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酷暑のイラクで政府糾弾デモ拡大、電力不足に民衆の怒り爆発、新たな政治危機か

川上泰徳中東ジャーナリスト
イラクのバグダッドのタハリール広場で続く電力不足に抗議する市民のデモ(写真:ロイター/アフロ)

連日50度近い酷暑が続くイラク中南部で、電力不足に対する国民の怒りが爆発し、連日、デモが続いている。市民は「政府の腐敗が原因」と政府に責任追及を迫る。昨年、6月に「イスラム国(IS)」が北部の第2の都市モスルを陥落させた後、マリキ政権が崩壊したような政治危機にも発展しかねない状況だ。

「腐敗した国民無視の政府を倒せ」「公共サービス悪化の責任を追及せよ」「不正に対する革命を」――2日、アルジャジーラテレビが、イラク南部のナーシリヤのデモに参加した人々の声を伝えた。政府糾弾デモは7月31日の金曜礼拝の後にバグダッドのタハリール広場で始まったのを皮切りに南部のバスラ、ナジャフ、カルバラなどに広がった。人々の不満は、電力不足だけでなく、水供給や失業などあらゆる政策に及ぶ。南部は政権を主導するシーア派の州であり、政権の足元からの反乱である。

停電が続く電力不足に人々の怒りが集中しているのは、バグダッドではこのところ最高気温が47-49度という異常な暑さのせいである。直射日光の外気の下では50度を超える。それなのに、一日の3分の1か4分の1しか電気が供給されない。

3日、バグダッドに住むイラク人の知人と話をした。「公共の電気が来るのは1回1時間が4回から5回で、一日に4、5時間しかない」という。停電している間は、大型発電機を持つ業者から1アンペア単位で電気を買っている。1アンペアは一か月17ドル(約2000円)で、知人の家では10アンペアを買い、月に2万円の電気代を支払っているという。しかし、10アンペアでは、電燈と冷蔵庫、扇風機、送風機などを稼働させるだけで、冷房を稼働させることはできない。「冷房を動かすには35アンペア(7万円分)が必要だ。冷房を使っているのは金持ちだけだ」と語る。

公共の電気は地域によるばらつきもあり、政府機関が集まっている官庁街では8時間程度供給されるところもあるが、一般の住宅地はせいぜい4-5時間だという。冬の間は一日12時間ほど供給されていたが、夏になって、例年にない酷暑となって、電力不足は一気に深刻となった。さらに発電機を動かす燃料が値上がりし、冬に1アンペア5ドルだった電気代は、3倍以上の17ドルに跳ね上がった。知人によると、殺人的な暑さで、毎日、乳幼児や老人の死亡が報じられているという。

深刻な電力不足の原因は、公共事業の資金が途中で消えて、プロジェクトに回らないという腐敗の構造にある。アルジャジーラによると、電源開発プロジェクトにはイラク戦争以降の12年間で計4兆円がつぎこまれたが、プロジェクトはいっこうに進まず、電気事情も回復していない。

アバディ首相はデモの勃発を受けて「警告として受け止める」と語り、電気省に迅速な対応を指示した。しかし、具体的な対策は取られていない。腐敗の非難を受けている電気省は「責任は前政権にある」として、マリキ前政権に責任を転嫁しようとしている。

イラクの腐敗は、イラク戦争後にはびこり、電力省だけでなく、あらゆる省庁で問題となっている。2006年に私がサマワ入りした時には、サマワの電力不足を軽減するために日本の外務省が、1億5000万円で9基の大型発電機を購入して提供したが、納入されたのはすべて中古品で、ムサンナ州の電力局が引き取りを拒否するという事件も起こっていた。それほどイラクの公共事業を巡る腐敗は深刻だ。

2011年5月にイラクで取材した時も、深刻な電力不足はあり、業者から電気を買っていては採算がとれない家内工業が、次々と倒産に追い込まれていた。バグダッド市内の縫製工場をたたんで、タクシー運転手をしている元家内工場の経営者は、「サダム・フセイン時代には政府による国内産業の優遇策があったが、イラク戦争後、政府は何も面倒を見てくれない」と批判した。さらに、電気不足で、灌漑用ポンプを稼働させることができず、チグリス、ユーフラテスという二つの大河がありながら、農業が成り立たなくなっている、という話も聞いた。

電力供給が止まれば、国民生活も、産業も破綻することは目に見えている。その背景には政党や政治組織が、政府に食い込んで、国庫収入の9割を占める石油収入を分捕ることだけしか考えないで、肝心の電源開発をないがしろにしてきた無責任な政治・行政体質があるという。

さらに2011年の取材では、別の腐敗の形として「幽霊兵士」の話も出てきた。徴兵されて兵役についた若者が、上官から「給料を半分払うから、兵役に来なくてよい」と言われたという。「幽霊兵士・幽霊職員」は政府機関のいたるところにはびこり、浮いた給与を、部局の幹部が分配しているという。軍については、イラク戦争後に米軍が新イラク軍の再編を支援し、銃器を提供したが、それが大量に行方に不明になっているという米政府の報告があり、武器が闇市場に売られ、部族や反体制派に渡っている可能性も指摘されていた。

腐敗による軍の弱体化が露呈したのが、「イスラム国」による昨年6月のモスル陥落である。イラク軍は戦わずに逃げたが、その背景として、軍や国防省内の腐敗によって人員や装備が不足していたことを指摘する声が出た。当時のマリキ政権は、その後の混乱の中で、辞任に追い込まれた。

マリキ首相の後で生まれたアバディ政権は、今春から「イスラム国」に支配されたティクリートの奪還作戦をはじめ、モスル奪還へと進む予定だったが、逆に5月にバグダッドに隣接するスンニ派州のアンバル州を「イスラム国」に攻略された。アンバル州からの報道では、「国の公共サービスは何もなく、政府に従う理由がない」という住民の声を伝えていた。

「電力不足」を巡る政府糾弾デモは、シーア派政権の下で優遇されているはずのシーア派地域で反乱が広がっている。公共事業や財源の分配で冷遇されていると不満が強かったスンニ派州が「イスラム国」に簡単に攻略された理由は、失敗国家に対する民衆の不満と怒りである。米国は「イスラム国」への空爆を支援するよりも、イラク政府の健全化を進める方が最優先であろう。

次の山場は、8月7日の金曜日で、政府糾弾デモはさらに拡大し、激化しそうだ。アバディ政権は北から「イスラム国」の脅威を受け、足元では政府糾弾デモが広がり、大きな試練を迎えている。

中東ジャーナリスト

元朝日新聞記者。カイロ、エルサレム、バグダッドなどに駐在し、パレスチナ紛争、イラク戦争、「アラブの春」などを現地取材。中東報道で2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。2015年からフリーランス。フリーになってベイルートのパレスチナ難民キャンプに通って取材したパレスチナ人のヒューマンストーリーを「シャティーラの記憶 パレスチナ難民キャンプの70年」(岩波書店)として刊行。他に「中東の現場を歩く」(合同出版)、「『イスラム国』はテロの元凶ではない」(集英社新書)、「戦争・革命・テロの連鎖 中東危機を読む」(彩流社)など。◇連絡先:kawakami.yasunori2016@gmail.com

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