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【大阪都構想】ワーストワンの街・あいりん地区は賛成、反対?

木村正人在英国際ジャーナリスト

期日前投票30万人超える

「大阪都構想」の住民投票が17日に行われる。賛成が1票でも上回れば2017年4月に初めて政令指定都市が廃止され、大阪市は5つの特別区に生まれ変わる。投票権者は日本国籍を有する20歳以上の大阪市民211万3924人のうち、15日時点で30万6956人が期日前投票を済ませている。

4月12日に投開票が行われた大阪市議選(投票率49.27%)の期日前投票は同じ2日前の同月10日時点で17万7671人。今回、期日前投票が市議選のときに比べ1.7倍超も増えていることから、住民投票の投票率はかなり高くなることが予想される。

15日のテレビ討論会。都構想を訴える大阪維新の会代表、橋下徹大阪市長と反対派が激しい舌戦を繰り広げた。メディア(産経新聞、日経新聞)から双方の言い分を拾ってみた。

橋下市長「府市の話し合いでは解決できない」

橋下市長「大阪府が大阪全体の仕事をし、特別区が医療、福祉、教育などに集中することで二重行政は完全になくなる」「府市の話し合いでは解決できない」「地下鉄や高速道路建設、企業誘致などで府市が決裂したときにどうまとめるのか」

「少子高齢化時代、今のままの大阪市では市民は破滅的な暮らしを送ることになる」「府と市の無駄な二重行政をなくすため都構想で先手を打つ」

「(特別区設置後17年間で約2700億円の財源が生まれるという)効果額は確定ではないが赤字にはならないことは確実」「住民サービスを低下させる区長の施策には区議会が反対する。今の大阪市を守ればサービスが守れるというのも絶対うそだ」

自主投票の公明党も改めて反対

自民党の花谷充愉府議「二重行政は特別区と府の間でも生まれる」「(都構想の)制度論に5~6年も費やし、職員が忙殺された」「最近では府市の話し合いは機能している」

共産党の山中智子市議「126年の伝統がある大阪市をなくしてはいけない。政令市の権限を生かした改革が求められている」「サービスをどれだけカットするかは区長、区議会が決めることで(低下しないかどうかは)何の見通しもない」

公明党の明石直樹市議「市長、知事と議会の対立で市民生活に悪影響が出る。住民投票で決着させたい」「無駄な二重行政は存在しない。図書館や体育館は府立、市立ともに利用率が高い」「特別区の独自の財源が少なくなり、住民サービスが下がる」「(橋下市長らが指摘する都市開発のムダは)府と市の施策判断の失敗であり、二重行政ではない」

自主投票の方針だった公明党も改めて反対の立場を鮮明にしたことで、橋下市長ら都構想の推進派はいよいよ窮地に追い込まれた。下の円グラフは各党の大阪市議選の得票率だ。都構想を推進する大阪維新の会は公明党の支持者に反対されると苦しくなる。

筆者作成
筆者作成

あとは浮動票頼みだ。筆者は都構想に賛成している。バブル崩壊で財政が逼迫し、「府市合わせ(不幸せ)」から「府市協調路線」に変わったと言われるものの、太田房江府知事・磯村隆文市長、橋下府知事・平松邦夫市長の時代にも府と市は激しく対立した。

市と府の頭脳を一体化させ、「都」の広域行政を迅速化・強化する。大阪市は5つの特別区に分け基礎自治体として住民サービスを充実させるという考え方は理にかなっている。とにかく市と府が別々に広域行政をしていたのでは話にならない。

筆者は生まれも育ちも大阪市西成区である。産経新聞大阪社会部時代には、西成を含む「動物園回り(記者クラブが天王寺動物園の中にあったからそう呼ばれていた)」を担当した。

母校の弘治小学校も今年4月、萩之茶屋小学校、今宮小学校と統合され、施設一体型の「いまみや小中一貫校」として生まれ変わった。残念というより、子供が激減したのだから仕方がない。

一時帰国した際、西成区を訪れると、パチンコ店も閉店、葬儀社と高齢者のケアセンターばかりが目立つ。寂しい限りだ。特別区になると西成区は新「中央区」の一部になる。西成区がなくなっても「大阪」が輝きを取り戻せば、それで十分だと筆者は思う。

「仕組みを変えても今さら、どうしようもない。コストがかさむだけ」という声もあるが、何もしなければ何も変わらない。17日の住民投票で大阪都構想を否決すれば、「大阪は変わりたくない」というメッセージを国内外に発してしまうことになる。

「大阪はもうアカン」と自分で宣言するのと同じことだ。

筆者が主宰するつぶやいたろうラボ(旧つぶやいたろうジャーナリズム塾)4期生の笹山大志くんと一緒に筆者の生まれ故郷・西成区を取材した。

ワーストワンの街 大阪・西成

[笹山大志=大阪発]高齢化率、生活保護率、結核発生率、空き家率、不法投棄、火災発生率、救急車出動率だけでなく、市税収入、自動車保有率も大阪市24区中、ワーストワンの西成区。

大阪市立大学の教授らがまとめた論文によれば、西成区に対して大阪市民が持つイメージは「安心」5.9%、「怖い」28.9%、「豊か」2.1%。大阪市民が自分の区に対して持つイメージは「安心」54.1%、「怖い」4.6%、「豊か」16.1%。

「西成差別の実態とインナーシティにおけるまちづくり」より大志くん作成
「西成差別の実態とインナーシティにおけるまちづくり」より大志くん作成

西成区のイメージははっきり言って悪い。あいりん地区には今でも全国から日雇い労働者が集まる。1966年、呼称を「釜ヶ崎」から「あいりん(愛隣)」に変えたが、実態は何も変わらない。高度経済成長期は景気の調整弁として使われ、金融バブルが崩壊した後は見捨てられた。

あいりん地区にとっての都構想

都構想が実現すれば、西成区を取り巻く環境は一変する。西成区は中央区、西区、天王寺区、浪速区とともに新「中央区」として再編される。

大阪維新の会は新「中央区」の区役所は現在の西成区役所に設置し、行政の中心地として地域の活性化に役立てたい考えだ。そんな目論見をあいりん地区の人々はどう思っているのか。あいりん地区を歩いた。

JR大阪環状線と関西本線、南海本線が乗り入れ、付近には地下鉄御堂筋線、四つ橋線の駅もある新今宮駅の朝は通勤のサラリーマンや通学の生徒でごった返す。あいりん地区は新今宮駅の南側にある。

路上生活者があふれる。大量に放置されたママチャリ。ゴミも散乱している。異臭が漂う。「家賃2万7千円 福祉の方歓迎」という生活保護受給者を対象にした入居者募集の看板。

通称・あいりんセンター(大志くん撮影)
通称・あいりんセンター(大志くん撮影)

早朝から地べたに座ってビールや酒を手にする公園の路上生活者。日雇い労働者に求人の仲介や技能講習を行っている西成労働福祉センター(通称・あいりんセンター)には、その日の仕事にあぶれた多くの日雇い労働者たちがたむろしている。

日雇い労働者たちはなかなか取材に応じてくれない。マイクを持って「都構想反対」と呼びかけていた日雇い労働者、山下さん(68)=仮名=がようやく取材に応じてくれた。

山下さんは今の西成区の状況には満足していないと断った上で、都構想に反対する理由を語る。「都構想の先が見えない。西成区にどんなメリットがあるのか、よくなるのか、よくならないのか。橋下は説明しない」「西成特区構想も止まってしまった。信用できない」

1人当たりの市税収入が市内最低であることを挙げて、こう不安を語った。「他の区からお金が回ってくるのか。今より生活が苦しくなるのではないか」

西成が消える?

大阪維新の会の西成再建策からはまずイメージを改善したいという思惑も見えてくる。

デイリースポーツ紙によると、橋下市長は先月9日、街頭演説で「おそらく西成という名前は消えます」と語ったという。

本来、都構想が実現しても今の地名は活かされることになっている。例えば「大阪府大阪市住之江区南港北1丁目」であれば、「大阪都湾岸区住之江南港北1丁目」となる。

しかし、大阪都構想が実現すれば「西成」という地名は消える可能性がある。

これについて、あいりんセンター2階で低価格の食堂を営む60代後半の女性は「西成のイメージが悪い悪いと言うけれど、40年も住んでいれば悪いとは思わない。ここで寝ている人たちは仕事がないだけで、人は良いんだよ」と語る。

岸和田市から来たという59歳の日雇い労働者は「西成という名前をなくすことはここの文化や伝統を否定された気持ちになる。40年も通い続けた西成には歴史的な意味を感じている。絶対残したい」と都構想に反対する。

西成のイメージは確かに悪い。しかし、西成には西成の伝統や歴史がある。それを愛する住民たちがいる。

仕事にあぶれた日雇い労働者が在日外国人労働者のことをどう思っているのか聞くため、メーデーの日もあいりん地区を訪れた。年金生活者の男性はあいりんセンターを見つめながらこう言った。

「国籍や名前が違っても、あいりんには似た境遇の人が集まってくる。仲間意識が強いと思う」

[木村正人=ロンドン発]あいりん地区の簡易宿泊所が海外からのバックパッカーに大人気だ。筆者もインドの貧民街を訪れた後、あいりん地区を見て「あいりんってメチャクチャきれいやな」と見直したことがある。

ジャンジャン横丁を通って新世界の通天閣を抜けるコースは猥雑で、何度通っても飽きない味わいがある。実際のところどうなのか簡易宿泊所のオーナーにロンドンから電話してみた。

――最近、ご商売いかがですか

「すごいお客さんの数ですね。例えば大阪でジャーニーズのライブとかがあると7割ぐらいが若い女性客です。外国人のバックパッカーも多い。需要が増えて、宿泊料を上げることができました」

――昔200軒あった簡易宿泊所は随分減ったそうですね

「半分以下になりました。日雇いの仕事が減り、労働者の高齢化が進んで、野宿する人が爆発的に増えたんです。これじゃあいかんということで行政が生活保護を受けさせたんです」

「そうした日雇い労働者を受け入れるため、多くの簡易宿泊所がアパートに商売替えしました。しかし、生活保護費が3割削減されて収入が減り、アパートなのに空室を利用して1泊の客をとるところも出てきました」

「いったん旅館業の許可を返上してアパートになったら元に戻ることはできません。今は簡易宿泊所を格安ホテルとして運営しているところの方が潤っているようです」

――昔はあいりん地区と言えば、かなり物騒なところでした

「今は治安は劇的に改善しています。昔は覚せい剤の密売スポットもありましたが、海外からの観光客が来るようになって、覚せい剤の密売人とトラブルになったことがあるようです」

「この旅行者が大使館に苦情を言って、大使館から申し入れを受けた大阪府が対応し、覚せい剤の密売スポットに警察官が立番をするようになりました。それで覚せい剤の密売は見かけなくなりました」

――都構想に賛成ですか、反対ですか

「反対です。結局、自民党から大阪維新の会に、公共工事の警備など利権の付け替えが行われるだけだと思っているからです。大阪は個々の企業の努力で変わっています。市民税を安くしてくれるなら共産党であろうと自民党であろうと支持します」

(おわり)

笹山大志(ささやま・たいし)1994年生まれ。立命館大学政策科学部所属。北朝鮮問題や日韓ナショナリズムに関心がある。韓国延世大学語学堂に語学留学。日韓学生フォーラムに参加、日韓市民へのインタビューを学生ウェブメディア「Digital Free Press」で連載し、若者の視点で日韓関係を探っている。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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