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「世界の首相」メルケルのラクダ外交がシャトルに一変、1週間で2万キロ

木村正人在英国際ジャーナリスト

徹夜の16時間協議

今週のメルケル独首相はベルリン、キエフ、ベルリン、モスクワ、ミュンヘン、ベルリン、ワシントン、オタワ、ベルリン、ミンスク、ブリュッセルの2万キロを行き来した。

ベラルーシの首都ミンクスで徹夜の16時間協議を経て、12日、ブリュッセルでの欧州連合(EU)非公式首脳会議後の記者会見に臨んだメルケル首相の表情にはさすがに疲労の色が浮かんでいた。

疲労困憊のメルケル独首相(Council of European Union)
疲労困憊のメルケル独首相(Council of European Union)

ウクライナ危機と再燃したギリシャ債務再編問題。欧州、いや世界の未来は今や「欧州の女帝」と呼ばれるまでになったメルケル首相の双肩にかかっている。

ドイツの大衆紙ビルトはその女帝に「世界の首相」の呼び名を冠した。

メルケル首相は時間をかけて難問に取り組む傾向がある。かつて自嘲気味に「私にはラクダのような特性がある」と語ったことがあると英紙フィナンシャル・タイムズが紹介している。

メルケル首相は非公式首脳会議後の記者会見で、「ミンスク2合意の実行が困難になれば、追加制裁は除外しない」と厳しい表情を見せた。

ウクライナ停戦を目指すロシア、ウクライナ、ドイツ、フランスの4カ国首脳会議はキエフ時間15日午前零時からの停戦で合意した。昨年4月に始まった紛争ですでに約5500人が死亡。

ウクライナ東部の要衝をめぐり親露派とウクライナ軍は停戦合意と破綻を繰り返しており、合意文書の実現は今後も予断を許さない。

「ギリシャ交渉は崩壊の恐れ」

一方、ギリシャの債務再編問題。EUのトゥスク大統領は「この日の非公式首脳会議では、ギリシャ問題は交渉されなかった」と説明した。

ギリシャのチプラス首相は、新たな支援プログラムへの移行が目標との主張を繰り返した上で、首脳会議では進展があったと話した。

IHSグローバル・インサイトのディエゴ・イスカロ上級エコノミストは次のように分析する。

「ギリシャのチプラス政権は国内の強い支持を受けているため、政治的にUターンするのは難しい。ギリシャ、ユーロ圏双方とも解決策を強く求めているが、ギリシャの債務をめぐる交渉は崩壊する恐れが大きい」

砂上のウクライナ停戦合意、今のところ双方に歩み寄る気配がまったくないギリシャ債務問題。崩壊に追い込まれかねない欧州の未来はメルケル首相の手中にある。

女帝エカテリーナ2世の肖像画

米誌フォーブスは2011年から4年連続でメルケル首相を世界で最もパワフルな女性に選んでいる。

メルケル首相は執務室に非凡な才能と旺盛な行動力によってロシアの「啓蒙専制君主」として君臨した女帝エカテリーナ2世(1729~96年)の肖像画を飾っている。

東ドイツ育ちのメルケル首相の慎重な性格を物語っているとしてよく引き合いに出されるエピソードがある。

小学校の頃、水泳の授業でメルケルは飛び込み台から飛び込むのをためらい、終業ベルが鳴った時、初めて飛び込んだ。

「私はもともと勇気がある方ではない。思うに、適切な時に理性的に判断して導かれる勇気がある」。こう語るメルケル首相は己の限界を知り、それを克服する能力に絶対的な自信を持っている。

最適解は見つかるか

物理学者出身らしく問題の核心をじっくり考察して、最小限の力で最大限の効果をもたらす解決策を見つけ出す。

自分の能力を越える難局に直面した時、目は宙をさまようが、最後には最適解を導き出す公式を探しだす。

地政学に長けたKGB(旧ソ連国家保安委員会)出身のプーチン露大統領と、ユーロ圏相手にチキン・ゲームを仕掛けるチプラス首相を相手に回し、メルケル首相に最適解が見えているかどうかは今のところ誰にもわからない。

(おわり)

参考図書:「EU崩壊」(新潮新書)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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