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西野朗監督のタイ代表が強豪UAEに勝利。現地に響く「ニシノ」コールと”西野節”【取材レポート】

河治良幸スポーツジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

日本がアウェーでタジキスタンと戦う15分前にキックオフしたタイとUAEの試合は、西野朗監督が率いるタイ代表は幅広くボールを回しながら積極的にUAE陣内まで攻め込んだ。

前半26分には19歳のエカニットが左から上げたクロスに元サンフレッチェ広島のFWティーラシンが頭で合わせて先制。守ってはこれまで日本にも脅威になってきたオマル・アブドゥラフマン、マブフートを擁するUAEにプレッシャーをかけ、横浜F・マリノスのティーラトン、エカニットが左から多くのチャンスを作り、何度も追加点を奪いかけた。

しかし、タイ優勢のまま迎えた前半のアディショナルタイムに一瞬の隙を突かれて、マブフートにダイビングヘッドで同点ゴールを決められた。「全員がそういう状況を作ってしまった結果」と西野監督は振り返るが、そこでトーンダウンしてしまうのではなく、西野監督がよく言う”ファイティングポーズ”を後半も取り続け、右からのクロスにエカニットが飛び込んで合わせる勝ち越しゴールに結び付けた。

終盤は途中出場のFWハリルに惜しいシュートを打たれるシーンはあったものの、最後まで攻めの姿勢を崩さず2−1の勝利。試合後、報道陣に「ニシノ」コールで迎えられた西野監督は「みなさんが予想した通りの結果だったと思います(笑)」と半分ジョークで切り出しながら「選手が非常にハードワークをして、チームとしての狙いを持って一人一人がタフに戦ってくれた結果」と語った。

「前半のキックオフでボールが半回転した瞬間からUAEよりもアグレッシブにアクションを起こしてプレーしていたと思います」

Jリーグや日本代表で彼を取材してきた記者にはおなじみ、カタカナ英語交じりの”西野節”でこの日の勝利を表現した西野監督は「いまのタイチームは誰が中心ではなくグループでチームでやることを全員に教育しているところなので、それが得点に結び付いた」と語る。

今回は特にコンサドーレ札幌のチャナティップ、大分トリニータのティティパンという二人の中心選手を怪我で欠き、さらに期待のエカニットも「必ずしもコンディションは良くなかった」(西野監督)状況で、親善試合のコンゴ戦では出場時間を制限して、このUAE戦でのパフォーマンスに持って行った。

チャナティップがいない分も左右のサイドをうまく使いながらティーラシンはもちろん、反対サイドの選手がゴール前に飛び出すなど、チームとしての連携の良さが際立っていた。「まあ通訳がいいのか、だいぶ自分の意図が選手に伝わっていると思います」という西野監督は「自分を褒めた?」と通訳をからかってから、こう続けた。

「やっぱり規律というか、選手が持っている技術力や仲間意識は非常に強い、タイチームの強みだと思うので、そういう強みをチームスポーツ、サッカーの中でグループとしてパフォーマンスを出していかないと、一人一人はまだまだ力が足りないので、グループで、チームで、ラインでということを強調してますね」

ホームながらオランダ人のファン・マルバイク監督が率い、アジア屈指のタレント力を持つ中東の強豪に勝利したことで、タイメディアもかなり興奮状態になっているが、西野監督は「まだ3つしか終わってない」と三つ指のジェスチャーをしながら「いまのタイのチームは1試合1試合。今後のテストマッチも含めて1試合1試合、次へのステップという中で全員が取り組んでいる」と釘を刺した。

しかしながら、一度は嫌な時間帯に追いつかれながら後半の勝ち越しに持っていけた経験は「大きな財産になってくると思うので、必ずマレーシア戦につなげて行きたい」と語った。日本人のコーチングスタッフをあえて加えず、現地のスタッフと試行錯誤しながらチームを作っている西野監督にとってUAE戦の勝ち点3を得ただけでなく、慣れない環境でのチーム強化に確かな手応えを掴む試合になったようだ。

ただし、今後はさらに難しい試合が待っている。タイプレミアリーグは16チームで構成されており、30試合の最終節は今月の26日に行われる。そこからクラブの活動がオフに入る状況で、代表チームは11月に2試合を戦わなければならない。しかも、マレーシア、ベトナムとのアウェー2連戦だ。東南アジアの王者を決めるスズキカップで慣れているとはいえ、タイが二次予選を突破するための命運を握る2試合になってくる。

その難しい状況を現地の記者に指摘された西野監督は「ちょっと休ましてもらっていいですか(笑)」と返した後に「11月というのはクラブと代表を考えないといけない。しかもオフになってしまう国内の活動なので、持って行きかたは難しいと思っています」と語った。

スタジアム周りのサポーターの熱狂ぶりは言うまでもない。取材後、帰りのタクシーがちょうどタイ代表のチームバスを追走するような格好になったが、運転手は「ニシノ、ニシノ」と叫びながら知人に写メを送ったり、電話で同時実況をしていた。よく見ると周りの車からもスマホでチームバスの写真を撮る姿が見えた。

”タイの新たな英雄”になりつつある西野朗監督だが、等の本人が強調するように戦いはこれから。もし二次予選を突破すれば日本と最終予選でカタールW杯の本大会を目指すライバルになる可能性もあるが、いまは異国の地で奮闘する日本人指導者の1つの大きな勝利を素直に祝福し、二次予選突破を目指す戦いを見守りたい。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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