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北海道のダケカンバを新たな国産バット素材へ!2017年から研究開発を続ける男達が思い描く夢

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
ダケカンバを使って製作されたバット(提供:京都大学大学院村田功二准教授)

【WBCで圧倒的な打撃を披露した大谷選手と新バット】

 第5回WBCで完全優勝を果たし日本中を歓喜させた侍ジャパンだが、その原動力の1つになったのが、二刀流の活躍でチームを牽引し、MVPを受賞した大谷翔平選手だった。

 すでにMLBでも唯一無二の二刀流選手として確固たる地位を築き上げている大谷選手の活躍を誰しもが納得している一方で、6年ぶりに日本でプレーする彼の姿は侍ジャパンの選手たちを含めすべての人たちを驚愕させた。

 特に大谷選手の打撃は国内基準から見ると完全に規格外で、打撃練習だけでもファン、味方選手、相手選手をも魅了していた。

 そんな圧倒的な打撃を披露した大谷選手が、今シーズンからチャンドラー社のメープル製バットを使用しているのは報じられている通りだ。

 これまでアオダモやイエローバーチを使用して大谷選手だが、MLBの強打者たちに人気の高いメープルを使用することで、今シーズンどんな打撃を披露してくれるのか、楽しみが尽きないところだ。

【現在はほぼ輸入に頼っている日本のバット材】

 当然のことだが、打者にとってバット材は重要な意味を持つ。すでに各所で報じられているように、今回大谷選手がメープルに変更したのも、自分の打撃スタイルに合わせ最も硬い素材を使おうと考えたからだ。

 ちなみに現在バット材として使用されている木材は、上記のメープル、アオダモ、イエローバーチの他に、ホワイトアッシュ、ヒッコリーなどの木材が使用されている。

 かつて日本では北海道産のアオダモが隆盛を極め、多くの強打者たちが使用してきた。中でもイチロー選手はアオダモ製バットに強いこだわりを持っていたことで知られ、MLB移籍後に一時期別素材バットを使用したものの、自分の打撃スタイルに合うのはアオダモだと判断し、アオダモに戻しているほどだ。

 だがその人気ぶりからアオダモの大量伐採が続いてしまったことで、バット材として使用できる木材が枯渇してしまい、現在では希少な木材になってしまった。アオダモはバット材として使用できるようになるまで80年もの期間が必要になるため、これからも当面は市場に出回りそうにない状況にある。

 また他のバット材に関しても、国内ではメープルの一種であるイタヤカエデ(ハードメープル)がバット材として使用されているだけで、現在はほぼすべてを輸入に頼っている状態だ。

【北海道に生息するダケカンバをバット材に活用】

 そんな状況下で、北海道立林産試験場、京都大学、北海道大学が集結し、北海道に生息しているダケカンバをバット材として有効活用しようとする動きが進行しているのをご存知だろうか。

 ダケカンバは元々シラカバと同様にカンバに分類される樹木で、利用価値が低いと考えられ、主にチップ材として使用されてきた。そこでダケカンバやシラカバをより有効活用できる方策を研究し始めたのが林産試験場だった。

 研究作業が進めていく中で、シラカバは家具用木材として注目されるようになった一方で、シラカバより硬い材質のダケカンバの活用法に苦慮していたところ、その硬いという性質に着目し、バット材として使用できる可能性を見出そうとしたのが、京都大学大学院農学研究科の村田功二准教授らだった。

【ダケカンバはメープルとアオダモの中間的性質】

 村田准教授は2017年からバット材としての研究に着手し始め、ミズノに依頼しダケカンバ製バットを14本製作し、まずは京都大学野球部所属の13選手による使用実験を開始した。

 そして彼らに1週間使用してもらったところ、14本のバットは1本も折れなかったという好結果を得られるとともに、さらに研究を進めていった。

 元々村田准教授は、ダケカンバはメープルに似ている性質があると予測していたようだが、研究を進め様々なデータ結果を得ながら、バット材に適したダケカンバ特有の性質を確認するに至った。

 とりあえず下記の表を見てほしい。これは各バット木材の密度を比較したものだ。最も密度が高いのはメープルだが、ダケカンバはほぼアッシュと変わらない密度だということが理解できるだろう。

緑のラインはバットとして利用可能な密度を示している(提供:京都大学大学院村田功二准教授)
緑のラインはバットとして利用可能な密度を示している(提供:京都大学大学院村田功二准教授)

 ちなみにダケカンバとイエローバーチが示すピークは0.7g/を指しているが、これはプロ選手に最適な密度だとされているようだ。

 続いて下記の表をチェックしてほしい。こちらは各バット材の1次振動のひずみ振幅(しなり)を比較したものだ。こちらに関しては、アオダモとメープルの中間的な性質であることが理解できるだろう。

3つの素材のしなり度を比較したものだ(提供:北海道大学加藤博之准教授)
3つの素材のしなり度を比較したものだ(提供:北海道大学加藤博之准教授)

 つまりダケカンバは、ホワイトアッシュと同等の密度でありながら、しなりという面ではアオダモに近い性質を有していることが確認できたというわけだ。

 また村田准教授はダケカンバの強度も測定し(シャルビー衝撃曲げ試験を採用)、こちらも従来のバット材との有意差が確認されない結果を得ており、試験、研究を重ねる度にダケカンバがバット材に相応しい木材であることに自信を深めているようだ。

 すでに村田准教授らは、2019年には阪神の上本博紀選手や日本ハムの田中賢介選手にダケカンバ製バット提供し、プロ選手の意見を確認する作業も行っている。田中選手に関しては、公式戦でもダケカンバ製バットを使用し安打も記録しているという。

 ただNPBでは2020年からルール変更に伴いダケカンバ製バットが使用できなくなっており、現在はアマチュア選手を対象に調査、研究を続けている状況だ。

2019年日本ハムの田中賢介選手(当時)にダケカンバ製バットが贈呈された(提供:北海道立総合研究機構林産試験場秋津裕志氏)
2019年日本ハムの田中賢介選手(当時)にダケカンバ製バットが贈呈された(提供:北海道立総合研究機構林産試験場秋津裕志氏)

【アオダモでは不可能なサステナビリティの高さ】

 村田准教授がダケカンバに注目したのは、バット材としての性質だけはない。すでに枯渇状態にアオダモとは違い、ダケカンバがサステナビリティの高さを有している点だ。

 「私の専門はダケカンバに限らず木材利用で、サステナビリティの高い樹木を探すということに主眼を置いています。

 その中で北海道のカンバ(ダケカンバやシラカバなど)はサステナビリティの高い広葉樹で、伐採した後に整林すれば、50年周期ではありますが。継続的に使用できることが可能な樹木だと考えています」

 村田准教授の説明によれば、北海道で一番生息しているのがカンバ類で、その中でもダケカンバは標高に応じて「ダケカンバ帯」を形成しているのだという。

 またダケカンバは「陰樹」であるアオダモとは違い「陽樹」であり、最初に森林を形成する「先駆樹種」であるため、陽光を浴びながら真っ直ぐに生育する傾向が強いそうだ。その上50年程度でバット材として使用できるため、アオダモよりはるかに生育期間が短いという特徴を有している。

 しかもアオダモに関しては今もしっかり生育させるノウハウがない一方で、ダケカンバは整林する場合もブルドーザーでのかき起こし施業が開発されていて、ますますサステナビリティの高さを際立たせている。

【今後の課題はバット材以外の有効活用とバット製材会社の確保】

 まさにバット材としてのダケカンバの将来性は、かなり明るいものだと考えていいだろう。それでは村田准教授が考える、現時点での課題とは一体何なのだろうか。

 「近い将来、試験販売および限定販売に移行していきたいと考えてゼット社などのメーカーさんと相談していますが、まずは現状で継続的に原料提供していけるかです。そして木材からバットになる過程で、いかに別途有効利用できるかだと思います。

 バット材に使用される丸太は良質のものに限定されますし、製材のあとに節などが見つかって使えないものもでてきます。こういった質の劣る材を有効に利用することができれば、バット材としてのコストも下がっていくことになるわけです」

 まずはバット材に止まらずダケカンバに付加価値をつけていかないと、従来通りチップ材に回されてしまうことになる。そうなると木材として安定的に供給する体制を整えるのが難しくなるし、バット材としてのコストがなかなか下がらなくなる。

 さらにダケカンバを木材として確保できるようになったとしても、前述した通り現在はバット材をほぼ輸入に頼るようになってしまい、現在は国内にバット製材工場(木材をバット材に加工する工場)が2社しか残っていない状況にある。ここをしっかり整備していかないと、受注に合わせスポーツ用品メーカーに提供できないという課題も抱えている。

 以上のように、まだ多少の課題をクリアしなければならない状況にあるのは間違いない。とはいえダケカンバの可能性は非常に高く、近い将来アオダモに代わる国産バット材として、ダケカンバ製バットが広く認知される日が来るのを楽しみにしたいところだ。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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