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竹野内豊主演 月9「イチケイのカラス」が極めて現代的なドラマである理由

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
(写真:PantherMedia/イメージマート)

2021年4月期連ドラで評判上々の1作・月9「イチケイのカラス」(フジテレビ 月曜よる9時〜)は一風変わった裁判官・入間みちお(竹野内豊)が周囲を巻き込みながら事件の真実に向き合っていく、漫画を原作にしたリーガルエンターテインメントである。

イチケイとは「東京地方裁判所第3支部第1刑事部」の略。裁判官が法廷で着る法衣の黒は何者にも染まらないことから公平の象徴である黒。入間は黒い“カラス”の絵を職場に飾っている。

飄々としてマイペースな入間だが、仕事に関しては実直過ぎるほど実直。刑事裁判官はひとりあたり250件前後の事件を担当しているため、迅速かつ効率的に事件を処理しないといけないが入間は速度と効率重視によって冤罪を生むことがないように、できる限り改めて現場検証を行う。

入間が「職権発動」して現場検証をはじめると周囲は困惑しつつもつきあい、結果、見逃されかけた真実が明るみになる。これが毎回のパターンで1話完結形式で見やすい設計になっている。一見、ちゃらっとした組織のルールを乱す人物(入間)が真実を大切に守るヒューマニズムあふれる展開は多くの人に好まれるだろう。

入間は時々、実にいいことを言う。例えば、第2話では「間違いを認めることは勇気がいります」と「間違えたときに我々はどう行動すべきか」が大事と説いた。彼に何かと反発している裁判官・坂間千鶴(黒木華)すらその言葉を「いまちょっとだけ刺さった」と認めざるを得ない。

5月3日(月)に放送された第5話では入間は「Yってる」という言葉を発した。右に行くか左に行くか分岐点をこう表現したのだ。入間を演じている竹野内豊の主演ドラマで、過去に戻ってやり直す「素敵な選TAXI」(14年)に掛けたシャレであろうと想像できる。

だがこの「Yってる」が第5話では重要な役割を果たす。「Yってる」のは書記官・石倉文太(新田真剣佑)。高校のときの同級生・馬場恭子(生田絵梨花)が所属しているバレエ団で起きた傷害事件を担当することになる。バレエ団の経営者・槇原(黒沢あすか)が元・トレーナーと口論をして階段から突き落として重体を負わせてしまう。書記官は、知り合いの事件でも担当できるため、石倉は恭子の事件を担当することになった。

そこへ入間がこのバレエ団の障害事件と、ある食い逃げ(詐欺)事件の裁判をまとめることを提案(併合審理)する。併合審理はあることとはいえ、今回のようにあまりにかけ離れた事件をまとめて行うことは異例。誰もが疑問に思うが、食い逃げ事件の被告人・元木(阿南健治)が、この傷害事件の犯行現場にふたりの女性がいたと目撃、それが馬場恭子だと証言したものだから、入間は職権発動、いつものように事件を検証することになる。それによって明るみになった真実は、バレエにすべてを捧げてきた恭子や槇原の献身であった。

高校時代から恭子のことを想っていた石倉。その想いを貫くべきか、それとも書記官としての職務を貫くべきか。まさに「Yってる」分岐点に立っている。

入間は「僕たちは人の人生の分岐点に立ち会う仕事をしているんだよね」だから、裁判官の仕事が好きなのだと悩める若者・石倉に向かって語りかける。

これまでのリーガルドラマは弁護士か検事が主役であることが多かった。検事と弁護士、どちらの言い分が正しいかその勝負が醍醐味だった。ところが「イチケイのカラス」は弁護士と検事の間に立つ裁判官が主人公である。まさに「Yってる」分岐点の存在。裁判官は客観的に弁護士と検事の話を聞いて判断する仕事という印象があったが、入間は、有罪か無罪か判断を間違えないように徹底的に自ら現場を検証する。極めて現代的なドラマだと感じるのはそこである。

おそらく「イチケイのカラス」は見る人を選ばない安心安定の事件ものと受け止められているだろう。とがったたものが好きな人には物足りないかもしれない。けれど、この、いいか悪いか、自分で検証して判断する。この行為は今の世の中に最も必要なことではないだろうか。

SNSの発達で情報が素早く効率的に誰もが手にできるようになったが、その情報が正しいのか間違っているのか判断することは難しい。簡単に手に入る情報を鵜呑みにしないで自ら調べたり学んだり体験することで判断することが大切である。自分の足や眼を動かしてみる。ときには身銭すら切って。ドラマを見て少しでも自らが動き考える人たちが増えるといいなと願う。

さて、「イチケイのカラス」は原作の漫画では、入間は素朴なビジュアルの人物。坂間は男性で入間に出会って次第に影響されていく。ドラマでは入間を中心に据え、イケメン竹野内豊が演じ、坂間を黒木華が生真面目な人物として演じている。すこし変わり者の主人公に振り回されながら影響を受けていく生真面目な人物のコンビも人気ドラマにはテッパンである。例えば「HERO」の木村拓哉と松たか子や北川景子、「ガリレオ」の福山雅治と柴咲コウや吉高由里子など。竹野内豊と黒木華の組み合わせも過去の人気作にひけをとらない。

坂間は、赤字のイチケイを立て直すことを、最高裁判所判事・日高(草刈民代)に期待されている。日高は入間と因縁があるらしい。その過去の因縁ドラマも気になる。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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