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〈カムカムエヴリバディ〉完結 上白石萌音、深津絵里、川栄李奈のエンド5秒の3ショットに感涙

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『カムカムエヴリバディ』より 写真提供:NHK

“朝ドラ”こと連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)が最終回を迎えた。最終週(第23週)は親子3代、100年の物語らしく、安子(森山良子)、るい(深津絵里)、ひなた(川栄李奈)親子3代がついに集結。さらに過去に登場した人たちが再会したり、出演した俳優が別の役で現れたりと涙、涙の1週間だった。『カムカム』で朝ドラのチーフ演出をはじめてつとめた安達もじりさんとチーフプロデューサーの堀之内礼二郎さんに『カムカム』を振り返ってもらった。

上白石萌音、深津絵里、川栄李奈がそろった

堀之内 いよいよ最終週となりました。もうネタバレはありません。ヒロイン3人の終着点を見届けていただけてほっとした気持ちです。

――アニー(森山良子)が安子であることがわかったのみならず、第111回では上白石萌音さんが登場しました。追加撮影されたのでしょうか。

安達 アメリカに渡ったあとロバート(村雨辰剛)と暮らしているシーンと、扉を開けたるいと抱き合うシーンでの上白石萌音さんの登場は台本にあった仕掛けで、藤本さんの構想によるものです。全編クランクアップの数日前に撮らせてもらいました。上白石さんは半年ぶりに『カムカム』の現場に入って涙ぐんでおられました。半年も経過してからまた安子になれるか不安がられていましたが「完璧に安子です」といったら安心してくださってました。撮影には深津さんと川栄さんも来てくださって、最終回の本編の最後エンド5秒用の3ショットを撮りました。ようやく3人が現場でそろうことができて、これが上白石さんのほんとの撮りきり(クランクアップ)の日になったかなという感じがしましたし、ご本人も「帰りたくない」と言われるほどで、名残惜しみながらもいい時間を過ごしました。

堀之内 上白石さんには安子編がクランクアップしたとき、終盤でまた出ていただきたいからどこかでスケジュールをくださいとお願いをしていました。アメリカの場面になるかなと漠然と想像していましたが、藤本さんが描いた、るいが扉を開ける場面にはほんとうに驚きました。藤本さんは最初からこういう構想をお持ちだったのかもしれませんが、書きあがった台本を読んだときの驚きを大事にされているので、事前にそれを明かされることはなかったですね。

安子とるいの衝撃的な別れは、物語上仕方がなかったとはいえ、あれほど悲しい終わりだったことは作り手としても胸が痛かったのですが、上白石さんがあのシーンを演じてくれて救われた気持ちになりました。上白石さんだったからこそ、だったと思います。るいが閉めた扉を自ら開けて、上白石萌音・安子とああいうふうに抱き合えたことで、ぽかりと空いた穴が埋まったような感動があり、浄化された気持ちになりました。過去、雨だったシーンを晴れに変えたのは安達です。

安達 天気は台本上には書かれていなくて、これどっちやろ、以前どおり雨にするかどうしようとぎりぎりまで悩みました。映像ではそこまでわからないかもしれませんが、安子の後ろの木を濡らして、雨上がりの設定にしました。ここは晴れてほしいなあと最後は希望を描きました。

――川栄さんのクランクアップはどのシーンだったのでしょうか(今回、ヒロインクランクアップの写真がシークレットになっていた)。

安達 最終回、アニー(安子)とるいとひなたが3人であんこを炊いてから、アニーがひなたにアメリカにいかないかと誘うところが最後でした。

『カムカムエヴリバディ』より 写真提供:NHK
『カムカムエヴリバディ』より 写真提供:NHK

ラジオが人と人をつなぐ瞬間を表現する

――第109回、安子の真実がラジオから流れてくるところが『カムカム』らしく感じました。

安達 台本では、アニー側と、るいとひなた側がカットバックで描かれていて、それぞれ撮影はしましたが、やはりラジオをずっと描いてきて、ラジオが人と人をつなぐ瞬間を表現するために常に聞いてる側を描いてきたので、今回も、聞いている側であるるいとひなたを中心にして編集しました。

参考記事:『カムカムエヴリバディ』に出てきたラジオ

初代ヒロイン安子(上白石萌音)は1925年(大正14年)3月22日、日本ではじめてのラジオ放送がNHK東京放送で行われた日に誕生し、彼女も2代目ヒロインるい(深津絵里)も3代目ヒロインひなた(川栄李奈)もみんなラジオで英語講座を聞いて英語を学ぶ。

時にはラジオ体操を行い、時には戦争のニュースを聞き、時代劇の情報や『オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート』や流行歌の数々を聞いて……。彼女たちの傍らには常にラジオがあった。第109回では、最重要案件である安子の真実がるい(深津絵里)にもたらされるのもラジオだった。

堀之内 第5週の平川唯一(さだまさし)さんのラジオの語りも、平川さんの声のみですし、玉音放送もほとんどの場合描かれるのは聞き手側のみです。ラジオは流れてくる声に、ときにぬくもりを、ときに冷たさを、そういう温度や存在感を感じやすいメディアだと思っています。アニーの声を聞くるいとひなたの表情を描くことで、このドラマらしい、人と共に生きてきたメディア・ラジオの温度感が伝わると思いました。るいさんの顔だけで、なんだかずっとみつめていたいというような不思議な没入感を感じていました。

安達 先に撮ったアニーの声を現場で流してるいやひなたの芝居を撮りました。ほぼ一発撮りでしたが深津さんの芝居が圧倒的で、震えながら撮りました。

――ラジオのパーソナリティ磯村吟(浜村淳)はるい編からずっと現役ですが何歳の設定なのでしょうか。

安達 年齢不詳です。台本には登場人物の年齢が丁寧に記されていますが、磯村吟だけ最後まで年齢が描かれていませんでした。ある種、最後まで妖精のような存在であったのだろうと思います。ただ、実際、浜村さんご本人が歩まれてきた人生そのままみたいな感覚で撮らせていただきました。浜村さんはるい編で描いたようなジャズ喫茶の司会業をされていた方で、その時代からずっと時代と伴走して文化を見つめてこられたレジェンド中のレジェンド。そのお姿を撮らせていただいたということに感謝の気持です。

「I love you」は誰もが望んで待ち焦がれていた台詞

――第111回の深津さんの歌がすばらしかったです。

安達 もともと、音楽を介して安子とるいが再会することは初期の藤本さんのプランにあったので概ね想定していましたが、実際台本をもらって、台本読むだけで感情を揺さぶられました。構想を聞いたときから、これはほんとうに音楽が大事になると思って、トミー(早乙女太一)のトランペット、ジョー(オダギリジョー)のピアノ、るいの歌……とかなりの準備が必要で、台本になる前に、詳細なプロットを抜き書きしてもらえないかと藤本さんにお願いしました。それをもとに金子隆博さんに相談して曲の構成を考えていただき、深津さんにどういう思いで歌うのか、どういう歌い方をするか考えながら歌の稽古をしてもらって準備を着々と進めました。本番は一度切りの瞬間でしかない気がしたので、一発本番で撮りました。ほかの登場人物のリアクションなどは何度か撮っていますが、安子とひなたとるいに関しては一回きりです。ふだんは収録機3台のところ、4台に増やして撮りました。るいの「I love you」がどれくらいの音量になるか深津さんのお芝居が予測できず、音声部も緊張して臨んだと思います。音声部のみならずスタッフは完全に一発本番の緊張感でしたが、音楽がからむ大掛かりな収録に全員が集中して、静かな緊張感のなかで撮れた気がします。

――深津さんはどんな思いで歌ったのでしょうか。

安達 どこまで上手に歌うべきか、内面に潜るのかお客さんに向かって歌うのか、どっちも考えられますよねと、台本がくるまではマックスでうまく歌った場合を想定してもらって練習してもらいました。結果的には台詞と同じ感情表現として考えようと話して撮りました。

皆さん、おわかりのとおり「I love you」は「I hate you」のアンサーで、藤本さんもこの「I love you」のために「hate」を言わせたのだと思うぐらい、迷いなく書いてこられた台詞でした。「I love you」は誰もが望んで待ち焦がれていた台詞で、非常に大事にしたいと考えました。

『カムカムエヴリバディ』より 写真提供:NHK
『カムカムエヴリバディ』より 写真提供:NHK

視る人に優しいドラマにしたかった

――全112回まで完走していかがだったでしょうか。

堀之内 はじめたときは、毎日15分を積み重ねながら100年を描いたとき、どんな感情になるか予想できませんでした。もしかしたら、100年分、年をとった気持になるんじゃないかとも思いましたが、逆に完成したとき、力がみなぎったんです。これからの100年をつくるのは自分だなと。だからこそ自分たちのいまを大事にしなくてはと強い気持ちが湧くのを感じました。安達も「ラストカット!」と力を入れるのではなく、日常が続いていく感覚で終えたと思います。みんながこの世界に生きていて、ひなたは現実にいるかもしれないし、視聴者の皆さんが『カムカム』の世界にいるかもしれない。みんながひなたの道をこれから歩いていこうと思えるようになってほしい、元気をもらえるつくりになるといいなと思いました。

安達 日常の日々の積み重ねが大事で、それが宝物で、それが毎日続いていくのだというような後(あと)味になるといいなと願いを込めて撮りました。これは最終週に限ったことではないですが、最終週にとくにそのことが滲みでればいいなと思いました。

最初は「王道の朝ドラ」という受け止め方があった記憶がありますが、企画自体はこれまでにない無謀なチャレンジでした。なにしろ、ヒロインが3人で、そんなことでできるのかという議論がたくさんあった中で、心がけたことは視る人に優しいドラマにしたいということで、それだけはぶれずにやりました。企画の立ち上げから、コロナ禍をはじめとして世の中が大きく動いたこともあって、やってることがあまりに荒唐無稽に見えないようになるべく自然を目指しました。

――自然というのはどういうふうに。

安達 何者でもない、誰もの近所にいるような家族の100年を寄り添いながら見てもらう距離感にしたくて、演出の存在を意識しないで見てもらえる世界をつくろうと思いました。そのため、映像的なテクニックを多用しないで、なるべく時系列に沿って、視聴者の方々が頭から時間を追って見ている「気分」を表現していくことを心がけました。編集テクニックや音楽を多用するなどしてことさら盛りあげるのではなく、緊張感をもったまま出来事そのものを時系列で見せていくことは、非常に繊細かつ難しいことだなあと日々思いながら作っていました。日々鍛錬だという虚無蔵さんの言葉が身に染みております(笑)。

100年分の登場人物を繋いで

――最終回、タイトルバックにこれまでの名場面がたくさん出てきました。明るいシーンをチョイスされていたように感じたのですが、どうでしたか。

達 実は台本には10数ページにわたってびっしりとこれまでの登場人物の名前が書かれていたんです。100年分の登場人物を繋いでいったら30分くらいになってしまって、苦慮したすえ、ワンショットではなくできるだけグループショットを選びました。それによって『カムカム』とは人と人とのつながりを描いてきたんだということを感じてもらえたらと思っていました。

――はじめての朝ドラチーフ演出はいかがでしたか。

安達 チーフであろうとそうでなかろうと変わらず取り組んでいますが、やはり朝ドラのチーフは責任が重かったです(笑)。

――ほんとうに世の中が大きく動いたなかで制作されたドラマでした。『カムカム』が立ち上がったときは週5回になることは決まっていましたか。

堀之内 企画が動き出した2019年、週5になるかもという話はあり、企画途中で正式に決定しました。

――ラジオ局が2025年に削減が検討されている状況も織り込み済みでラジオをテーマにしたのでしょうか。

堀之内 それは偶然です。

安達 ただ、ひなたが出演するラジオの台本の表紙のラジオ局の表記はぼかしています。

――藤本有紀さんの凝った脚本で、これでもかというほど次々と過去と現在が結びついていって見事でした。「橘」という苗字にも意味を込めていましたか。

堀之内 この番組中で知り合ったみかん農家の方に教えて頂いたのですが、「橘」、つまりみかんがお菓子の起源のひとつとされているそうなんですよね。藤本さんはご存じで名前をつけたのかもしれません。ネットでも話題になっていましたが、視聴者の方々が発見して話題にしてくれて、広がっていったことを感謝しています。他にも、これは気づいていただけたかわかりませんが、最終回で桃太郎(青木柚)が剣とジョージをつれ雉真製のユニフォームを着て甲子園に行ったというナレーションがありました。実はジョージは「おさるのジョージ(=Curious George:洋題)」から来たもので、彼が『桃太郎』の「猿」なんです(そのときラジオからは『桃太郎』の話が流れている)。息子の剣は犬。つまり、桃太郎は犬・猿・雉を連れて甲子園に行った、ということになるんです。藤本さんの本は、名前一つとっても筋書き一つとっても、本当に深いところまで考えられています。

そういったことに気づく方は気づくし、気づかなくてもいい。独自の解釈や想像をしてもらえたらそれも素晴らしいこと。朝ドラの楽しみ方は人それぞれであっていい。僕は、朝ドラをドラマ本編だけでなくて、視たかたの感想だったり、ネットニュースだったり、それを読んだ感想だったり、SNSの空気感も含めて楽しめる、日常に溶け込むエンタメメディアであってほしいと思ってつくっています。

◎取材を終えて

テレビドラマに関する取材の仕方がいろいろあるなかで、コロナ禍、リモート取材が普及し離れた場所にいてもプロデューサーや演出家を同時間帯に取材することができるようになった。このような状況下で『カムカム』では、取材の依頼にきめ細かく対応していた。これは『カムカム』のチームだからできたことだろうと広報の松岡秀伸さんは言う。働き方改革もあるなかで最後までやりきった松岡さんの粘りに感謝したい。そうまでしてもらってもドラマがつまらなかったら記事にはしない(取材を申し込まない)。

そういう矜持はもって臨んだつもりだ。今回の連続広報企画が『カムカム』であってほんとうに良かった。

はじめてのヒロイン3人体制で、100年の家族の歴史を描き、時代の風物詩や情勢を当時のラジオ放送や朝ドラで描くという実感を重視した企画の面白さに加え、間違えても失敗してもツイてないように思ってもいつか報われることがあるという希望を真っ直ぐ描いてくれた『カムカム』にはいまこそ大事にしたいことがたくさん詰まっていた。

連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』

毎週月曜~土曜 NHK総合 午前8時~(土曜は一週間の振り返り)

制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢

作:藤本有紀

プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香

演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史 二見大輔 泉並敬眞 石川慎一郎

音楽:金子隆博

主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈

語り:城田優

主題歌:AI「アルデバラン」

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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