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菅田将暉が伝統ある演劇賞を受賞した理由 

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
カリギュラ 写真提供:WOWOW

多才に活躍する菅田将暉が、主演作「カリギュラ」(演出:栗山民也)で、舞台演技の功績を讃えられ、第27回読売演劇大賞・杉村春子賞を受賞した。

撮影:宮川舞子
撮影:宮川舞子

杉村春子賞とは期待の新人に贈られる賞で、過去に、藤原竜也、草なぎ剛、満島ひかり、三浦春馬などが受賞している。昨年の受賞者は、朝ドラ「スカーレット」で戸田恵梨香演じるヒロインの元夫役をやっている松下洸平である。

そして今年は菅田将暉。デビュー10年めでなぜ新人賞? と思うなかれ、菅田は舞台出演作がまだ少ない。2010年に初舞台を踏んだのち、蜷川幸雄演出「ロミオとジュリエット」(14年)、小川絵梨子演出「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」(17年)と好演してきて、5作目になる「カリギュラ」で舞台俳優としてぐっと成長し、清新な魅力を振りまいた。

ノーベル賞受賞作家カミュの代表作に挑戦

「カリギュラ」は、「異邦人」「ペスト」を代表作にもつ、ノーベル文学賞受賞作家アルベール・カミュの戯曲。「異邦人」「シーシュポスの神話」と並ぶ「不条理3部作」のひとつで、

ローマ帝国の皇帝カリギュラが愛する人を失ったことをきっかけに、暴君と化す物語。

突如、人々の財産を没収、気まぐれに誰彼かまわず無差別に処刑、街の食料保管庫を閉鎖など民を虐め抜く。人妻に乱暴を働くことにもなんの躊躇もない。いったいなんのためにこんなことをするのか。そこには「人は死ぬ、故に幸福ではない」というどうしようもない不条理へのカリギュラなりの足掻きがあった。踏みにじられ続け、耐えかねた貴族たちは打倒カリギュラを計画するが……。

やりきれない厄災に人はどう対処したらいいのか、現代に響く問いがある。

ちなみにカミュの代表作のひとつ「ペスト」はコロナウイルスを不安に思う現代人がこぞって購入し売上を伸ばしているそうだ。「カリギュラ」はモチーフは違えど、人類が生きるうえでどうしても乗り越えられない苦悩を描いている。

セゾニア(秋山菜津子)とカリギュラ(菅田将暉)撮影:宮川舞子
セゾニア(秋山菜津子)とカリギュラ(菅田将暉)撮影:宮川舞子

不条理に抗う孤高の皇帝の苦悩の迫真

菅田将暉のカリギュラは、眉を潰し、目の周囲を隈取りし、異形な雰囲気を醸す。振る舞いは常識では捉えきれないことばかりであるものの、カミュの綴る美しい詩的なセリフを、ほんとうに詩を読むように語り、カリギュラがただの暴君ではないと感じさせる。そう、カリギュラは、ただただ、亡くなった妹を愛していたのだ。……とここで思うのは、妹と愛し合っていること自体がすでに規範から外れている。かように人間は規範に縛られて生きている。最大の限界は、命。人は死ぬ。愛する相手とも必ず分かれのときが来る。不可能を可能とすることはできないものなのか。懊悩するカリギュラにとっての可能性の象徴は「月」。天空に輝く月を手に入れることができたなら……。

舞台の床に鏡がしつられられていて(美術:二村周作)、カリギュラは時折それをのぞく。そこに月も映っていて、そのシチュエーションは私たちの想像力を大いに刺激する。

大劇場で詩を諳んじるような声

貴族たちとの争いや猥雑なショーのような場面など派手なシーンも多いが、カリギュラの内向する心境を吐露するような場面も多い。1945年、カミュが初演したフランスのエベルト座は大劇場ではなく、ささやくような繊細な演技も求められる作品だが、菅田将暉の「カリギュラ」は、東京公演は1000人ほど入る新国立劇場で、地方もすべて大ホールだった。神戸公演は、2000人も収容する神戸こくさいホール。私はこの2階席の後ろから観た。前述の床の鏡は大きな劇場で映えるし、後部席のほうがよく見えることもある。

エリコン(谷田歩)とカリギュラ(菅田将暉)撮影:宮川舞子
エリコン(谷田歩)とカリギュラ(菅田将暉)撮影:宮川舞子

なにより印象的だったのは、菅田将暉は声を大きくはりあげることなく、あくまでナチュラルな声で、生身の人間を演じていることに目を見張った。マイクを使用していることを逆手にとるかのような、ささやく声の臨場感を大ホールで可能にしたことが素晴らしいと感じた(マイクのつけ方も上品)。(音響:山本浩一)

とにかく、戯曲がいい。この舞台は、カミュの美しい言葉をとても大事にしているように思った。

狂気のなかに宿る清らかさを表現

慎重に抑制された菅田将暉の声が、暴君カリギュラと裏腹の、知性があり、月を求める脆い

若者を浮かび上がらせる。

かつて「ロミオとジュリエット」でロミオを演じたとき、それは小劇場だったのだが、そのときも、いわゆる舞台発声の印象の薄い、とてもナチュラルな雰囲気で新鮮に感じたものだが、「カリギュラ」で菅田将暉の表現が昇華したような気がした。ちなみに大河ドラマ「おんな城主直虎」(17年)で井伊直政を演じたときの菅田将暉はテレビドラマにしてはかなり大声を張り上げていたので、役によって抑制したりリミッター外したり使い分けられるのだろう。

菅田将暉のカリギュラには、何もかもわかりながら、あえて狂気の世界に己も世界も巻き込んでいくゆえの澄みきった哀しみが宿る。

シピオン(高杉真宙)とカリギュラ(菅田将暉) 撮影:宮川舞子
シピオン(高杉真宙)とカリギュラ(菅田将暉) 撮影:宮川舞子

カリギュラを尊敬する若い詩人シピオンに高杉真宙、カリギュラを穏やかに支え続けるエリコンに谷田歩、カリギュラと魂の語り合いをするケレアに橋本淳、カリギュラに無償の愛を注ぐセゾニアに秋山菜津子が扮する。

ケレア(橋本淳)とカリギュラ(菅田将暉) 撮影:宮川舞子
ケレア(橋本淳)とカリギュラ(菅田将暉) 撮影:宮川舞子

読売演劇賞受賞式で菅田将暉は「普段、作品が終わるとすぐに忘れるんですが……『カリギュラ』は、終わって数ヶ月経つ今でも台詞とかが頭にこびりついていまして……。それぐらい、身体と心に残る作品と出会えたことに感謝です」と語っていた。舞台はやっぱり生が一番とはいえ、チケットが即完売してしまった貴重な公演が放送されるとなると観ておきたい。そして菅田将暉がイタコのように現代に降臨させたカミュの問いを、身体と心に染み渡らようではないか。

カリギュラ

2019年11月9日(土)~11月24日(日)

新国立劇場 中劇場

菅田将暉/カリギュラ

高杉真宙/シピオン

谷田 歩/エリコン

橋本 淳/ケレア

秋山菜津子/セゾニア

主催・企画制作 ホリプロ  

3/14(土)よる6:30[WOWOWライブ]

菅田将暉主演「カリギュラ」 作 アルベール・カミュ 演出 栗山民也

[番組HP https://www.wowow.co.jp/detail/115927?%5BM%5BM%5BM%5BM=]

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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