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ギリシャへの難民、昨年の750%増 ハンガリーでは「東西」ならぬ「難民の壁」

木村正人在英国際ジャーナリスト
ギリシャにゴムボートで押し寄せる難民(写真:ロイター/アフロ)

リゾート地に殺到する難民

アフガニスタンやシリアから大量の難民がトルコから約10キロのギリシャ・コス島に殺到し、警官が警棒で殴ったり、消火器を吹き付けたりする事態が起きている。

人口3万人の島に押し寄せた難民はこれまでに7千人。当局はスタジアムを開放して登録申請の手続きを進めている。しかし、緊急医療、飲料水、食料、仮の住まい、情報のすべてが足りない。

ついに難民のイライラが爆発したのが警官隊と衝突した理由だ。「食べ物をくれ」「登録申請書を早く寄越せ」。債務危機に陥っているギリシャは財政難で人手も財政も不足している。

ギリシャに押し寄せる難民は昨年同期比の750%も増えており、コス島の当局者は「このまま混乱がエスカレートすると、流血の事態を招く」と戦々恐々だ。

i-Mapより
i-Mapより

上の地図は欧州連合(EU)の支援を受け、欧州刑事警察機構(Europol)とも協力して中東・北アフリカからの難民を追跡しているi-Mapというサイトである。

赤丸で囲んだコス島はトルコに近く、東地中海ルート(黄色)の目的地の一つになっている。イラクやシリアで大量に発生している難民はこのルートを経由してギリシャに向かっている。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、今年に入って7月末までに12万4千人(昨年同期比750%増)の難民が地中海経由でギリシャにやってきた。シリアからの難民はこのうち6割を超える。

7月だけで5万人、6月より2万人も増えた(70%増)。いずれもトルコに近い、北からレスボス、キオス、サモス、レロス、コスといった島々がボートピープルの目的地だ。コス島で起きたような騒ぎは他の島々でも起きている。

グーグル・マイマップで作成
グーグル・マイマップで作成

ギリシャにたどり着いた難民が子供を連れて70キロも歩かされるケースも報告されている。アテネ市内の公園では400~450人が野宿する。今年、6月終わりまでに登録申請できた難民は12万4千人中、6200人に過ぎない。

逮捕者は15万7千人

その一方で、ギリシャ警察当局は今年1~7月に15万6726人を不法入国・滞在者として逮捕している。昨年同期の逮捕者は3万2070人。しかし地中海を渡るボートピープルの流れは止まらない。

今月7日から10日にかけ、ギリシャ当局は59カ所の海上で1417人を救出した。彼らに帰る家はないのだ。

UNHCRのVincent Cochetel欧州支局長はこう力を込める。

「これは欧州で起きている人道的な非常事態だ。ギリシャと欧州の緊急の対応が求められている」「こうした人々の大多数は内戦が続いたり、人権が侵害されたりしているシリア、アフガニスタン、イラクから来ている」

「弾圧や迫害を逃れてやってきた人たちが苦しむような事態は避けるべきだし、避けることができるはずだ。ギリシャ当局は対応を調整できる組織を至急一本化して、適切に人道支援できるメカニズムを構築する必要がある」

昨年と今年の死者は5600人以上

2015年入って7月末までに、地中海を渡って中東・北アフリカから欧州に到達した難民は22万5千人。2100人がその途中で亡くなったり、行方不明になったと推定されている。

昨年は約21万8千人がボートで地中海を渡ったが、航海途中で少なくとも3500人が死亡した。コス島など東地中海ルート以外の難民の移動ルートを見ておこう。

東アフリカルート(i-Mapより)

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中央地中海ルート

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西地中海ルート

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西アフリカルート

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ハンガリーに175キロのフェンス

ギリシャと同じ東地中海ルートにあるハンガリーは、EU加盟国から送還されてくる難民を受け入れないと発表した。EUでは難民は最初に到着したEU加盟国で登録申請を行う必要があるが、ギリシャで申請しないままハンガリーに流入してくる難民が多い。

ハンガリーで申請した難民がその後、他のEU加盟国に流れて送還される場合、送還先はギリシャではなくハンガリーになる。ハンガリーはバルカン半島経由の難民の流入を阻止するため、セルビアとの国境沿いに約175キロのフェンスを建設中だ。

1989年に東西を分断したベルリンの壁が崩壊した際、民主化の進むハンガリーでオーストリアとの国境線の鉄条網が撤去され、東ドイツ市民はハンガリー、オーストリア経由で西ドイツに逃れたことが突破口を開いた。

シェンゲン協定で移動の自由が認められているイタリアとフランスの国境も「封鎖」される騒ぎが起きた。難民がイタリア経由でフランスや北欧に移動しようとしているため、フランス当局が国境で難民の流入を阻止したのだ。

避難民6千万人

2001年の米中枢同時テロに続くアフガニスタン戦争、イラク戦争。そして世界金融危機、欧州債務危機。中東の民主化運動「アラブの春」に端を発するリビア内戦、シリア内戦を経て、中東・北アフリカは大混乱に陥っている。

UNHCRのグローバル・トレンズ・レポート(年間統計報告書)によると、昨年末時点で紛争や迫害を逃れ、家を追われた人の数は5950万人。内訳は難民1950万人(前年比280万人増)、国内避難民3820万人(同490万人増)、庇護申請者は180万人(同60万人増)。急増し始めたのはシリア内戦が始まった11年からである。

ちなみにイタリアの人口は6100万人だ。

難民発生国トップ3

(1)シリア388万人

(2)アフガニスタン259万人

(3)ソマリア111万人

受け入れ国トップ5

(1)トルコ159万人

(2)パキスタン151万人

(3)レバノン115万人

(4)イラン98万2千人

グテレス高等弁務官は「人々の強制移動の規模は拡大し、危機への対応能力は縮小傾向にある。世界規模で対応するために、紛争や迫害を逃れて避難する人々の保護を可能にする新しい人道支援のあり方が求められている」と訴える。

中東・北アフリカから欧州への玄関口はギリシャやイタリア、そしてスペイン。ボートピープルの約6割が難民ではなく、密航者と言われる。EUは密航斡旋業者の逮捕やボートの差し押さえ、破壊の軍事行動を計画している。

EUはギリシャへの財政や人員の支援を打ち出しているものの、「臭いものにはフタ」で負担をギリシャに押し付け、とてもEUレベルの抜本的な対策とは言えないのが現状だ。だから難民に対するギリシャ当局の取り扱いも冒頭紹介したように手荒くなる。この2年、ギリシャが子供や女性のシリア難民をトルコに押し返すケースが目立っているという。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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