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北朝鮮「ミサイル発射」延期(その2) アメリカ、中国の本音とは

木村正人在英国際ジャーナリスト

アメリカと韓国が「対話」を提案する中、北朝鮮は弾道ミサイル発射を強行するのか。北朝鮮ウォッチャーの武貞秀士・東北アジア国際戦略研究所研究員(元延世大学国際学部専任教授)にロンドンから国際電話でインタビューした。

■中国は変わらない

――中国の変化はどう見られますか。基本的には変わらないのでしょうか

「中国の対北朝鮮政策はまったく変わっていません。昨年、中朝間の貿易は輸出入を合わせて60億ドルを記録しました。史上最高です。その後も2国間の貿易は同じペースで続いています。中国から北朝鮮への石油輸出は止まっていません」

「中朝が進めている合同開発事業に異変はなく、羅津港の第一埠頭で中国が続けている拡張工事は急ピッチです。中国にとっては、北朝鮮を締めつけて北朝鮮が戦争を始めることが最悪のシナリオです」

「1961年の同盟条約を堅持している同盟国の北朝鮮が戦争の引き金を引くことについては神経を尖らせています。しかし、中国は北朝鮮の最近の動向を見ながら、戦争準備していると判断していません」

「そうであれば、3月下旬以降、中国共産党、人民解放軍の幹部が北朝鮮と中国の間を行き来するはずですが、その報道はありません。北朝鮮が戦争を準備しているとは中国は考えていないのです。中国と北朝鮮の関係は、党と党、軍と軍の関係を見ておくことが大事なのです」

「中国メディアや中国の学者が『中国は北朝鮮を切り捨てるべきだ』『北朝鮮への支援をやめるべきだ』といろいろ書いています。しかし、その結果、中朝間の経済、軍と軍、党と党の関係が傷つくことはありません」

「『中国は北朝鮮を見限るべし』という論調が中国内で出てくると、韓国、日本、アメリカをはじめとする国際社会は安心します。『中国がようやく国際社会に足並みをそろえた』と解釈します。そして、『中国は責任を果たしていない』という中国批判はトーンダウンするでしょう」

「そして、中国という国家全体では、うまく硬軟両用の北朝鮮政策を進めることができます。中国内に出てきた一部の北朝鮮批判は、国際社会の中国批判を鎮静化するためには好材料です。そして、中国の外交的役割に注目が集まり、各国の担当者が中国を訪問し、中国の存在感が強まりました。今の展開を中国は悪く思ってはいないでしょう」

■アメリカの本音

――アメリカは「北朝鮮の非核化」を前提に対話を呼びかけ、北朝鮮は「核保有」を強調しています。交渉しても結局はすれ違うのでは

「確かに、アメリカは北朝鮮の核保有を認めることはないと繰り返しています。核兵器のない朝鮮半島ということをケリー国務長官は各訪問先で強調しています。ただ、米英中露仏という5つの核保有国以外の国家が核を保有することに反対するというのはアメリカの核政策の原則に過ぎません」

「核保有の兆候がある国、イラク、イランなどに対しては、全力を傾注して阻止してきました。しかし、アメリカは核を持ってしまったインド、パキスタンなどの国家に対しては、核兵器を拡散させないこと、核兵器を使用させないことに政策をシフトしてきました」

「1994年10月の米朝枠組み合意のあと、北朝鮮と国際社会は協議を重ね、合意をしてきました。しかし、北朝鮮はウラン濃縮をしていることを認め、2003年には核保有宣言までしました。水爆開発を示唆し、核弾頭を増産する宣言をしました。2012年4月の改正憲法では核保有国であることを明記しました」

「2013年4月1日には自衛的核兵器を発展させるための法整備までしました。今、アメリカ、韓国、日本を火の海にできると報道し、核兵器による先制攻撃をするとまで宣言しました。1994年の米朝協議のときに北朝鮮の核兵器放棄の約束を取り付けたとアメリカは思ったのですが、そうではありませんでした」

「6か国協議は北朝鮮のウラン濃縮活動の有無を確認して解体することを目指していました。そして、『すべての核施設と核技術を、完全な方法で、後戻りできない形で、検証可能な形で解体してしまうこと』を求めたのがブッシュ前政権の政策でした」

「しかし、核保有と核兵器増産宣言をした北朝鮮に対して、アメリカは12年4、8月に米朝秘密接触をし、いまは、抽象的な『核兵器の放棄』という言葉だけを使って対話を呼びかけています。相当、後戻りしています」

「北朝鮮に対しては核技術を流出させない政策の強化という方向にアメリカの対北朝鮮政策は変わってしまっているのではないでしょうか。アメリカの本音は、北朝鮮を核保有国のインドやパキスタンと同じカテゴリーに入れつつあるのでしょう」

「今、北朝鮮は韓国とアメリカに対して、『核保有国・北朝鮮を尊重した内容の対話提案』を期待しています。そして、ミサイル発射をしばらく延期しています。発射を延期しておけば、韓国国防省が『何日に発射する』と言い続けてきたことに対して、『情報がズサンだ』『国際社会の早合点だ』と批判する材料が1つできるわけで、発射を延期するメリットも生じています」

――移動式大陸弾道ミサイル「KN-08」について射程1万キロ、積載量1トンで、米本土に到達可能とも言われています

「ムスダンは米国がつけている名前です。このKN-08は、2010年10月10日の軍事パレードで行進し、昨年4月15日にも行進しました。射程は3000~4000キロ、1段ロケット、液化燃料、全長12・5メートル、弾頭重量は750~1200キログラムです」

「グアムを射程に入れているミサイルです。ロシアの潜水艦発射弾道ミサイルを改造したものであり、世界ではイランと北朝鮮のみが保有しています。ムスダンには改良型があって、それは2段ロケットのようです」

「移動しやすく車両から発射できるので、情報収集衛星や航空機で事前に発射を探知するのは困難です。まだ北朝鮮内で試射を行っておらず、何発保有しているかわかりません。東倉里や舞水端里の実験場ではなく、東部の元山付近に配置されているようです」

「射程が4000キロメートルと言っても北朝鮮から1500キロ程度の距離にある日本の都市に向けて発射することも可能です。 弾頭の小型化に成功したのかどうかが議論されています。『米国防情報局は、成功したと見ている』という報道がありました。成功しているでしょう」

「北朝鮮が国外の技術者の協力を得ていること、小型化に努力し始めてから20年以上が経過していること、最近、ミサイルを発射したら相手を火の海にできるという発表が急に増えていることから、ムスダンにつける小型弾頭を開発し終えたと私はみています」

「実戦に使えるものになったという表現がこの1年で急増しているのです。弾頭小型化技術の交換をする可能性があるのはイランですが、昨年9月、北朝鮮の最高人民会議常任委員長の金永南氏がテヘランを訪問して、科学技術交流協定を締結しました」

「イランは中国との良好な関係を保っています。外国の技術が北朝鮮に入りやすい環境が整備されつつあります。北朝鮮の大量破壊兵器技術を軽視する見方が多いのが気になります」

「昨年4月13日、北朝鮮がテポドン・ミサイル発射に失敗しました。それからわずか8か月後に3段ロケットを発射して成功させました。その形状は相当異なったものになっていました。短期間で改良した結果です」

「軍事パレードで北朝鮮が行進させるミサイルの写真を詳細に見ながら『北朝鮮の大量破壊兵器はハリボテだ』という指摘がありました。それはそうでしょう。虎の子のテポドン・ミサイルや、ムスダン・ミサイルを軍事パレードで行進させて、事故が起きて虎の子が壊れてしまっては困ります」

「ハリボテを行進させることに何の疑問もありません。よくあることです。自衛隊が記念行事に際して模擬銃を持って行進させても、『自衛隊には小銃さえない』とは言わないでしょう。国際社会は、北朝鮮の大量破壊兵器技術が中東の兵器市場で評価に耐えうるレベルであることに注目してほしいと思います」

「今回のムスダン発射騒ぎの経緯を解くキーワードは『核実験とミサイル実験後の自信』『大陸間弾道弾』『米韓、宥和政策へ転換の兆し』『核保有国としての北朝鮮をアピール』といった言葉でしょう」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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