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「追い源」仕掛けた名コンビのドラマがいつも泣ける理由。新作「最愛」も宇多田ヒカルの主題歌が最強

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「最愛」より 写真提供:TBS

「中学聖日記」「アンナチュラル」「MIU404」「着飾る恋には理由があって」……と数々の人気ドラマを作ってきた新井順子プロデューサーと塚原あゆ子監督。医療もの、刑事もの、恋愛キュンもの……一作当たると似た感じのドラマが量産されがちなのがこの世の仕組み。そんな中で新井、塚原コンビは、作家性が強く、濃いファンがつく純度の高いドラマを作っている志ある制作者だ。現在、放送中のラブ成分多めのサスペンスラブストーリー「最愛」(TBS 系 金曜よる10時から)にも細やかな工夫が光る。聞けば、互いに確たる考えを持っていて、それをうまくすり合わせながら作っているのだとか。例えば前作「着飾る恋には理由があって」では星野源の主題歌を2回かける「追い源」手法でキュン度を高めたのもふたりの工夫の賜物。ふたりがタッグを作ってから8年、その熱情の軌跡を聞いた。

右:新井順子さん 左:塚原あゆ子さん 撮影:「最愛」スチールカメラマン 
右:新井順子さん 左:塚原あゆ子さん 撮影:「最愛」スチールカメラマン 

現場では爆音で主題歌を流しています

――「夜行観覧車」(13年)、「Nのために」(14年)、「リバース」(17年)と湊かなえシリーズをやった新井順子さんと塚原あゆ子さんが今回、オリジナルのサスペンスラブストーリー「最愛」をやることになったいきさつを教えてください。

新井順子(以下 新井) 「リバース」以来、久しぶりにサスペンス性のあるドラマをオリジナルでやりたいと準備をはじめたのはコロナ禍前でした。当時はもっとダークなものを考えていましたがコロナ禍があって暗いものはあまり好まれなくなってきて、当初のプロットとはだいぶ変わりましたが、重厚で深いものにはなっています。

――新井さんと塚原さんのコンビは近作だと「着飾る恋には理由があって」というラブストーリーですが、どちらかといえば重厚なドラマのイメージがあります。「中学聖日記」「アンナチュラル」もどこか深い、繊細な人間の奥を見つめていく作品で、「MIU404」も社会派な内容でした。

新井 「着飾る恋には理由があって」はライトでしたけれど、塚原さんは人間の奥深いものを描くのが好きだと思います。私はできればサスペンスは観るだけのほうがいいです。ヒューマンサスペンスを作ると、なぜ憎むか、なぜ殺すか……などと四六時中考えて精神的に疲れてしまいますから(笑)。ただ「わたし、定時で帰ります。」や「着飾る恋には理由があって」などのライトなものが続くと違うことをやりたくなるんですよね。

――「リバース」から4年ぶりの重厚な作品「最愛」の手応えはいかがですか。

新井 吉高由里子さんは最高だなって。“化け物”だなと思いました。彼女が演じる真田梨央の存在が泣かせます。自分で作っておいて「あ、こんなに泣けるんだ」というぐらい、ティッシュを抱えながら第1話のプレビューを観ました(笑)。自分で作っているから先を知っているので泣けるのですけれど。先々、話が進んでからもう一度、初回に戻って見るとさらに泣けると思いますよ。

――塚原演出は泣けますよね。画と音楽が相まって感情が揺さぶられる。

新井 自分の担当ではない番組で、テロップを見る前に「これたぶん、塚原さんの回だろうな」とわかるほど独特のものがあります。

――「雪が舞う」(「アンナチュラル」「リバース」)「花が舞う」「羽根が舞う」(「夜行観覧車」)とか……ここぞという場面で何かが舞いますよね。「最愛」にも「塚原節」的なものありますよねきっと。

新井 第1話は白川郷の風景。空とか田んぼとか水とか、自然にあるものをすごくきれいに撮って入れてますね。

「最愛」より 写真提供:TBS
「最愛」より 写真提供:TBS

――「MIU404」でも水たまりが印象的でした。

新井 台本には「水たまり」のト書きはなかったんですよ。塚原さんが突然、水たまりのシーンの前日シーンを「雨にしたい」と言って。スタッフは何で雨を降らす必要がないシーンを雨にするんだろうと思っていたのですが、「翌日の朝のシーンに水たまりを作りたい」と。水たまりに光が差して、少女が楽しく笑顔で、キラッとした水たまりに足を踏み入れるカットを撮って「そこに主題歌のサビ当てよう」と考えたみたいです。スタッフはそれを聞いて、「なるほど」となりました。計算しながらカット割りをしてるんですよ。

塚原あゆ子(以下 塚原) 米津玄師さんの主題歌が「感電」だったから水を出したかったんですよ。「一瞬のきらめき」という歌詞に合わせて、伊吹(綾野剛)と志摩(星野源)が守った誰かの命のきらめきになるといいかなと思ったんです。

新井 塚原さんはよくイヤホンしてカット割りしてますよね。主題歌をエンドレスに流しているんです(笑)。「主題歌がないとカット割りができない」ともよく言ってます。

塚原 現場では爆音で主題歌を流しています(笑)。

新井 「本番!」と言って、ピと曲を止める、みたいな(笑)。

――「MIU404」で松下洸平さんが出た回の主題歌の入り方が松下さんの動きと合っていてすごくよかったです。

塚原 なんとなく、どこに当てるか、どういう風な流れ方をするのかは、あります。頭の中に。ただ、その通りに行くわけじゃないので、その都度臨機応変にやっています。でも、赤富士――夕方の富士山と、欲しかった言葉を言ってもらった人物のルーズショットでサビが流れるといいなとは思って、それに当てて曲をかけました。

――ちなみに「MIU404」で松下さんが逃亡して走っているところがスローモーションで素敵に撮っていましたが、「最愛」では駅伝選手なのと何か関係ありますか。

新井 ありません(笑)。

――「最愛」の主題歌は宇多田ヒカルさんの「君に夢中」。

新井 今回の主題歌はかけ方が難しいです。宇多田イズムがあふれてる楽曲で。「最愛」というテーマに沿った感じで作ってほしい、ということだけお願いをして。台本は3話か4話ぐらいまで読まれたと思いますけど、それで上がってきたものはすごくかっこいいです。

宇多田ヒカルの曲はいつかかるか

ーー新井さんはいつも曲にこだわると以前のインタビューでおっしゃっていました。

新井 米津さんの事務所に乗り込んで、曲のことで話したい!って(笑)。

――「着飾る〜」では「追い源」という手法が誕生しました。

新井 主題歌が2回かかる。追い星野源を略して「追い源」。2回目の主題歌が誰のシーンにかかるか話題になりましたね(笑)。予告の後に今までのシーンを振り返る、総集編のような「サイドB」を作った時、そこを盛り上げるためには主題歌のサビをかけたいと。

塚原 サイドBでもう一回シーンをリプレイして「実は◯◯はこんなことを考えてました」とわかるようにするアイデアは台本にありました。でもそこだけだと主題歌が全部かかりきらない。主題歌を全部かけるために、一回頭からかけて、途中で一旦止めて、サイドBでもう一回かけることにしたんです。星野源さんご本人には「追い源、嫌いじゃないですか」とこっそり聞いたりして(笑)。中には「途中で切りやがって。またかけやがって」と思う方もいらっしゃるから。お嫌いじゃなければいいだろうなと思って、びくびくやりました。星野さんをはじめとして皆さんが楽しんでくださっていたらベストですよね。

新井 第3話だけは追い源してないんですよ。フルでかけたい!!と初めてフルバージョンかけましたが、ドンピシャにハマりました。

――新井さんと塚原さんのドラマは主題歌がドラマにドンピシャ合ってますよね。

新井 ドンピシャにくるのって、塚原さんがMA中に、編集室とMA室を駆け回っているからなんです(笑)。ぴったり合うように、編集し直しに編集室に行ったりするから、ドンピシャに合う。突然、編集室に走り込んで編集を直して、またバーッとMA室に戻ってくるみたいな。

――音感が良いんですか。

塚原 音感は関係ないかも。しつこいんじゃないですか(笑)。

――「Nのために」は主題歌がドラマの真ん中ぐらいでかかりました。たいていクライマックスにかかる印象があるので斬新だったかなと。

塚原 斬新でしたよね、今考えれば。ラブストーリーにかかりそうな曲なので、ドラマの最初と最後は現在軸のサスペンスなので曲と合わないんですよ。

新井 中盤の回想シーンでかけたことで映えました。

塚原 「最愛」もそうだよね。前後が「誰が殺した?」みたいな展開になっていて。

新井 そうなるとたしかにかけづらいですね。「最愛」は宇多田さんにラブストーリーの曲を発注したので。

塚原 ただ、宇多田さんの曲はラブパートでもサスペンスパートでもどっちにもかかるかもしれないですね。ラストでもいけそうな気がする。宇多田さんの曲すばらしいですよね。何かに夢中になってる人たちの熱量を感じます。その熱量の高いところにこれぞというシーンを当てるための方法は考えます。

――新井さんは音楽好きだそうですが塚原さんは音楽はお好きですか。

塚原 音楽が好きということよりも、主題歌が聞こえないような使い方が好きじゃないんです。台詞に主題歌が埋もれて「主題歌を聞きたいし、台詞も聞きたいし、どっち聞いたらいいのかわかんない」みたいにならないように、ストレスなく主題歌も聞けて、流れも理解できるようなタイミングを探りたいんです。サビのところと台詞が少しでもずれれば、台詞聞いてからサビ聞いてまた台詞ってなるんだけど、ぶつかっちゃってるとどっち聞いたらいいかわからなくなって、どちらかの音量を下げることになってもったいないなと思います。

この話をもとに「最愛」第1回を見返してみよう。主題歌は後半55分を過ぎた過去パートでかかった。松下洸平演じる大輝が駅伝で走っている姿を梨央が歩道橋から見守る切ないシーン。駅伝の中継アナウンスと宇多田ヒカルの歌詞が絡み合うことで臨場感が高まる。大輝の息遣いと歌詞や、登場人物たちのセリフのやりとりと歌詞がみごとにかぶらないところにまさに塚原さんのこだわりと編集スタッフの技を感じる。歌詞の〈君に夢中〉のところで大輝が歩道橋まで来て、その背後に梨央が乗った車が通り過ぎる。そこで〈人生狂わす〉〈来世でもきっと出会う〉の歌詞が響き、まるで宇多田ヒカルがドラマのなかで一緒に歌っているような、音楽劇のような雰囲気で、切なさがぐっと高まる。

「最愛」より 写真提供:TBS
「最愛」より 写真提供:TBS

ふたりの出逢い

――「砂時計」(07年)から一緒に仕事されているんですよね。

新井 なつかしい(笑)。

塚原 「砂時計」の頃、新井さんはまだAPで、撮影スケジュールの作り方を教えましたから(笑)。

新井 そう。塚原さんは私のスケジュール教育担当ですから。兼、サードディレクター。

――おふたりがそれぞれチーフとしてやったのは「夜行観覧車」(13年)ですね。

塚原 やだ。まだ8年しか経ってないの?(笑)

新井 10年は経ってるかと思った。いや15年ぐらいやった気分。一作一作が濃いから。

――「アンナチュラル」と「中学聖日記」が18年で、同じ年に2作やってることが濃密過ぎませんか(笑)。

新井 「アンナチュラル」は1月クールで17年に撮りきってたからですね。

塚原 そうなんです。ちょっと先撮りだったんで成立したのだと思いますね。

――これだけ何作も一緒にやっていると、阿吽の呼吸なんでしょうか。

新井 塚原さんは私の言葉にできないところを汲み取ってくれます。

塚原 そう、通訳みたいなものかな。

新井 通訳係をやってもらっています(笑)。

塚原 それで言うと、だいたい彼女のやりたいことをやらされてるんですよ。新井さんがここはこうするんだって言ったら、その想いに応えるしかない(笑)。

新井 (笑)。

――新井さんの情熱みたいなのを、ちゃんと皆さんが塚原さんを通して、体現するみたいなことですか。

新井 だから一緒にやれる脚本家さんも限られてしまいます(笑)。

塚原 「MIU404」の企画のとき新井さんが「警察ものやりたい」と言ったら脚本家の野木亜紀子さんが「いやだ」と言って、私も「警察もの? つまんない」と言って、みんなで止めたけど、結局やるって押し切られて(笑)。

新井 そうそうそう(笑)。「とりあえず取材に行きましょう」と野木さんを取材に連れていったんです(笑)。

塚原 「最愛」で大輝が駅伝選手なのもーー。

新井 私が駅伝好きだからです。「駅伝のドラマ撮りたい」という欲望だけです。撮影はすごく大変だった(笑)。

塚原 すっごい大変だったのに「それだけかよ」って今、心の中でちょっと思っています(笑)。

新井 駅伝が好きなんです。昨日もね、出雲駅伝、録画しまして、ずっと観ていました。泣きながら駅伝観ていますから。だから、現場でちょっと泣きそうになっちゃって。第1話でも実際にアナウンサーさんが現場にきてくれて実況中継するんですけど、「リアルで聞いちゃった」と嬉しくて(笑)。松下さんは青学に練習に行くなどして普段から走ってくれてたみたいで。けっこうしっかり走ってましたね、一日中。丸2日ぐらい走ってましたよ。

塚原 最後の方の松下さんはもうちょっと顔がヘトヘトになってくるんで、それが良い感じになりました。

新井 ちょうど疲れてるのが良い感じ(笑)。

「最愛」より 写真提供:TBS
「最愛」より 写真提供:TBS

「最愛」 写真提供:TBS
「最愛」 写真提供:TBS

松下洸平か井浦新か ラブかサスペンスか

――新井さんと塚原さんのドラマは男の人が魅力的です。今「疲れてヘトヘト」っておっしゃってましたけど、ちょっと弱いところがキュンとする感じのときがよくあって。

塚原 わかります。私もそうです(笑)。

――今回は松下さんと加瀬賢一郎役の井浦新さんのふたりがすてきに描かれるであろうと期待しております。

新井 今回、大輝も素敵ですが、井浦さん演じる加瀬さんがかわいいんですよ。松下さんとふたり、「どっちが好み?」と話題になるのかな。

塚原 ぶっきらぼう系な不器用キャラがお好きな人と、気が利く、阿吽の呼吸で付き合える人と、どっちがお好きですか? 傘を差し出すときに、斜に構えた感じで出す人(大輝)と「車から降りるとき、先に降りて差して待ってくれる」ようなことまでしてくれる人(加瀬)か(笑)。

――いつも優しいとつまんないですよね。

塚原 そうですよね。だから、そこらへんが二択で分かれそうだなって。

――「どっち?どっち?」と観ながら決めきれず揺れるからいいのかもしれないです。

塚原 揺れて選んでほしいですね。

――事件の謎解きもありますが、「どっちを選ぶの?」みたいな話にもなるんですか。

塚原 そうですね。でも今のところ、どっちかは決めてないんですよ。

新井 最初に決めても変わりますよね。

塚原 予定していたことと変えた作品もありましたね。

――「Nのために」と「最愛」はラブサスペンスということで、愛とサスペンスがかけ合わさったドラマの魅力とはどういうものでしょうか。

新井 今回は「ロミジュリのようなラブにしよう」と考えました。梨央と大輝がなかなか会わないんですよ。現代パートでは1、2シーンぐらいしか会わないですよね。なので、じりじりしながら観ていただければ。「どうなるの、この二人?」とひりひり、じりじりします。だから今回は「ジリキュン」? ……そういうキャッチフレーズ、いらない?(笑)

塚原 むりむり作らないでいい(笑)。

新井 「むずキュン」(「逃げるは恥だが役に立つ」)以降、いつも「「なにキュンですか」って聞かれるんですよ(笑)。

――「二人はどうなるの?」と「真相は?」のふたつの謎の2本立てがラブサスペンスの面白さですね。

塚原 要するに“昔”の男(大輝)と“今”の男(加瀬)なんです。初恋の人がいいか、今現在、もう、阿吽の呼吸の同志みたいになった男がいて、「それ、どっちがいい?」っていう。毎日この人と一緒にいたわけだから、既定路線で言うとこの人と一緒にいたほうが楽、っていうか成立してるんですよ、世界が。しかも、昔の男は今、刑事だし。なんかちょっとめんどいんですよ。

新井 めんどい(笑)。

塚原 美化されがちな初恋の人と、今ここにいる、手の届く存在……というか、自分を支えてくれて一緒に二人三脚でやってきた人の二択。とはいえ、加瀬が梨央のことが好きかは確約ではないんですけれど。それと殺人事件の謎を解いていくっていう、ラブとサスペンスとダブルでおいしいドラマです。

――さすが通訳担当。すごく明晰に語っていただけました。

新井 「サスペンス興味ない。でも、ラブストーリーは好き」みたいな人もいますし、どっちも好きな人、どっちかが好きな人、いろいろな人に幅広く観てもらえるように、ラブ多めに作ります。湊かなえシリーズを3作、やってきましたけど、そんなにがっつり恋愛ってやってないですよ、実は。「N〜」はラブ成分が多いほうでしたが、「最愛」はそれより多くしたいです。

塚原 親子愛もあったりするんでね。家族愛、親子愛、兄弟愛……いろんなタイプの“最愛”が出てくる作品です。

新井 それぞれ登場人物が、“最愛”のもののために動いてるんです。それが何なのかも推理してほしい。犯人が誰かだけじゃなくて「この人の最愛は何か」というのを。意外と第1話に犯人のヒントをいっぱい置いてありますんで。もう一度見返していただき、止めながらじっくり観るとわかると思います。

塚原 それでわかっちゃったら、私が演出を間違えちゃったことにならない?(笑)。

――伏線をあえて気づかせる作品もありますが、バレないようにしていますか。

塚原 バレないようにしてますよ(笑)。2度見た時に、「ああなるほど。伏線だったんだ」みたいな風に気づく、くらいの塩梅です。

冒頭のナレーションに秘密がある

――「最愛」で行った新しい仕掛けはありますか。

塚原 冒頭のナレーションが毎回、変わります。連ドラでは毎回、冒頭に「これまでのお話」という振り返りパートがつきがちで、それをそろそろアップデートしたくて、今回は「誰かが自分の最愛について語る」という風にして徐々に物語に入っていくような階段になるように考えました。第1話のナレーションは大輝、2話は……。毎回違う人ではなく被ることはあると思いますけれど。

新井 その回に合う人が語ります。「この人が語るということは、どういうことなのかしら」と推理を働かせてほしいです。

塚原 それから「ブラックボックス」がCGで出てきます。梨央が箱の中に秘密を閉じ込めるというか、最愛の思いを閉じ込めている話なんです。で、始めに何か「僕はこういうことが最愛だ」って言ったら、タイトルでブラックボックスがガッと閉じます。それに対しての展開があって、「さあ、その箱からもれちゃうのかな?」っていうストーリーテリングなんですよ。だから、誰が何についてしゃべってるかで、その話数の大きな流れが大体、想像しようと思えばできるようになってるんですよね。よく聞いてると、「あれ、これ誰か死ぬやつじゃない?」となってると、ちゃんと死ぬと思います。

新井 死者が出るは秘密を秘めているは……暗い物語ですけど、現場はものすごく明るいんですよ。吉高さんのオンオフのギャップがすごいです。オフになった瞬間「きゃー」ってずっと笑ってるみたいな。

塚原 吉高さんは天才ですよ。素晴らしい。

新井 表情がすごい豊かだし、かわいい。第1話で「がんばったー」ってシーンがあるじゃないですか。あれがかわいい。受験が終わった後に大輝からメールをもらってそこに「がんばれ」って書いてあるんです。それを見て「がんばったー」って。あれ、アドリブですか。

塚原 アドリブじゃない? 台本には書いてなかった。

新井 その言い方がめっちゃかわいくて。キュンなんです。言ってる時の体勢もかわいかった。あれはどうしてああなったんです? 普通、あの体勢にならんなって思いながら観ちゃった。

塚原 こういう感じで手を置くみたいな(ドラマのような動作をしてみる)。

新井 それを横からじゃなくて、対岸からの撮影?

塚原 対岸かなあ。でもなんか別に「こういう風にしてください」とかあんまり言わないんで、たぶん勝手に吉高さんがやったんだと思いますよ。

塚原流、考えさせる演出

――塚原さんは動きをそんなに指示しないんですか。細かく指示される方かと思いました。

塚原 言わないと思います。「言わない監督のふりをしている」のかもしれないですけれど(笑)。「ここで座って、ここで何とかして」と具体的には言わず「どうですか?」と聞きます。例えば「残業のシーンだと思うんですけど、どうですか。ほかに誰もいないとして、座る時、どんな風に座ります?」と聞いて、動いてもらったのを見て「もうちょっと崩れるとどうなりますか」とまた聞いて、なんとなく一番魅力的に見える体勢になったら「それいいですね」「じゃあ、それで一回ドライやってみますか」となります。

新井 聞かれたら俳優さんは考えますよね。中には動きを決めちゃう演出家もいるじゃないですか。「ここでこうしてください。ここで立ってください」と言われると、俳優さんは考えずに「はい、わかりました」となるけれど、「どうしますか」と言われると、「どうしよう」と考える。塚原さんと仕事をする時は「次も考えていかないとまた聞かれるな」とか思ってるのかな、俳優さんが。

塚原 ああ、そうかも。一回か二回、撮影した後に、「あれ大丈夫でしたか」とか「もうちょっとこうしてもいいですか」とか言う方もいらっしゃって、そうなるとうれしいですね。考えるサイクルに入ってきてくれてるってことだから。一緒に考えてもらったほうが良いことがあるじゃないですか。一人で考えても良いことはないので。みんなで考えてほしい。

――すてきな考え方ですね。「着飾る〜」のとき、向井理さんが、ヒロインが泣いてるときに、通りを歩いてる人から隠す仕草は台本に書いてあるんですか。

塚原 あれは書いてあったかな。

新井 あれは脚本家に「そう書いてくれ」とお願いしました。最初はいきなり抱きしめてたんですよ。いや、いきなり抱きしめるのはさすがにどうかと。

塚原 表参道でいきなり抱きしめるのはねえ。

新井 しかも元上司で、彼氏というか好きな人がいることを知っているのにいきなりは行けないから。一回、背中で隠して。そっと近づいて……みたいな(笑)。

塚原 普通に考えて、上司が急にぎゅーってやったら……。「表参(表参道)だ! ここ表参!」ってなるじゃないですか(笑)。

新井 それにあれは向井さんだから成立するんですよ。身長が高いので。ちょっと低いと、そうならない。向井さんの肩幅が広いから決まるっていう。妄想ですけど。

塚原 新井さんは現場でいかに自分の妄想が再現されてるかどうかチェックしてるんですよ(笑)。

新井 私の妄想、けっこう却下されますから。「それはない」って(笑)。

塚原 妄想が過ぎるんですよ。

新井 脚本家さんと塚原さんの厳しい目をかいくぐったキュンが放送されてます。でも塚原さんに却下されたら違う監督に言って、「こっちは採用されたぞ」ということもあります。

塚原 姑息に(笑)。逆に、本打ちで、「どうしてもこの場でチューしてほしい」とか言うから、脚本家もがんばってシチュエーションを作るじゃないですか。「こんな初稿ができました」と見せると、「……チューは無理だな」って言うこともありますよ。「お前が言ったやん」って(笑)。そんなことの繰り返しです。

新井 女性スタッフが多いから率直に話し合っています。「夜行観覧車」が女性スタッフで作ろうというところから始まってるんですよ。原作女性、プロデューサーが女性。じゃあ、ディレクターも脚本家も全部女にしてしまえ、みたいな。

――男の人が多い業界なのに。

新井 今はでも、半分ぐらい女ですね。特にメイク・衣装・持ち道具のスタンバイ班。今回、男性は一人しかいません。衣装チーフさんが一人だけ男性で、あと全部女性です。

塚原 女性スタッフが増えてきてるんですかね。

新井 でもね、監督はいないですね。監督の女性は本当に増えない。

塚原 そうですね。プロデューサーになるんじゃないですかね、女性が。体力的なところもあるかもしれないですけどね。

新井 いても、いつの間にかいなくなってたりしますね。どこ行っちゃうんだろう。

――そうすると塚原さんはすごいですね。

塚原 でもまだ8年ですけどね。チーフDのキャリア8年って認識してちょっとしょんぼりするね。15年やるとしたらあと倍ですよ。

新井 これ、もう1周――もう8年やる?

塚原 えぐいなー(笑)。

【プロフィール】

新井順子 

大阪府出身。TBSスパークル所属。プロデューサー。主な担当作に「わたし、定時で帰ります。」「中学聖日記」「アンナチュラル」「リバース」「私結婚できないんじゃなくて、しないんです」「Nのために」「夜行観覧車」などがある。

新井順子さん  撮影:「最愛」スチールカメラマン
新井順子さん  撮影:「最愛」スチールカメラマン

塚原あゆ子

プロデューサー、ディレクター。1997年、TBSスパークル入社。主な担当作に「着飾る恋には理由があって」「MIU404」「アンナチュラル」、日曜劇場「グランメゾン東京」、「グッド・ワイフ」他多数がある。2018年「コーヒーが冷めないうちに」で映画監督デビューした。

塚原あゆ子さん 撮影:「最愛」スチールカメラマン
塚原あゆ子さん 撮影:「最愛」スチールカメラマン

「最愛」より 写真提供:TBS
「最愛」より 写真提供:TBS

金曜ドラマ「最愛」 TBS 系 金曜よる10時〜

作:奥寺佐渡子、清水友佳子

演出:塚原あゆ子ほか

プロデュース:新井順子

出演:吉高由里子、松下洸平、井浦新ほか

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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