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ギリシャもドイツもIMFも子供の喧嘩は止めましょう 「三方一両損」で解決を

木村正人在英国際ジャーナリスト

日本とギリシャは違う

ギリシャのユーロ圏離脱が懸念される中、日本の安倍晋三首相は22日の参院決算委員会で、「万一、国の信認が損なわれて金利が急激に上昇すれば、経済・財政、国民生活に大きな影響が及ぶ」と指摘する一方で、日本の財政の信用力はギリシャとは違うと強調した。

資金繰りに窮するギリシャと違って、日本は、政府部門を除いてカネが余っている。下のグラフは日銀の資金循環統計から家計、民間(非金融法人)、政府の金融資産・負債のフロー(昨年中)を見たものだ。

日銀・資金循環統計より筆者作成
日銀・資金循環統計より筆者作成

日銀の異次元緩和がもたらした円安のおかげで家計だけでなく、民間もプラス。しかしカネ回りが一向に良くならないので、政府がせっせと使う形になっている。家計・民間・政府の合計でみると、5兆円のプラスだ。

ストックで見ても家計・民間・政府の合計で286兆円のプラス。政府の総債務が国内総生産(GDP)の約240%になっても、安倍首相が言うように、経常黒字だから心配はご無用というわけだ。

同

長期金利の上昇を招かないよう、安倍政権は2020年度のプライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化を目標に掲げ、財政再建計画をまとめている。しかし事実上、財政を支えている日銀の異次元緩和のおかげで財政規律は次第に緩んでいる。

一縷の望み

今年3月、ユーロ圏会合で協議するチプラス首相やメルケル首相ら(EUのHPより)
今年3月、ユーロ圏会合で協議するチプラス首相やメルケル首相ら(EUのHPより)

ブリュッセルでは22日夜、緊急のユーロ圏首脳会議が開かれ、ギリシャ支援を協議する。チプラス首相は新たな財政改革案を示す見通しだが、交渉が決裂すればギリシャのデフォルト(債務不履行)は不可避となる。

対立点は(1)財政の黒字目標(2)受給年齢の引き上げなど年金削減(3)電気代などへの付加価値税(VAT、日本の消費税に相当)の増税だ。

国債通貨基金(IMF)のラガルド専務理事は「6月末までに返済がなければ、ギリシャは7月1日に債務不履行となるが、そうならないよう望んでいる」「猶予期間や2カ月の延期はない」とギリシャに最後通牒を突きつけている。

英国の民間団体ジュビリー債務キャンペーンによると、IMFはこれまでにギリシャへの緊急融資(利息は3.6%)で25億ユーロの利益をあげている。2024年まで返済が続けば、利益は43億ユーロに達するという。ギリシャ政府への貸し手は欧州連合(EU)やIMF、欧州中央銀行(ECB)が78%を占めている。

ジュビリー債務キャンペーンのまとめ
ジュビリー債務キャンペーンのまとめ

EUやIMF、ECBがギリシャに融資した2520億ユーロのうち2329億ユーロは、ギリシャの国債を保有していたドイツ、フランスの銀行など債権者への支払いにあてられた。ギリシャ国民のために使われたのは、支援策のわずか10%未満。

年20億ユーロで欧州統合を逆戻りさせて良いのか

ギリシャ案と債権者団案の差は年20億ユーロと報じられている。そのわずかな差のために第二次大戦後に欧州が積み上げてきた統合プロジェクトを逆戻りさせるとしたら常軌を逸した行いというほかない。

ギリシャがユーロ離脱に追い込まれたら、ギリシャ国民は塗炭の苦しみを味わい、さらに国内世論は過激化する。ギリシャはロシアと接近し、バルカン半島は新たな不安材料を抱えることになる。

果たしてそれで良いのか、ドイツのメルケル首相も、フランスのオランド大統領も真剣に考える必要がある。チプラス首相はイデオロギーを捨てて、現実に目を向けなければならない。ユーロ圏内の罵り合いを「子供の喧嘩」にたとえたIMFのラガルド専務理事(元フランス経済・財政・産業相)も同様だ。

欧州統合の父たち

フランスとドイツは、三十年戦争(1618~48年)、ナポレオン戦争(1799~1815年)、普仏戦争、第一次大戦、第二次大戦と、絶え間なく戦争を繰り返してきた。第二次大戦では、石炭と鉄鉱石の産出地アルザス地方の帰属をめぐって、夥しい血が流された。

仏財界人ジャン・モネ(中央、EUのHPより)
仏財界人ジャン・モネ(中央、EUのHPより)

「欧州統合の父」と呼ばれるフランスの財界人ジャン・モネと仏外相シューマンは、戦争の原因になってきた石炭と鉄鋼を共同管理することで、欧州の戦後復興を成し遂げ、平和と安定、繁栄を築こうと提唱した。

ECSC設立を宣言する仏外相シューマン(中央、同)
ECSC設立を宣言する仏外相シューマン(中央、同)

そして1952年、フランス、西ドイツ(現ドイツ)、イタリア、ベネルクス3国の6カ国が自国の権限の一部を移譲して創設したのがECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)である。今のEUはその延長線上にある。欧州の統合プロジェクトは、お互いの利害対立を政治的な理念で乗り越え、平和と繁栄を築こうという人間の英知である。

頭を冷やして考えなければならない。築き上げていくのは難しいが、壊してしまうのは簡単だ。この問題を作り出したのはギリシャ政府であり、デフォルト、ユーロ離脱で苦しむのはギリシャ国民である。チプラス首相の方から、年金削減、VAT増税に応じて、債権者団に誠意を示すべきだ。

その上で、EUやECBはギリシャの債務を軽くしてやる。IMFも数字ばかりに固守せず、欧州政治の安定のためにバランサーを買って出てはどうか。欧州にはバランサーが見当たらない。バランサーになるべきIMFが一番最初に交渉の席を立っては、それこそ「子供っぽい」という批判がピッタリくる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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