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紫式部が「源氏物語」の構想を練った場所とは。大河ドラマ「光る君へ」の世界を「やまと絵」で予習

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「源氏物語扇面貼交屛風」室町時代16世紀 広島・浄土寺蔵 撮影:筆者

“大河ドラマ”とは、歴史に基づいた物語である。だからこそ、関連する歴史を知れば知るほどおもしろい。2014年度の大河ドラマ「光る君へ」(NHK)の舞台は、大河でも扱われることが少ない平安時代。ドラマではその予習をどうしたらいいか。

東京国立博物館・平成館で開催中の特別展「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」〈会期:2023年10月11日(水)~12月3日(日)〉の会場に入ると、一足先に、「光る君へ」の世界に足を踏み入れた気分。予習には絶好のチャンスである。

“やまと絵”とは、平安時代前期に成立した絵画様式で、中国の影響を受けた唐絵から発展した日本独自の表現になった。展示では、日本絵巻史上最高傑作として名高い「四大絵巻」(「源氏物語絵巻」「信貴山縁起絵巻」「伴大納言絵巻」「鳥獣戯画」)が10月22日(日)まで大集結している(*会期中展示替えがある)。

「源氏物語絵巻」は現存する最古の源氏絵で、なかから「関屋・絵合」「柏木二」「横笛」「夕霧」が展示される。

「鳥獣戯画」は日本最古の漫画、「源氏絵巻」は最古の◯◯絵

「関屋・絵合」の「絵合」とは、2人の女御が帝の寵愛をかけ、それぞれ用意した絵巻の優劣を競い合うもの。当時、たくさんの絵巻が描かれ、平安貴族に親しまれていた。原作小説をもとに、絵を描き起こし絵物語化する娯楽を現代に置き換えると、大河でも盛んな「◯◯絵」というドラマ絵が思い浮かぶ。そう思うと、平安時代に生きる人たちにがぜん共感できるではないか。絵巻化は、やがて小説を原作にドラマ化、映画化へと進化していくと思えばわかりやすい。「鳥獣戯画」は日本最古の漫画とも言われる。要するに、やまと絵は、最古のメディアミックスなのである。

「源氏物語絵巻」は、会期によって展示替えされるので、コンプリートするには4回、足を運ぶ必要があるのだが……、何度も鑑賞することは難しいという場合は、前期のみの展示「源氏物語扇面貼交屛風」(室町時代16世紀 広島・浄土寺蔵 展示:10/11~11/5)は押さえておくべき作品といっていい。「源氏物語」の名場面の多くを一気に見ることができる趣向で、いまでいう、スチール写真が何枚も並んだ特集記事のようなものである。これだけでも見ておくと「源氏物語」の雰囲気がつかめそうだ。

室町時代、「源氏物語」を扇面に描くことがとても盛んだった。「源氏物語扇面貼交屛風」は、「源氏物語」の各場面を扇面に描き、屛風に貼り交ぜた作品(巻順ごとには並んでいない)。扇は実際に使用されていたものだそうで、直筆で絵の描かれた扇子を使うなんて贅沢な!

キラキラして、当時の貴族の贅沢な生活も感じられる作品である。

「源氏物語」第十帖賢木を描いた扇面「源氏物語図扇面」は、1~3期にわたって展示される。これには、斎宮に随伴し、伊勢に下向するため野宮で潔斎中の六条御息所を源氏が訪れるという場面が描かれている。

「源氏物語図扇面」伝土佐光元筆 室町時代16世紀東京国立博物館蔵 展示:10/11~11/19 撮影:筆者
「源氏物語図扇面」伝土佐光元筆 室町時代16世紀東京国立博物館蔵 展示:10/11~11/19 撮影:筆者

展示替えもあるなか、1から4期まで通して展示されているのは、「紫式部日記絵巻断簡」。「源氏物語」の作者・紫式部(ドラマでは吉高由里子が演じる)が、宮中での日常を書き綴った「紫式部日記」を元に、鎌倉時代に描かれた絵巻の一部で、武士が勢力を増す時代のなか、宮中の人々が主導し、王朝の営みを絵に残したものである。藤原道長(ドラマでは柄本佑が演じる)と赤子を抱く道長の妻と彰子(ドラマでは見上愛が演じる)が描かれている。

「紫式部日記絵巻断簡」鎌倉時代13世紀東京国立博物館蔵 展示:10/11~12/3  撮影:筆者
「紫式部日記絵巻断簡」鎌倉時代13世紀東京国立博物館蔵 展示:10/11~12/3  撮影:筆者

藤原道長の日記は現存する世界最古の直筆日記

「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」は「源氏物語」に特化したものではない。やまと絵の展示であり、「源氏物語」はその一部である。だが、ほかの作品群を見ていても、モチーフのみならず、使用された紙や素材からも、平安時代に生きた人たちがなにを見ていたか感じられる。

第1期の展示を順路に沿って見はじめると、最初に出会う「源氏物語」の関連作は、「権記(伏見宮本)」であろう。書の名手藤原行成(ドラマでは渡辺大知が演じる)が記録した宮中の記録で、展示作品は現存最古の写本となる。行成は平安時代「三跡」の一人と言われる書の名手だった。藤原道長が絶頂期の頃の側近であった行成の日記にはその当時の宮廷での日々が綴られている。

また、記録上初めて「やまと絵」という言葉が確認される部分が道長と関連していることにも感銘を受ける。中宮彰子が一条天皇(ドラマでは塩野瑛久が演じる)に入内する際、道長は屛風を用意した。その屛風に貼り付けた道長の和歌を行成が清書し、その屛風に「倭絵四尺屛風」と記されているのだ。この“倭(やまと)絵”という文字に注目。

道長の直筆には目を奪われる。本人の直筆は、歴史上の人物が確かに存在していたことの最たる証。筆跡は、その人物の人柄を感じる最高の資料である。

「御堂関白記(二巻)」(前期と後期で入れ替えがある)は藤原道長の日記。現存する世界最古の直筆日記とされ、平成23年(2011年)5月には、ユネスコ記憶遺産(世界の記憶)に推薦、平成25年(2013年)6月18日に登録された。近衞家の陽明文庫が所蔵する自筆本14巻、古写本12巻のうち、今回展示されるのは道長の自筆本ということもありとくに貴重。彰子が入内する際に持参する四尺屛風のための和歌を人々に詠ませたことが記されている。

「紫式部石山詣図」は、紫式部が石山寺で「源氏物語」の構想を練り、琵琶湖の月を見て執筆したという故事にもとづく作品。縦長の画面に、紫式部のいる建物と琵琶湖、遠山と月という二つの空間を霞を挟んで遠近感にとらわれることなくかぶせるように配置しており、独自の画面構成で、絵画としての完成度も高く見ごたえがある。もしかしたら、大河でもこれに似た場面が描かれるかもしれないが、この絵の展示は1期のみ、10月22日までという展示期間の短さが惜しい。

この展示、NHKも主催者なので、「光る君へ」放送に合わせて2024年に開催してほしいと、一般市民としての思いはあるが。とはいえ、放送まであと3ヶ月で、あっという間。いまから予習しておいても早すぎることはない。

ほかに、2期には「神護寺三像」(伝源頼朝像、伝平重盛像、伝藤原光能像)、3、4期には「三大装飾経」 (久能寺経、平家納経、慈光寺経)など、平安時代から室町時代の優品もそろう。総展示件数、約240件のうち国宝と重要文化財(※会期は、1〜4期に分かれ、一部作品の展示替えを行う)が7割を超える。

「やまと絵 -受け継がれる王朝の美-」

東京国立博物館 平成館(上野公園)

2023年10月11日(水)~12月3日(日)

(※会期中、一部作品の展示替えあり)

1期 10/11~10/22 2期 10/24~11/5 3期11/7~11/19 4期11/21~12/3

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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