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朝ドラ「舞いあがれ!」スピンオフがこれまでと少し違う理由

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「舞いあがれ!」スピンオフドラマ「歌をなくした夏」収録風景 写真提供:NHK

朝ドラこと連続テレビ小説「舞いあがれ!」(2022年度後期)のスピンオフ「歌をなくした夏」がNHK FMでラジオドラマとして放送される。貴司(赤楚衛二)に憧れを抱いていた歌人の卵・秋月史子(八木莉可子)の物語で、うさんくさい編集者・リュー北條(川島潤哉)もドラマに引き続いて登場。

史子が貴司に失恋したあと(第20、21週以降)が描かれる。あれから2年――長山短歌賞の佳作を受賞したものの、スランプに陥っている史子の前に、妙な少女(毎田暖乃)が現れる。史子はもう一度短歌を作ることができるのかーー。

史子の心にのしかかる父親との思い出にまつわるミステリー仕立てにもなっていて、朝ドラファンにも、朝ドラを知らない人にも一本の独立したラジオドラマとして楽しめる。

朝ドラ名物・スピンオフをテレビドラマではなく、ラジオドラマにした理由を、「舞いあがれ!」の制作統括で、今回は自ら演出を担当した熊野律時さんに聞いた。

なぜ、ラジオドラマ化したのか

――スピンオフ企画はいつ頃から動いていたのでしょうか。

熊野「ドラマの放送が終わるか終わらないかくらいでしょうか。ちょうど、その頃、桑原亮子さんが、歌集『トビウオが飛ぶとき 「舞いあがれ!」アンソロジー』を出すことになって、収録する短歌として史子とリュー北條の短歌も作っていた時期で、ふたりのその後を書きたいと桑原さんのなかに構想が膨らんでいったようです。スピンオフとしてラジオドラマをやりたいという申し出がありました」

――なぜ、ラジオドラマだったのでしょうか。

熊野「まず、桑原さんはもともとラジオドラマからキャリアをスタートしていて、ラジオドラマに思い入れを強くもっていらっしゃった。言葉のひとつひとつにこだわられている桑原さんの台詞をじっくり味わっていただくにはラジオドラマが合うと思いました。また、テレビドラマの出演者の声だけが出てくるということにも不思議な感覚があって、違った角度での楽しみ方ができるとも思います」

――朝ドラのスピンオフをラジオでやったことは……。

熊野「『べっぴんさん』(16年度後期)のとき、ラジオ第一でやっていますが、FMシアターでははじめての試みになります」

セリフをじっくり聞かせることができる

――ラジオドラマとテレビの演出は違いますか。

熊野「僕は数年前まではドラマの演出をやっていて、ラジオドラマの演出も4本やったことがあります。ラジオは映像がない分、リスナーの頭のなかに映像が浮かんでくるくらいの、声と息遣いのお芝居をしっかり届けることが大事で、芝居の細かいニュアンスを伝えるために音楽は少なめにしました。テレビドラマでは、俳優の表情やいろいろな情報がたくさん組み合わさってくるので、音楽の付け方も大きく変わります。今回は、桑原さんの台詞がいいので、史子と北條の、繊細なものを内包しつつ、ユーモアを伴ったやりとりをしっかり聞かせることを大事にしました。史子のちょっとした息遣いや、話し方のニュアンスをきっちり粒立って聞こえてくるようにしています」

――テレビはカメラの性能が年々進化していますが、ラジオは技術面で進化しているのでしょうか。

熊野「専門的なことはわかりませんが、技術的な面ではとくに大きく何かが進化していることはないと思います。だからこそ、左右からステレオで音が聞こえてくるというシンプルなシステムのなかでどこまで表現できるかがラジオドラマの面白さなのかなと思います」

――いわば演技演出の原点のようなものでしょうか。

熊野「そうですね、俳優としても声だけしか表現手段がないので、伝わるか伝わらないか成果がもろに出てしまいます。そういう意味では、俳優の持ってる力がリスナーにストレートに伝わる良さと怖さが両方あると思います。力のある役者さんにやってもらうと、声だけでも想像力を刺激することができるので、映像とはまた違ったドラマが出来上がる面白さがあると思います」

ドラマの最終回と重なるものに

――現場でのエピソードはありますか。

熊野「史子の短歌は、台本には書いてなくて、収録の当日に桑原さんが発表しました。ドラマの最終回で、舞(福原遥)が新しい明日に向かって空を飛んでいくところと、史子の歌が重なるとおっしゃっていて。八木莉可子さんは驚きと同時に感激していましたよ」

「(脚本の)桑原さんがすごくすてきな短歌を作ってくださいましたので、ぜひ最後まで聞いていただけたらなと思います」(八木莉可子さんのコメント)

――朝ドラのスピンオフはほかの作家のかたが書くものが多く、完全なる番外編のような感じのものが多いですが、今回は桑原さんが書いているのでテーマが一貫しているのでしょうね。

熊野「桑原さんが書いて、史子と北條が中心人物になるとしたら、どんな話にしようかと打ち合わせしたとき、史子の過去や抱えているものが、何かの出会いを通じて、ささやかながら変化していく話がいいかなと。テレビドラマでは描かれなかった史子のキャラの向こう側も描こうとして、史子の繊細さを深掘りしていくと、『舞いあがれ!』全体でやっていたことにも繋がってきました。そこに毎田暖乃さん演じる少女がラジオドラマ独自の登場人物として出てきます。『舞いあがれ!』の本編でも、幼少時の舞ちゃん(浅田芭路)や、デラシネに遊びに来ていた広田大樹くん(中須翔真)と根岸陽菜ちゃん(徳網まゆ)の話が僕はすごく好きで。桑原さんは生きづらさを抱えた子供たちの心のひだを描くことが上手ですよね。スピンオフにしたいキャラはまだまだたくさんいて、ラジオドラマの反響次第では、新たなスピンオフが生まれる可能性はあります」

――桑原さんの分身は、やはり短歌をやっている貴司と史子なのでしょうか。

熊野「貴司と史子と、舞のなかには桑原さんらしさが色濃く投影されています。一方で、北條のような人物は真逆で面白くて、桑原さんはラジオドラマでも北條を書きすぎて、尺がはみ出してしまったほどなんですよ(笑)」

「スピンオフと聞いて、『やった、できるんだ』という喜びがありました。『舞いあがれ!』のプラスアルファとなる話を脚本の桑原さんに書いていただけて本当に贅沢だなと思います」(川島潤哉さんのコメント)

八木莉可子さんと川島潤哉さん 写真提供:NHK
八木莉可子さんと川島潤哉さん 写真提供:NHK

――NHKとしてはラジオという媒体をどう考えていますか。

熊野「テレビが主流を占めていますが、ラジオやラジオドラマはなくならないし、なくしません。テレビとは違った魅力のあるメディアとしてこれからもずっと続いていきます。とりわけ、災害時の情報発信にはラジオが有効ということもあって、ラジオというメディアを皆さんに認識してもらう努力を続けないといけないと思っていますし、娯楽としての側面で、FMシアターやラジオアドベンチャーなどを作り続けています。テレビドラマとはまた違った魅力をもつラジオドラマで、今回、朝ドラからのスピンオフという、いままでやっていないことをやることで、ラジオやラジオドラマに触れてこなかったかたにも関心をもってもらえたら。『歌をなくした夏』がラジオとラジオドラマの新たな起爆剤になるといいなと思っています」

ドラマで主演した福原遥さんは「八木さんが演じられる、とても心温かな、真っ直ぐな強さを持っている秋月さんにまた会えること、そして、優しさであふれている桑原さんの世界観にまた戻れることが、今からとても楽しみで仕方ありません」と、貴司役の赤楚衛二さんは「孤独と向き合って歌を詠んで生きてきた秋月さん。本編でも彼女はこれからどんな人生を歩んだのか気になっていました」と応援コメントを寄せている(ふたりのラジオドラマ出演はない)。

連続テレビ小説「舞いあがれ!」スピンオフドラマ FMシアター「歌をなくした夏」

8月26日(土)後10:00-10:50(FM・全国放送)

※放送後1週間、NHK「らじる★らじる」で聞き逃し配信があります

【作】桑原亮子

【音楽】富貴晴美

【出演】八木莉可子、川島潤哉ほか

【制作統括】管原浩

【演出】熊野律時(連続テレビ小説「舞いあがれ!」制作統括)

【あらすじ】

歌人の卵・秋月史子(八木莉可子)はコンビニと喫茶店のバイトをしながら、第一歌集の出版を目指している。最近、歌が作れなくて悩む史子の前に、妙な少女(毎田暖乃)が現れて、何かとからんでくる。近くで働く父親を待っているという少女が気になってしかたがない史子。くせ者編集者のリュー北條(川島潤哉)は、史子が新しい歌を作れるように、楽しい記憶を聞き出そうとするが、史子が思い出すのは父との悲しい記憶。しかし、そこには史子が気づいていなかった父の思いがあったことが明らかになっていき……。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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