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〈カムカムエヴリバディ〉ひなたと五十嵐の結末が「解せぬ」。彼はなぜ再登板したのか。

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
『カムカムエヴリバディ』より 写真提供:NHK

“朝ドラ”こと連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)ではひなた(川栄李奈)の元カレ・五十嵐(本郷奏多)が10年ぶりに登場。ひなたも五十嵐も互いに鍛錬し時代劇の未来に役立つ仕事をしていた。これならもう一度やり直すことも可能なのではないかと思って見ていたら、待っていたのは切ない結末だった。赤いルージュを引いてバーに向かうひなたの気持ちを思うと……。

堀之内礼二郎チーフ・プロデューサーは「ひなたが自分の現在地を確認して前を向いていく場面と捉えていただければ…」と語る。ナットクできるようなできないような……。矢も盾もたまらず演出担当の深川貴志さんに話を聞いた。

10年経ってようやく落とし前をつけることができた

――五十嵐とひなたの関係はこんなふうに書く必要はあったのでしょうか。

深川 藤本有紀さんの台本を最初に読んだときはそういう思いを抱きました。が、改めて読み込んでいくうちに、この展開の必要性を感じました。るいさん(深津絵里)が第20週で過去の自分と向き合ったように、ひなたさんもここで過去の自分を見つめ、前に進んだのだと思います。第19週で自分が五十嵐さんを苦しめていたかもしれないと気づきますが、10年経ってようやくその落とし前をつけることができたのではないでしょうか。第22週は全編通して、焼けぼっくいに火がついたかのように見えますが、ひなたさんは終わった恋をもう一度始めたいというよりは、過去の思い出に浸ろうとしている自分と戦っている、そんな心情を描けたらと思いました。その結果、バーで「いまは仕事が楽しい」という言葉が出てきたのではないかと思います。”ハッピーな展開”の意味についても考えさせられる回でした。

――ふたりが雑巾がけするところで風鈴が鳴るのは台本に書かれていましたか。

深川 あの音は音響効果の伊東と話してつけたものです。風鈴はふたりにとっての思い出のみならず、安子、るい、ひなたの3世代にとってのキーアイテムでもあります。第21週でも風鈴が登場しましたし、久しぶりに会って、ふたり並んで道場の雑巾がけをすることで、ふたりの思いが共鳴したように描きたく、音をつけました。

――トミー(早乙女太一)がよく使っている「共鳴」という言葉は意識されていたのでしょうか。

深川 ひなたと五十嵐の再会は、いわゆる、るいと錠一郎(オダギリジョー)の共鳴とは違うかもしれません。ただ、第22週は月曜からだんだんとひなたと五十嵐の物理的距離が近づいていくように描かれていて、雑巾がけというかなり近づいた状況の中で、このふたりもまた共鳴したように見せたかったのです。

――風鈴の音色に共鳴という概念を結びつけるのは、演出全体の共通見解なのでしょうか。

深川 それについてすべての演出担当者たちと話し合っているわけではないですが、かつて藤本さんが脚本を書かれたドラマ『夫婦善哉』(「共鳴」の元ネタ)の演出も担当した当番組のチーフ演出・安達もじりの背中を見ていればそういうことなのだと思います。

竹光から木刀に変えて手合わせする五十嵐と虚無蔵

――第22週では、五十嵐が虚無蔵(松重豊)と再び剣を交えます。深川さんは大河ドラマ『麒麟がくる』(20年)の演出をされていたそうで、その経験は生きましたか。

深川 最初は生きるかなと思っていましたが、ふたりの殺陣は新規のものではなく、虚無蔵さんが映画『妖術七変化』から演じてきた殺陣で、リメイク版のオーディションで五十嵐がモモケン(尾上菊之助)と交代したためできなかったものです。殺陣の型は同じですが、竹光から木刀に変わりました。木刀は重くて危ないからこそ、その真剣さや緊張感が出ました。大河の経験はそれほど生きなかったものの、アクション指導の中村健人さんがどこを見せたくてどこにこだわっているか感じ取ることには役立ったようにも思います。

本郷さんは『麒麟がくる』でも御一緒しました。これまで日常的な人間を演じられた経験が少ないため未知数でしたが、ポテンシャルは素晴らしいものがあるのでぜひ演じていただきたいと思いました。

◯取材を終えて

深川さんは、『カムカム』の演出家クレジットの3番目に名前を連ねながら、第22週まで1回も演出していない。タイトルバックの担当で、紙を使うことと、コマ撮り作家の竹内泰人さんに依頼することなどのアイデアを考えたのが深川さんだった。最初はまだ主題歌『アルデバラン』はできあがっておらず、もし聞いていたらあれほど明るいものにはならなかったかもしれないと振り返る。

100年の親子3代の歩みと連なりをみごとに視覚化したタイトルバックを作った深川さんだから『カムカム』の世界は熟知している。だからこそ、ひなたと五十嵐の恋を10年ぶりの再会で再びの恋のように見せつつ、実はそうではなかったことを意味のあるものと解釈して演出した。

五十嵐がいったん東京に戻った後(のち)、アメリカへ旅立ち、そこから今に至るまでのサブテキストを深川さんは考えていて、それは興味深いものだった。なかでも五十嵐が「昔つきあっていた彼女のもとにあんな別れ方をして戻るには相当力を入れないと帰れないだろうから、ああいう立ち居振舞になったのだろう」という解釈は微笑ましい。

ひなたよりもどちらかというと、アクション俳優になれなかった五十嵐が、錠一郎や虚無蔵に支えられて10年の間に自分のアイデンティティを確立し立ち直った話のほうが色濃く感じた。それはやはり演出家が同性の物語に感情移入してしまうからだろうか。ひなたと同性の身としては、ひなたが肩透かしをくらったようではなく、最初から吹っ切ったかっこいい様子を見たかった。でもきっとひなたにはこれを経て3代目ヒロインとして重要な役割が最終週に待っていることだろう。

『カムカムエヴリバディ』より 写真提供:NHK
『カムカムエヴリバディ』より 写真提供:NHK

連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』

毎週月曜~土曜 NHK総合 午前8時~(土曜は一週間の振り返り)

制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢

作:藤本有紀

プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香

演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史 二見大輔 泉並敬眞 石川慎一郎

音楽:金子隆博

主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈

語り:城田優

主題歌:AI「アルデバラン」

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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