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韓国・豪も中国インフラ銀になびく 日米の囲い込み破綻

木村正人在英国際ジャーナリスト

中国が設立を主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)の磁力は凄まじい。麻生太郎副首相兼財務相まで「AIIBの運営は理事会がきちんと個別の審査などの承認を行うことが大事だ。慎重に判断したい」と述べ、参加に向けての協議を行う可能性をほのめかした。

英国に続いて、ドイツ、フランス、イタリアが17日にAIIB参加を表明したことで、米国が環太平洋経済連携協定(TPP)、環大西洋貿易投資連携協定(TTIP)交渉を通じて仕掛けた地理経済学上の「囲い込み」はモノの見事に粉砕された。

菅義偉官房長官は「参加については慎重な立場だ」と述べ、安倍政権としては公正なガバナンス(運営)が確立されるまで参加に向け協議することはあり得ないと強調した。米国の同盟国である韓国、オーストラリアも参加に傾いており、日本だけが対米追従を頑なに守っている。

中国の史耀斌・財政次官は独経済紙のインタビューに「米国がAIIBに参加するなら歓迎する」と余裕の発言。中国外務省の洪磊報道官は20日の定例記者会見で「原則は開放性と寛容性。参加の用意がある国は拒まない」と述べた。

21日にソウルで行われる日中韓の外相会議でも中国側はAIIBの設立について議論したい考えだ。

オーストラリアのアボット首相は記者団に「わが国だけでなく、アジア太平洋地域ではインフラの整備が十分行われていない。それについて議論することは大切だ」と前向きな姿勢を示している。

世界銀行とアジア開発銀行(ADB)の影響力を維持するため、「排除の論理」を振りかざすオバマ米政権に英メディアは厳しい見方を示している。

英誌エコノミスト最新号「米国が中国のアジアインフラ投資銀行を妨害するのは間違っている」「米国はAIIBを挫折させるより、むしろ甘受すべきだ。それが最善策だ」

英紙フィナンシャル・タイムズの著名コラムニスト、ギデオン・ラクマン氏「中国マネーの磁力が米国の同盟国を吸い寄せる」「強力なドルの前に世界がおじぎをしていると言われた時期があった。しかし、今日、AIIBをめぐるニュースは、米国に最も近い同盟国でさえ中国の人民元に目が眩んでいることを示唆している」

筆者が主宰する「つぶやいたろうジャーナリズム塾」4期生で韓国留学中の笹山大志くんがAIIBをめぐるリポートを送ってくれた。

中国か、米国か 韓国の二股外交の行方

【ソウル=笹山大志】21日、3年ぶりの日中韓外相会談がソウルで開催される。日中韓首脳会談の早期実現に繋げられるかが焦点だが、同時にバイで行われる中韓外相会談にも注目が集まっている。

韓国は安全保障で米国に依存する一方で、経済では中国とのつながりを深めてきた。米国の最新鋭地上配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」配備と中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)への参加が韓国の二股外交を象徴している。

「カチカプシダ(一緒に進みましょう)」

5日、ソウルで男に襲撃されたリッパード在韓米国大使が9時間後に自身のTwitterでこう呟いた。

このツィートに呼応するように韓国国内では米韓同盟の結束強化を求める声が高まったが、中韓外相会談を控え、リッパード大使のツィート効果は早くもなくなりつつある。

AIIB参加はほぼ決まり?

外相会談に先立って訪韓した劉建超・中国外務省次官補は韓国側にAIIBの創設メンバーになるよう要請。韓国政府はまだ結論を出していないものの、「中国との経済協力を一段と深めることができる」(聯合ニュース)ことを理由に韓国メディアはAIIB参加で結束している。

韓国最大の部数を誇る朝鮮日報は社説で「AIIB、積極的参加で韓国の役割を模索せよ」と主張する。

ハンギョレ新聞も欧州主要国の相次ぐ参加表明を受け、「米国の顔色をうかがい続ければ、AIIB内で将来、発言力を失うなど、国益を損なうことが予想される」と早期の参加表明を強調する。

北朝鮮との統一費用

「AIIBを通じて北朝鮮のインフラ構築を支援する『統一準備』の青写真も念頭に置く必要がある」(東亜日報)

米国大使襲撃事件で米韓同盟が見直されたばかりなのに、韓国が米国の懸念を押し切って中国が主導するAIIBに参加しようとする背景には南北統一後のインフラ問題がある。

北朝鮮へのインフラ投資が可能になれば莫大なカネがかかる南北統一のコストを軽減できるからだ。中央日報は「他人のカネで北朝鮮のインフラを構築しよう」という大胆なコラムでAIIB参加の意義を説いた。

韓国企業から投資できるようになれば韓国経済にも大きな利益をもたらす。

そしてTHAADは先送り?

THAADに反対する韓国独立運動記念日のデモ行進(笹山大志撮影)
THAADに反対する韓国独立運動記念日のデモ行進(笹山大志撮影)

THAADに関して、韓国政府は「(米国側から)要請がないため協議もしないし、決まったこともない」という。韓国メディアの論調もさまざまだ。

ハンギョレ新聞は「THAADが配備されれば、韓中関係が根本的に変わる」「政府は配備反対の意思を明確にして、無益な摩擦を終わらせるべきだ」と反対姿勢を前面に押し出す。

保守系メディアは、THAADは北朝鮮の核・ミサイル対策としては有効だとしながらも、「重要なのは、中国とこれまで築いてきた北朝鮮の核問題に対する共同歩調を崩さないことだ」(朝鮮日報)という。

若い世代は中国寄り?

「中国から貿易黒字を稼いでいるのに、どうしてTHAADを配備するのか」

今年3月の独立運動記念日には旧日本軍慰安婦問題解決を訴える反日デモに混じって、THAAD配備反対を訴える学生たちがいた。西江大学の女子学生(20)は「日本や米国より中国を優先するのは当然」とも話した。

同

韓国が中国にすり寄る理由として、大人世代は中国が北朝鮮に対する強い発言力を持っていることを指摘する。自国の経済状況に敏感な若者たちは中韓の経済的な強い結びつきを挙げる。

その背景には若年層の深刻な失業問題がある。今年1月の韓国統計庁の発表によれば、全体の失業率は3.5%だったにもかかわらず、若者の失業率は1999年以来最悪の11.1%になった。

輸出依存度が対国内総生産(GDP)比で43%と主要20カ国・地域(G20)の中でも最も高い韓国が最大の貿易相手国である中国を怒らせるのは自分で自分の首を絞めることになる。

韓国外国語大学のジェ・ジュンヒョクさん(24)は二股外交を支持しながらも「国のプライドを大事にしなければならない。中国が何と言おうと(安全保障上欠かせない)THAADは設置すべきだ」と語る。

だが、最後にこんな言葉も漏らした。「国のプライドとして中国の言いなりになるべきではない」「でも現実的なことを考えればTHAAD問題で中国を怒らせるのはナンセンスだ。ただTHAAD配備は必要なので、その時は米国の圧力が強く仕方なく配備することにする」。二股外交のバランスはどんどん中国に傾いている。

笹山大志(ささやま・たいし) 1994年生まれ。立命館大学政策科学部所属。北朝鮮問題や日韓ナショナリズムに関心がある。現在、韓国延世大学語学堂に語学留学中。日韓学生フォーラムに参加、日韓市民へのインタビューを学生ウェブメディア「Digital Free Press」で連載し、若者の視点で日韓関係を探っている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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