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ベルリンの壁崩壊から25年 日本には憲法改正が必要だ

木村正人在英国際ジャーナリスト

激変する世界

東西冷戦の象徴だったベルリンの壁が崩れてから9日でちょうど25年。共産主義陣営と自由主義陣営の垣根がなくなり、人が自由に移動し始めた。人・モノ・金が世界中を自由に駆け巡り始め、グローバリゼーションが一気に加速した。

中国が驚異的な高度経済成長を遂げ、ソ連崩壊で唯一の超大国になった米国もアフガニスタン、イラクという2つの戦争で疲弊。世界金融危機でアメリカン・ドリームも色あせた。「米国の衰退」は政治・経済・文化・軍事など、いろいろな面で顕著になってきている。

欧州では東西ドイツ統合の原動力となった「人の自由移動」の大原則に英国のキャメロン首相が異を唱え、ドイツのメルケル首相に一喝されるという事件が起きた。英国のサッチャー首相がドイツのコール首相にハンドバッグを振り回していた時代とは大違いだ。

アジアでは「中国の夢」を掲げる中国の習近平国家主席が9日に開幕したアジア太平洋経済協力会議(APEC)・CEOサミットで「インフラ整備を通じて各国間の経済の距離を縮めることで、アジア太平洋地域がつながり、世界と道が通じることになる」と強調した(日経新聞より)。

中国はアジアインフラ投資銀行(AIIB)や「シルクロード経済ベルト」と呼ぶ中央アジア諸国との経済協力構想、アジア信頼醸成措置会議(CICA)を通じて、アジアでのソフトパワー覇権を構築する野望を描いている。

究極の構造改革は憲法改正だ

世界が激変する中、日本が今すぐ取り組まなければならないのは、究極の構造改革となる憲法改正以外にないと確信する。筆者が9条の改正より重要と考えるのは、まず憲法改正の是非を国民に直接問いかけて、「国民主権」のレゾンデートル(存在意義)に目覚めてもらうことだ。

日本の国内メディアでは、消費税の再増税先送りと衆院の早期解散がにわかに浮上してきたと報じられている。「再増税先送りを掲げれば総選挙に勝てる」という、海外から見ればもはやオカルトとしか言いようがないロジックだ。

日銀のバランスシートを年80兆円ずつ増やす「黒田バズーカ2」でさえ、もはや黒魔術と言えるのに、消費税の再増税を先送りにしてしまったら、いつ再増税できるのか保証はまったくない。80兆円という金額は日本の国内総生産(GDP)の約16%に相当する。

単純計算では消費税を1%上げると税収が2兆円増える。税率を8%から10%に引き上げると4兆円の税収増になる。「黒田バズーカ2」の前ではかすんでしまう金額かもしれないが、「財政規律」を形だけでも守ろうとしているというメッセージにはなる。

政治の都合で再増税を先送りしたら、日銀の黒田東彦総裁は二階に上がってハシゴを外された格好となり、次に追加緩和しようと思っても、政策委員会の過半数を得ることはできないだろう。少なくとも筆者はそうみる。

市場が実体経済通りに動いてくれれば、日本の経常収支が赤字に転落しても、その分だけ円安が進み、マイルドなインフレが起きて調整が行われるという計算が成り立つのかもしれない。しかし、欧州債務危機をウォッチしてきた経験から言うと、市場の動きと実体経済のファンダメンタルズはそんなに関係ない。

あれよあれよという間に大炎上したギリシャ

欧州債務危機の震源地になったギリシャで粉飾財政が明るみに出たとき、日本の金融関係者も最初は「ギリシャの長期金利もクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)も大丈夫ですよ」と高をくくっていた。しかし、あれよあれよという間に大炎上してしまった。

「日本から円は逃避しない」「日本経済は底力があるから大丈夫」という声は根強いが、それも日本国内だけで資金繰りがつく間だけの話だ。筆者は再増税を先送りするぐらいなら、食料品、子供の衣服、書籍、新聞など生活必需品は非課税にして消費税は20%に上げることを真剣に議論すべきだと考える。

ご存知の通り、租税負担と社会保障負担を合わせた日本の国民負担率は、欧州に比べて低い。

財務省HPより
財務省HPより

貧しくなる米国

日本より国民負担率が低い米国で起きているのは、貧富の格差拡大とワーキングプアの大量発生だ。

イラク戦争が始まる前後の2002~03年にニューヨークで暮らしていた筆者には、「ウェイターをすればチップだけで1日100ドル以上」「山盛りのローストビーフ」「チキン1匹まるごと出てくるサンデーランチ」というイメージしかなかった。

違法移民であっても3世代で弁護士や医者になれるというのがアメリカンドリームだった。新アメリカ安全保障センターのシニア・アドバイザー、パトリック・クローニン氏に「アメリカの格差問題って、どれくらい深刻なんですか」と聞いてみた。

クローニン氏「最低賃金で働いている人が増え、朝から夕方まで働いて、その後、ファストフードのお店で働いています。そうしないと暮らしていけないんですよ」

筆者「日本のワーキングプアみたいですね」

貧困と不正を根絶するための非営利活動団体(NPO)「オックスファム・アメリカ」が今年6月に発表した報告書によると、昨年、最高経営責任者(CEO)と平均的な労働者の賃金格差は331倍(30年前は40倍)になった。CEOと最低賃金労働者の格差は774倍だ。

連邦レベルの最低賃金は時給7.25ドル(832円)で、フルタイムで働いても年収1万5080ドル。3人家族の貧困ラインより4千ドル近くも低い。

時給を10.1ドル(1160円)に引き上げると2500万人の労働者が恩恵を被り、500万~600万人を貧困から救い出せる。この結果、1400万人の子供を支援できるという。

米国はかつての米国ではないことを日本は自覚すべきだ。もちろんこうした状況は米国の安全保障戦略にも大きな影響を及ぼす。安全保障は米国任せというお気楽な態度をいつまでも取り続けるわけにはいかないということだ。

財政赤字で食いつなぐ日本

(財務省HPより、マイナス部分が財政赤字で賄われている)
(財務省HPより、マイナス部分が財政赤字で賄われている)

国民負担率の低い日本の財政は財政赤字(将来世代へのツケ回し)で賄われてきた。政府債務がGDPの240%にも積み上がったこれからはインフレで政府債務を軽くしていく腹づもりのようだ。それで果たして健全な民主主義と言えるのか。

日本の経済力、金融資産がどこまで重石になってくれるのか。重石がなくなったあとも、日銀や財務官僚の思惑通りインフレがコントロールできるのか。答えは誰も持っていない。

筆者は政府債務は「民主主義の赤字」のバロメータと考えている。ここで再増税を先送りしたら、政治の本分である「税の徴収と配分」を放棄することになる。

消費税の歴史を振り返ってみる。

1979年 一般消費税導入を断念

1987年 売上税法案が廃案

1988年 消費税法が成立

1989年 消費税3%

1994年 税率7%の国民福祉税構想を1日で撤回

1997年 消費税5%に

2012年 消費税増税を決定

2014年 消費税率8%

2015年 消費税率10%

所得が低い人への税負担率が大きくなる消費税がテーマになると必ず、政権与党は選挙で負ける。だから再増税先送りを争点にすれば必ず勝てるという理屈が頭をもたげてきたわけだ。

日本では参院に強い拒否権が与えられている。法案をスムーズに成立させるためには衆院と参院で過半数を維持する必要がある。衆院選と参院選が戦後、平均で1年半未満のペースで行われているため、選挙公約や政治は必然的に近視眼的になる。

メディアも部数拡大を狙って大衆受けする「消費税批判」報道を繰り広げ、日本の欲望民主主義を増長させてきた。日本全国に道路、橋、空港がいったいどれだけあるのか。これまでまじめに公共投資の効果が検証されたことがあるのだろうか。

憲法改正で政治改革を

少子高齢化に伴って膨らみ続ける医療・社会保障費に大ナタを振るって、日本の構造改革を進めるためには、政治に真の力を与えることが重要だ。

そのためには、(1)衆院と参院を合併して一院制にする(2)衆院の再議決要件を緩和して、参院を「良識の府」「再考の府」にする――などの国会改革を憲法改正で問うべきだ。

「一票の平等」「財政規律」についても憲法改正論議を通じて真剣に議論すべきだ。憲法改正の肝となるのは9条ではない。ましてや明治憲法のような復古調憲法を復活させることでもない。

憲法改正を通じて、日本の未来を切り開く力を持った政治改革を革命的に進めることだ。憲法を変えても、「地縁・血縁・縁故」「地盤・看板・カバン」に縛られた世襲政治を打破できなければ、どうなるか。

扇動政治家に操られる衆愚政治に陥った古代アテネの歴史を見ればわかる。それは日本の破滅を意味する。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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