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「やすらぎの郷」 野際陽子が「乙女の顔」をした瞬間

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

帯ドラマ劇場『やすらぎの郷』(テレビ朝日 月〜金 ひる12時30分  再放送 BS朝日 朝7時40分〜)

第12週 57回 6月20日(火)放送より。 

脚本:倉本聰 演出:唐木希浩

国営テレビは強引だし、なおかつ真剣

ひと目を避けた山間の小料理屋・山家にて、鯉の刺し身をつまみに一杯やりながら、菊村栄(石坂浩二)に井深凉子(野際陽子)がした話とは、彼女が濃野佐志美というペンネームを用いて書いた小説が芥川賞の候補になったり、ドラマ化の動きがあったりと、にわかに注目されているというものだった。

芥川賞候補作は、秀(藤竜也)をモデルにした、女の皺に惹かれる老画家の話で、スペシャルドラマの企画が進んでいるのは、姫(八千草薫)をモデルにした、終戦前、出撃する特攻隊の少年たちと秘密のお食事をとった話を書いた「散れない桜」。秘密の話は世に広がって姫が傷つかないように処分したはずが、一部だけ残ったコピーが独り歩きしてしまったという事実に、菊村は驚く。

テレビ局は国営テレビ。「だから強引なのよ。強引だし、なおかつ真剣なのよ」と凉子。強引と言いつつ、真剣と美点も付け加えるところに気遣いがある。

国営テレビは、野際陽子がかつてアナウンサーをやっていたNHKがモデルであろう。ただ、NHKは、国営放送ではなく、公共放送だが。

なんとかドラマ化を進めるために、姫が大ファンの実力もある若手人気俳優・シノ(向井理)を出演させれば、許すのではないかと凉子。

凉子もシノに「会いたいんだろう?」と菊村に言われ、凉子は「アイタイー!」(脚本集ではこういう表記になっている)とつぶやく。それを観た菊村は「濃野佐志美が乙女に変身した」と笑う。「会いたい」と言った野際陽子は、はにかんだような表情で、囲炉裏の縁に人差し指でのの字を書くような動きをする。

そこへまた「野際陽子さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。」とテロップが入った。

責任を全うした野際陽子

シノ役の向井理と野際陽子は、6月24日公開の映画「いつまた、君と 何日君再来」(深川栄洋監督)で共演している。NHKの朝ドラ「ゲゲゲの女房」でナレーション(松下奈緒演じる主人公の祖母でもある)を担当した野際と、脚本を書いた山本むつみ、主人公の夫(水木しげる)役でブレイクした向井理が再び結集した作品で、向井が企画から携わった、彼の祖母の半生記だ。映画の撮影は16年で、野際は、現代における祖母を演じた。映画としては、これが野際の遺作となる。

悲しみは止まらないが、映画も、『やすらぎの郷』での野際の活躍回も、野際は、きっちり美しく仕事を終わらせて亡くなったのだなあと感じ、そのことに尊敬とあこがれを覚える。54話のレビューで、倉本聰が体験した、自分のドラマの出演中に役者の死ぬケースについて書いたが、世の中、志半ばで亡くなる人もいれば、すべて終わらせて亡くなる人もいる。

『やすらぎの郷』を観ると、どう老いるか、どう死ぬか考えさせられるが、願わくば、野際陽子のような散り際でありたい。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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