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東京五輪で結果を残すための5つのカギ

木村正人在英国際ジャーナリスト

昨年4月から英国のラフバラ大学を拠点に、2020年東京五輪・パラリンピックに活用できる欧州のスポーツ施策を研究してきた元レスリング日本代表チームコーチで専修大学の久木留毅教授に帰国命令が出た。東京五輪に備えるためだ。

久木留教授に改めてお話をうかがったところ、東京五輪・パラリンピックを成功させるカギは5つあるという。久木留教授の調査を軸にポイントをまとめてみた。

(1)オカネの流れを一元化する

日本オリンピック委員会(JOC)が各競技団体に下ろす選手強化費。日本スポーツ振興センター(JSC)のスポーツ振興くじ(toto)助成、スポーツ振興基金助成、競技強化支援事業助成、スポーツ医・科学サポートに加えて、メダル有望種目向け「マルチサポート事業」。

大きく分けると国の補助金とスポーツ振興くじの売り上げになる。五輪強化費としてはJOCの約26億円とJSCの約27億円がクローズアップされることが多い。競技団体からすれば別々に書類を作成しなければならず、とにかく事務作業が煩雑だ。

英国の場合、エリートスポーツ(UKスポーツが担当)、地域スポーツ、学校スポーツとわかりやすく整理されている。

日本もエリートスポーツについてオカネの流れを一元化する必要がある。

(2)競技団体のガバナンスを強化する

JOCを通じた選手強化費は現在、競技団体側が3分の1を企業の寄付金などで用意しないと、残り3分の2の国の補助金を受けられない仕組みになっている。

下村博文・文部科学相は東京五輪・パラリンピックについて選手強化費を国が全額負担する方針を明らかにしている。単純に言えば、現在の強化費約26億円の半分に当たる約13億円が増額されることになる。

また、「スポーツ庁」ができたあかつきには、文化庁並みの1千億円程度の予算がつくともいわれている。文科省スポーツ関係予算は12億円増えて過去最高の255億円になったばかりだが、一気に4倍に膨らむ可能性がある。

「世界の中で少ないとはもう言えない金額だ」(久木留教授)。問題なのが各競技団体のガバナンスだ。

日本フェンシング協会の第三者委員会は2011年度からの2年間で、JOCからの補助金など約6100万円について不適切な経理があったと指摘。JSCからの助成金約900万円は「不正で詐欺」と認定した。

領収書を水増しして請求したオカネは強化費用に充てていたという。不適切な会計処理は日本フェンシング協会以外にも複数の競技団体で発覚している。

多くの競技団体は「古き良きアマチュア精神」で運営され、会計処理や会計監査などのガバナンスにまで手が回っていないのが現状だ。アマチュア・スポーツだから「無報酬が当たり前」をいつまでも続けていては良い人材は集まらない。

予算を増やすなら、各競技団体のガバナンス強化も避けて通れない。

(3)個人商店から脱皮せよ

久木留教授は「現場はいつも頑張っているんです。しかし、いつまで経っても個人商店のままでは世界には勝てません」という。

世界選手権の男子陸上400メートル障害で2度銅メダルを獲得した為末大氏がソチ冬季五輪で、日刊スポーツ紙に「結果不振選手批判はブラック企業の論理」と寄稿して大きな話題になった。

為末氏いわく。

「私は日本的精神論とは、(1)足りないリソース(資源)を気持ちで補わせる(2)全体的問題を個人の努力に押し付ける、だと考えている。結果が出せないことに批判が集まるたび、ここ数年続くブラック企業を想像してしまう」

五輪でメダルを獲ることを目標にするのか、それとも参加することで満足するのか。

英国は1996年アトランタ五輪の金メダル1個という惨敗を喫したが、翌97年、エリートスポーツ政策を担うUK スポーツを設立。2012年のロンドン五輪では金メダル29個という見事な復活を遂げた。

UKスポーツは国庫や国営宝くじの分配金を成績に応じて各競技団体に分配し、エリート選手の強化・育成を行っている。

ロンドン五輪では強化費として五輪代表に総額2億6400万ポンド(約455億円)。パラリンピック代表に4800万ポンド(約82億9千万円)がつぎ込まれた。

日本の選手強化費とは文字通り、一桁違うのだ。

良い成績を残せば手厚い支援を受けられるが、思ったような成績があげられないとジリ貧状態に陥る。選択と集中による「妥協なき投資戦略」を断行したことが、ロンドン五輪での成功につながった。

オランダはソチ五輪でメダル24個を獲得したが、うち23個がスピードスケート。残り1個はショートトラックスピードスケートだった。

久木留教授は「ロンドン五輪で日本の選手団が38個のメダルを獲ったことが東京・銀座の50万人パレードにつながった。それが2020年東京五輪・パラリンピックを呼び寄せた」という。

五輪で成果を出せば自ずと裾野が広がるという「活火山方式」を柱に据えるのか。

現在、柔道、水泳、レスリング、体操、サッカーをAランクに位置づける「マルチサポート事業」を一段と徹底するのかどうかが大きな分かれ目になる。

(4)スポーツ・イノベーションを起こせ

科学技術立国をこれまで自負してきた日本だが、スポーツでは明らかに英国の後塵を拝している。久木留教授の説明はわかりやすくて、面白い。

「日本にはドラえもんはいっぱいいても、のび太くんがいないんです」

「こんなこといいな できたらいいな あんなゆめ こんなゆめ いっぱいあるけど」という科学的な好奇心を持ったコーチが現場にいないのだ。

英国では2008年北京五輪で、スマートフォンで撮影したフォームを遠征先から自分のコーチに送って見てもらったり、自分の姿をリアルタイムで撮影した姿を特殊なメガネで見ながらボートを漕いだりするトレーニングが当たり前になっていた。

10年バンクーバー冬季五輪では、滑降競技のカナダ代表はGPSで滑ったコースを確認しながら、ベストなコースを選択していたという。

日本は技術があっても、それをまだ十分に使いこなせていない。「スポーツ馬鹿」を大量に生産してきた日本スポーツ界の構造的な問題といえるだろう。

根性論、人情話を売り物にしてきた日本メディアにも責任がある。

(5)競技団体の体質を改善せよ

英国ではUKスポーツがエリートスポーツの司令塔になって改革に取り組んだ。一番、困難を伴ったが、重要だったのは各競技団体の体質改善だったという。

「古き良きアマチュア精神」と言えば聞こえはいいが、そこには「経営の理念」「科学の精神」が欠けている。スポーツ庁が司令塔になって、各競技団体の体質を改善できるのか。

女子競泳の千葉すずさんは00年シドニー五輪の代表選考で落選。千葉さんが「選考基準が不明瞭」と国際機関「スポーツ仲裁裁判所」に提訴したことがきっかけとなり、日本水泳連盟の選考基準は透明性を高めた。

女子柔道強化選手への暴力行為やパワーハラスメントも競技団体の体質の古さが根っこにある。

イノベーションとは技術革新ではなく、新しい価値を生み出すことにある。東京五輪への挑戦は、スポーツ界にとどまらず、日本にとって真の構造改革を進めることとも言えそうだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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