高校野球は一体誰のものなのか?

高校野球が日本の文化になっているのは確かだが…(写真:岡沢克郎/アフロ)

【高校野球の理念とは?】

 唐突ではあるが、高校野球の理念をご存じだろうか。

 “国民が等しく教育を受ける権利をもつことは憲法が保障するところであり、学生野球は、この権利を実現すべき学校教育の一環として位置づけられる。この意味で、学生野球は経済的な対価を求めず、心と身体を鍛える場である。

学生野球は、各校がそれぞれの教育理念に立って行う教育活動の一環として展開されることを基礎として、他校との試合や大会への参加等の交流を通じて、一層普遍的な教育的意味をもつものとなる。学生野球は、地域的組織および全国規模の組織を結成して、このような交流の枠組みを作り上げてきた。”

 これは全国高校野球連盟の公式サイトに掲載されている、『日本学生野球憲章』序文の冒頭部分だ。

 この文章を理念に則るのであれば、高校野球はあくまで“学校教育の一環”であり、全国の高校野球ファンを喜ばせるための興行ではないということだ。さらに大会や試合も勝敗を主目的にしているのではなく、“他校との試合や大会への参加等の交流を通じて、一層普遍的な教育的意味をもつ”ものなのだ。

【大船渡高校に殺到する問い合わせの嵐】

 この夏最も注目を集めていた大船渡高校の佐々木朗希投手が、国保陽平監督の判断で岩手県予選決勝の登板を回避し、敗れ去ったことが日本国中で大論争を巻き起こしている。

 すでにメディアが報じているように。試合後は大船渡高校に問い合わせの連絡が殺到し、中には直接学校に乗り込もうとした人物まで出現し、学校側も警察要請する事態にまで陥っているようだ。

 これはあくまで一部のファンの暴走だとは思うが、明らかに行き過ぎた行為だ。繰り返すが、高校野球は“心と身体を鍛える場”ではあるとはいえ、選手たちを故障するまで出場させていいはずはない。

 自分の意に添わず「なぜ登板させなかった」と憤るのはそれぞれの自由だ。だが、いざ選手が故障した時に責任を問われるのは、現場の指導者たちなのだ。ならば最も身近に選手たちを観察してきた、国保監督の判断を尊重すべきはずだろう。

【すべての選手に過酷な試合日程】

 そもそもダルビッシュ有投手や菊池雄星投手が声を挙げているように、現在の試合日程では佐々木投手のみならず、どの選手(特に投手)も疲労が蓄積し、故障のリスクが高まってくる。

 佐々木投手の場合も、決勝だけではなく準々決勝も登板回避しているが、それでも2回戦から準決勝まで中1日、もしくは中2日で登板している。いくら回復力が高い高校生とはいえ、この登板間隔では十分な回復を見込めるはずもない。

 しかも4回戦では、延長12回を1人で投げ抜き194球を投げているのだ。投球過多なのは一目瞭然だ。本来なら準々決勝のみの登板回避で済むはずもなく十分な休養が必要なところだが、それでも中2日で準決勝に登板しているのだ。

 どう考えても現在の試合日程は、“心と身体を鍛える場”の範疇を逸脱している。

【速球派投手ほど高まる故障のリスク】

 日刊スポーツは決勝翌日に、佐々木投手が準決勝前に岩手県高野連の医療スタッフに右ひじ内側に違和感を訴えていたと報じた。だがその後スポニチが医療スタッフに確認し、その事実を否定していると報じており、真偽の程は定かではない。

 だが佐々木投手が本当に右ひじに違和感を訴えていたとしたら、それこそ準決勝に登板していたことも問題になってくる。メディアの中には「結局129球を投げ完封しているので問題なかった」としているが、それはあくまで結果論でしかない。

 右ひじに違和感を抱きながら投げ続ければ、当然のごとくひじへの負担が増し、故障のリスクもさらに高まる。それこそ佐々木投手は右ひじ内側側副靱帯を断裂した経験がないのだから、どこまで無理できるのかも分かっていない。準決勝で大きな故障を起こしていた可能性もあったのだ。

 もしこの一件が米国で起こっているとしたら、すぐさま佐々木投手の登板回避が求められ、翌日にはMRIなどの精密検査が行われているはずだ。本欄でも大谷翔平選手がトミージョン手術を受ける際に度々紹介しているが、すでに米国では様々な医学論文で「球速が速い投手になればなるほど、右ひじ内側側副靱帯損傷のリスクが高まる」ことが叫ばれている。

 まさに佐々木投手もそうした速球派投手の1人であり、他の投手以上に注意してもし過ぎることはないのだ。

 岩手県高野連の医療スタッフは岩手県理学療法士会が担当していたようだが、残念ながら現場の触診や可動域の確認だけで正確な診断を下すことは不可能だ。整形外科医の手に委ね、MRIなどの精密検査を通して確認するしかない。

【高校野球に経済的な対価を求める大人たち】

 高校野球が日本中で認知され、すでに日本の文化になっているのは重々理解しているし、佐々木投手を甲子園で見たかったというファン心理も痛いほど分かる。だがその一方で、現状での運営方式が年々疑問視され始めていることも、紛れもない事実だ。

 改めて日本学生野球憲章に注目して欲しい。高校野球は“経済的な対価を求めず心と身体を鍛える場”であるべきはずなのに、実際は高校野球を取り巻く大人たちが、経済的な対価を求めて高校生たちを利用していないだろうか。

 高校野球は一体誰のものなのか。まずその根本部分からしっかり検討すべきではないだろうか。

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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