空爆をウォッチしている調査報道ジャーナリストのサイト「エアウォーズ」によると、米国が主導する有志連合の空爆回数は1万224回に及び、投下したミサイルと爆弾の数は実に3万5006発です。

エアウォーズHPより(筆者加工)
エアウォーズHPより(筆者加工)

原油と天然ガスのサプライチェーンを集中的に爆撃する「高波2」と名付けられた作戦は、IS支配地域の油井、精製所、タンカートラックを標的にします。破壊されたタンカートラックは数百台にのぼり、ISは原油や天然ガスを運べなくなりました。

イラク第2の都市モスルの空爆ではISが国営銀行の金庫室から強奪した現金のうち少なくとも数百万ドルが灰になったとみられています。

「税金」収入を根絶やしにするため、15年8月にイラク政府の協力を得て、IS支配地域への給与支給を禁止しました。イラク当局はIS支配地域の労働者に支給していた少なくとも月に総額1億7千ドル(約195億円)、年換算で20億ドル(約2300億円)を完全にストップします。

ISは原油・天然ガスの販売、「税金」収入、強奪資金で兵士への報酬支払いや兵器調達、地域住民への基本サービスを提供していますが、「首都」ラッカでは15年後半に全兵士への月給を一律50%もカットしたことがISの内部文書で明らかになっています。

グレーザー次官補はイラク中央銀行と協力してIS支配地域にある約90の銀行支店の取引を遮断します。ISが関係する約150の両替商も金融取引からシャットアウトします。両替商のリストはイラク中銀のウェブサイトで公開され、地方政府もISにつながる両替商との取引を止めています。

IS関連の違法取引や密輸もシラミ潰しにしています。ルー米財務長官は15年12月に国連安全保障理事会で初めて財務相会合の議長を務め、アルカイダを対象にした制裁スキームをISにも拡大します。国連も米国同様、ISに関係した人物をターゲットに制裁を実施しています。

グレーザー次官補(筆者撮影)
グレーザー次官補(筆者撮影)

ISの資金繰りの基本は現地調達です。グレーザー次官補によると、イラクとシリアのISから世界各地に拡散するIS関連組織への送金は目立ったものではないそうです。英キングズ・カレッジ・ロンドン大学の過激化・政治暴力研究国際センター(ICSR)の調査によると、15年夏以降、ISのソーシャルメディアへの投稿数が減っています。

イラクとシリアのISの兵士数は「3万人で変わりはない」(リンダ・ロビンソン米ランド研究所上級国際政策アナリスト)という分析もあり、ISが追い詰められているのかどうかは、まだよく分かりません。

ちなみに、このグレーザー氏、2005年に北朝鮮の金正日総書記の口座もあったとされるバンコ・デルタ・アジア(BDA)制裁を仕掛けた凄腕の金融捜査官。昨年1月、米下院外交委員会の公聴会で「我々は北朝鮮の資金ルートを探している」と述べています。講演後、筆者は「ところで金正恩第1書記のハニーポット(隠し口座)は見つかりましたか」と直撃してみました。

グレーザー氏は「今日はハニーポットについては話せないよ」とニヤリと笑みを浮かべました。  

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事