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「あまちゃん」続編希望に宮藤官九郎が「その前に『いだてん』見て」。2作の何が違うのか

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「いだてん」で高石勝男を演じる斎藤工 写真提供:NHK

日本ではじめてオリンピックに出た男・金栗四三(中村勘九郎)とオリンピックを東京に呼んだ男・田畑政治(阿部サダヲ)を主人公に、明治、大正、昭和とオリンピックの歴史とそれに関わった人々を描く群像劇。第二部・田畑編。五・一五事件から満州事変、ロサンゼルスオリンピックと時代が大きく動いていく28、29回をまとめてレビュー 

いだてん 29回より 写真提供:NHK
いだてん 29回より 写真提供:NHK

【あらすじ 28回「走れ大地を」(演出:桑野智宏)、29回「夢のカリフォルニア」(演出:西村武五郎)】

28回は、満州事変勃発、言論の自由がなくなってきたと感じた河野(桐谷健太)は、日本を変えるため政治家になるべく朝日新聞社を退社する。やがて、五・一五事件が起こり犬養毅(塩見三省)が暗殺される。

29回は、次第に暗い話題が増えていくなか、田畑(阿部サダヲ)は新聞記者を続け、ロサンゼルスオリンピックで勝って明るい話題を届けようと奮闘する。

志半ばで去りゆく者たち  

第一部:金栗四三編のとき、「いだてん」の視聴率がなぜ奮わないか考察したことがあり、内容は上質ながら、登場人物が負けてばかりだからすっきりしない視聴者も少なくないのかもしれず、それが原因のひとつかもしれないと書いた。

だが、一部後半では、人見絹枝(菅原小春)の陸上競技での活躍などもあって物語が華やいできて、二部:田畑政治編になると、水泳でメダルも獲得、前畑秀子(上白石萌歌)も登場し、がぜん盛り上がって来た。大横田勉役で登場した林遣都には、もうすぐ映画が公開になる「おっさんずラブ」のファンたちも注目しているだろう。前畑はじめ女子水泳選手の若さもまぶしい。関東大震災という悲しい出来事もありつつも、復興に向けて立ち上がる登場人物たちの生命力は強く、視聴者を励ます作品になっている。

それでもやっぱり、敗者や志半ばで倒れていく人たちが後を絶たない。28回では、犬養毅。武力による争いを好まず「話せばわかりあえるんだ」と説く好人物が武力によって命を損なわれ、軍の力が強くなっていくことへの不安がもたげてくる。

29回では、アムステルダムオリンピックでメダルを獲得した高石勝男(斎藤工)が1932年、ロサンゼルスオリンピックでは選手から外されてしまう。実力のみならず、女性に好かれるかっこいい風貌によって水泳の人気を押し上げた功労者であったが、総監督の田畑はあくまで実力重視で可能性ある若手の選手を選ぶ。

田畑の目標は「一種目も失うな」で、とにかく「勝つ」こと。高石はロスには連れていくがあくまでノープレイングキャプテンとして選手の面倒を見る役割だった。監督の松澤(皆川猿時)や選手たちは、高石に花道を与えたいと願うが、田畑は聞く耳をもたない。

悔しい気持ちを抱えながら、夜中にひとり練習を続ける高石だったが、奮闘及ばず、選手を決めるレースで若い選手に敗北する。

斎藤工は、かつて、イケメン十把一絡げ状態から脱しようともがいていた経験があるから、選ばれないことに憂う顔にリアリティーが滲んだ。

負け組の視点

敗者といえば、「オリムピック噺」を語っている志ん生(ビートたけし)も、森山未來が演じている若き孝蔵時代は苦しい生活を強いられていた。やがて落語の名匠として上り詰めていくとはいえ、若いうちは、いまふうに言えば「負け組」のほうだろう。

妻子と共に、沼地を簡易に埋め立てた下町の業平に安い家賃で住んでいたら、なめくじや虫が大量に発生してえらいことに。それがのちの志ん生の傑作エッセイ「なめくじ艦隊」のタイトルになるが、当時はたまったものじゃなかっただろう。

なんだかんだいって、オリンピックに関わっている人たちはエリートで、庶民の視点として志ん生たちが必要なのだろう。貧乏暮らしをしたり、テレビやラジオでスポーツの試合を見てああだこうだ言ったりしている志ん生一家の姿は一般市民そのものだ。

昭和36年の志ん生は、「当時はな、日本に都合の悪い記事は新聞が書けなかったんだ」と一緒に「オリムピック噺」をやっている弟子の五りん(神木隆之介)に言う。田畑たちはその状況を知っていたが、志ん生たち庶民は知らずに生きている。それが我々視聴者である。

こんな時代だからこそ

社会の底辺で孝蔵たちが貧しい暮らしをしているとき、ヒエラルキーの上のほうの政治家たちはさまざまな画策をしている。それに対して、田畑はスポーツでアメリカに勝とうとし、嘉納治五郎(役所広司)はいよいよ東京でオリンピックをやろうとする。もしかしたら田畑や嘉納の尽力によって救いの光が差すかもしれない。「スポーツは勝っても負けても清々しい」と言った犬飼に田畑は勝たないといけないと主張する。こんな時代だからこそ、勝って明るい話題をつくろうと必死だ。

「あまちゃん」ファンなら

ロサンゼルスの日系移民はアメリカ人に差別され、日本がオリンピックで勝つことで鬱憤が晴らせると期待するが、その日系人に職を奪われ失業したことを不服に思う有色人種の男デイブ(アントワン・S)もいる。そんな彼は、ひとり特訓する高石に共感するのか、そっと見つめていた。光あるところに影がある。「勝」には必ず「敗」がある。宮藤官九郎(脚本)×訓覇圭(制作統括)×井上剛(演出)の朝ドラ「あまちゃん」(13年)でも、アキとユイの関係性や、影武者という存在を通して、ずっとこのことが通奏低音にように描かれていた。

8月5日(月)、NHKの朝の情報番組「あさイチ」では震災から8年、不通になっていた三陸鉄道リアス線の全線が今年の3月に通ってから最初の夏休みを祝した特集を行い、宮藤官九郎と皆川猿時と薬師丸ひろ子がゲストで出た。薬師丸ひろ子が島越駅のコンサートホールで「潮騒のメモリー」を披露した模様も映った。

「あまちゃん」のその後を描いてほしいという視聴者からのFAXに宮藤は「その前に『いだてん』見てください」「なんでもほしがっちゃ駄目」と笑わせた(ただ、そのFAXには”いだてんも欠かさず見ています”と書いてあった)。皆川も薬師丸も両方のドラマに出ているし、「いだてん」では目下、関東大震災の復興オリンピックを行おうとしているところ。それに、前述した光と影の関係性など、「あまちゃん」のテーマを引き継ぎ、さらなる高みにのぼっているといっていいだろう。

矛盾に生きる田畑

「あまちゃん」の登場人物たちと同じように、「いだてん」の田畑政治もどうしようもない矛盾のなかに生きている。勝ったからと言ってすべてが済むわけではない。この現実は心にしくしくと鈍い痛みを与えてくる。つらい経験をした人の姿を見たくないという人に、「いだてん」はそういう人に対する愛情の深い物語だから救われるとも言い切れない、そんなシンプルなものじゃない。割り切れないものから何を導き出すか、果てしない思考の苦しみのなかに美しさがみつかる、こんな哀切にあふれたドラマはなかなかない。「あまちゃん」以来と言ってもいい。というと大げさか。たとえば、最近のNHKのドラマだと、「透明なゆりかご」や「腐女子、うっかりゲイに告る。」なども仲間のひとつかもしれない。

さざ波のような

私が好きだったのが、28回、犬飼が亡くなって田畑がプールで足を浸しているところ。いつもわーわーうるさい田畑の隠れた心のうちのように見えた。その前に、高石が関西弁で田畑が泳いでいるのを見たことがないと不信感を顕にしているとき(「ろくでなしブルース」の前田太尊を意識した顔と演出家がTweetしている)、松澤が「さざ波のようなクロール」だったと言われているとかつての田畑を語るのだ。

田畑も水泳選手になれなかった人物であり、高石の悔しさ、悲しさをわかっているはずだ。その悔しさが田畑を突き動かしているようにも見える。少年の頃のナイーブなところを誰にも見せずにわめき続け、ストップウォッチを操作しクルクル回転する田畑の、知る人ぞ知るさざ波のようなクロール、人知れず、夜のプールサイドで波を立てるふくらはぎ……。「ヒゲ生やして」「ヒゲ生やして」と繰り返し揶揄しながら、体協の理事という名誉職を否定して、嘉納治五郎(役所広司)を怒らせたとき、「お茶が波打ってる」というところにも「波」がある。こういう笑いと哀愁が絡み合った宮藤官九郎の脚本はすてきだ。

シリアスとエンタメと

28回の演出家・桑野智宏は、「1942年のプレイボール」「ラジカセ」「愛おしくて」「ライド ライド ライド」「あまちゃん」「梅ちゃん先生」「江」などを手がけている。「あまちゃん」では20週と24週を担当。かつて、私が書いていたエキレビの「あまちゃん」レビューで、20週はシリアス演出があったと書いているのだが、「いだてん」の28回、犬養毅暗殺と、緒方(リリー・フランキー)が田畑にそれをそっと伝える場面(チェーホフ「かもめ」のラストシーンみたいだった)も渋かった。

一方、29回の西村武五郎演出は、「あまちゃん」や「まれ」などでユーモラスな演出を多く担当していて、29回では、選手村でのミュージカル調の部分など華やかに見せた。ミュージカル風の動きは脚本指示ではなく演出で考えたもの。外国人エキストラは約50名。事前にダンス練習を行い、半日ほどかけて撮影した。

'''30回は、第30回では、メダルを量産する日本水泳チームの大活躍と、放送がオリンピックの模様をどのように伝えたかが描かれます。

実況中継ができない中で生み出された“実感放送”、そして、勝利へのプレッシャーの中で闘う選手の姿が見どころ。林遣都演じる大横田選手の見せ場も。また、孝蔵にも転機が訪れる。

第二部 第三十回「黄金狂時代」 演出: 津田温子

8月11日(日)放送'''

大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』

NHK 総合 日曜よる8時〜

脚本:宮藤官九郎

音楽:大友良英

題字:横尾忠則

噺(はなし):ビートたけし

演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁ほか

制作統括:訓覇 圭、清水拓哉

出演:阿部サダヲ、中村勘九郎/綾瀬はるか 麻生久美子 桐谷健太/森山未來 神木隆之介/

薬師丸ひろ子 役所広司 ほか

「いだてん」各話レビューは、講談社ミモレエンタメ番長揃い踏み「それ、気になってた!」で連載していましたが、

編集方針の変更により「いだてん」第一部の記事で終了となったため、こちらで第二部を継続してお届けします。

第一部の記事はコチラhttps://mi-mollet.com/search?mode=aa&keyword%5B%5D=%E3%81%84%E3%81%A0%E3%81%A6%E3%82%93%E3%80%9C%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%A0%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E5%99%BA%EF%BC%88%E3%81%B0%E3%81%AA%E3%81%97%EF%BC%89%E3%80%9C

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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