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遂にキューバを牙城に取り込んだMLB 今後日本にもたらされるであろう悪影響は?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
キューバ野球連盟と選手移籍ルールに合意したロブ・マンフレッド=コミッショナー(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 MLBと選手会は現地19日、キューバ野球連盟(FCB)との間で両国間の選手移籍について合意したことを発表した。

 まさに野球界にとって歴史的合意といっていい。キューバに社会主義政権が誕生して以来、キューバ人選手がMLB挑戦するには亡命するしかなかったのだが、今回の合意で亡命という危険な手段をとらずにキューバ人としてMLB挑戦ができるようになったのだ。

 今回の合意を簡単に説明すると、これまでMLBがNPB、KBO(韓国)、CPBL(台湾)の各国リーグと結んできたポスティング制度をFCBにも導入させるというものだ。合意期間は2021年31日までで、両者の合意で延長することができる。

 ポスティング制度の内容もNPBとまったく変わりはない。FCB所属のキューバ人選手がMLB挑戦を希望し、FCBがこれを認めた場合、MLB側にポスティング制度の申請がなされ、当該選手はMLBの全チームと交渉が可能になる。そして当該選手と契約合意したチームは、契約総額15~20%相当の金額を譲渡金としてFCBに支払うというものだ(これはあくまで大枠部分の説明だが、大谷翔平選手のように年齢や在籍年数で多少の違いはある。それもNPBと変わらない)。

 この合意で最大限の恩恵を受けるのが選手たちだ。これまでのキューバ人選手たちは亡命するしかなかったので、キューバへの帰国は許されずオフになっても家族や友人と再会することも難しかった。しかし今回の合意により、選手たちはキューバ国籍のままMLB挑戦することができ、キューバ人として米国政府からビザが支給されることになる。そのため選手を含め家族も、自由に米国とキューバを往来できるようになるのだ。またMLB移籍後も所属チームの許可があれば、オフシーズンにキューバで開催されるリーグやトーナメントの参加も可能になるという。

 FCBにとっても大きなメリットがある。キューバの野球シーズンはMLBと真逆(冬季)なので、棲み分けが可能だ。これまでMLBに挑戦していった選手たちは亡命している手前、再びFCBでプレーできなかった。しかし今後は選手たちをMLBに移籍させることでFCB側に多額の譲渡金が入る一方で、さらに彼らをFCBに残すこともできるのだ。FCBからすればほぼ“満額回答”といっていいだろう。

 これで被害を被るのはNPBだ。米国とキューバの国交断絶が続く中、日本はキューバとの間に友好関係を築き、これまでもNPB、社会人野球に多くのキューバ人選手を迎え入れてきた。しかし隣国のMLBとの間でFCBにとって魅力的な合意が結ばれたのだから、日本にまでわざわざ有望選手たちを日本にまで送る必要はなくなったのだ。今後はデスパイネ選手のような有望選手をキューバから直接獲得するのは間違いなく難しくなっていくはずだ。

 それだけではない。キューバ人選手のMLB挑戦が加速化すれば、代表チームにも影響を及ぼすことになる。前述通り、MLBの所属チームが許可を出さない限り代表チームに参加できなくなるからだ。すでにMLBは2020年の東京五輪にメジャー選手を派遣することに否定的な姿勢を示しており、東京五輪参加のキューバ代表の質も少なからず低下することになるだろう。キューバ代表が弱くなれば侍ジャパンのメダル獲得の可能性が高まるかもしれないが、五輪での競技レベルの質が落ちれば五輪に野球を残すのはさらに難しくなるということだ。結局は日本のためにはならならいのだ。

 今や日本を含めすべての国が、MLBの意向を無視して最強の代表チームをつくれない事態に陥った。裏を返せばMLBが統轄するWBC以外、すべての国際大会が形骸化されてしまったことを意味する。東京五輪のみならず、来年開催予定のWBSCプレミア12もMLBの協力を得られない限り、寂しい大会になるのは目に見えている。

 ここまで強大な権力を有してしまったMLBに太刀打ちできる組織はもう存在しない。こうなる前にNPBは何か手立てはなかったのだろうか…。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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