Yahoo!ニュース

奇抜な行動だけではない。ブラジル代表DFダニエウ・アウベスの能力

河治良幸スポーツジャーナリスト

ダニエウ・アウベスと言えばブラジル代表の主力であり、世界を代表する右サイドバックの一人だが、27日のリーガエスパニョーラ第35節、ビジャレアル戦での意外な行動が大きな話題を呼んでいる。

後半30分にバルセロナが右のコーナーキックを獲得すると、ダニエウ・アウベスが蹴るためにコーナーフラッグの方に向かった。すると観客席からバナナが投じられたが、それを拾って皮を剥き、頬張ったのだ。アフリカの血をひくブラジル人のダニエウ・アウベスは他の黒人選手と同じく、過去にもサルの鳴きマネや差別用語をスタンドから出されてきた。地元新聞の報道にある通り、バナナを食べたのは一種の抗議である様だが、これまで変わらずに行われてきた人種差別に対して真っ向から反論するより、むしろ笑い話にすることで痛烈な皮肉を込めたわけだ。

ダニエウ・アウベスは一部観戦者の差別的な意識とは裏腹に、人格者として認められている。筆者も昨年のコンフェデレーションズカップで何度か囲み取材をさせてもらったが、勝利の後だったとはいえ非常に紳士的な対応で、複数のメディアの前に何度も立ち止まって質疑応答をしていたことを良く覚えている。また欧州サッカーのファンには周知のエピソードではあるが、バルセロナの元チームメートで肝腫瘍を患ったフランス代表のエリック・アビダルに対し、肝臓の提供を申し出たことがアビダルによって明らかにされた。さらにダニエウ・アウベスは昨シーズンまで背番号2を付けていたが、バルセロナを退団し、モナコに移籍したアビダルが付けていた22番に変更している。

そうした「美談」はダニエウ・アウベスの豊かな人間性をイメージさせるものだが、ブラジルW杯が近づいてきたこともあり、この機会に選手としてのプレーを再評価しておきたい。長らく安定したパフォーマンスを披露し続けるダニエウ・アウベスの姿は、メディアやファンにはそれが当たり前になっているが、そうした当たり前の状況を継続するために、日ごろのトレーニングから並はずれた努力が積み重ねられているはずだ。

ダニエウ・アウベスは優れた心肺機能の持ち主で運動量も豊富だが、闇雲に上下動を繰り返すのではなく、ボールの位置と逆サイドのサイドバックの位置を確認しながら動いている。中盤の右サイドを中心軸としてポジションを前後させ、攻撃のスイッチが入るタイミングでスプリントに移行。攻撃から守備に切り替わるところでボールが自分のサイドならプレッシャーをかけ、中央や逆サイドならDFラインの位置まで下がって、直後の局面に備えるのだ。バルセロナでは高めのポジションを取ることが多いが、ブラジル代表では攻守の流れに応じてかなりの幅を上下動する。

またダニエウ・アウベスは攻撃に大きな魅力を持つサイドバックだが、同時にバランス感覚と意識に優れたオーガナイザーでもある。バルセロナではジョルディ・アルバと交互に攻守を分担するが、ブラジル代表では高いポジションを維持しがちな左のマルセロより後ろ目の位置を起点としながら、爆発的なフリーランニングと素早い戻りを繰り返す。押し込まれれば中央に絞ってチアゴ・シウバ、ダヴィ・ルイスと共に相手の中央突破を跳ね返す場面も少なくない。こうしたオフ・ザ・ボールの動きは年輪を重ねるごとに磨かれている様に見える。

そうしたオフ・ザ・ボールの量と質は安定したパフォーマンスのベースになるが、ダニエウ・アウベスがサイドバックの中で決定的に優れているのは、高い位置でボールを持った時のスキルと勝負強さだろう。正確なクロスはショートパスを主体としたバルセロナで、また個人技での崩しがメインとなるブラジル代表で貴重な攻撃のバリエーションとなっている。しかも、ライン際で縦を抉るより、中央付近まで入り込んでショートクロスを狙うケースが多い。相手のDFが対応しにくく、大きくない選手でもタイミング良く飛び込めばダイレクトで合わせられるシチュエーションを意識している訳だ。ただし、中に行くほど守備のプレッシャーは厳しくなり、特定の選手と対峙するだけでなく、囲まれやすくなる。一対一の突破を得意とするサイドバックであっても、こうした複数のプレッシャーに晒されると、プレーにミスが生じやすくなるものだ。

だが、ダニエウ・アウベスは相手のプレッシャーもお構いなしに切り込み、守備を引き付けながら背後のスペースにクロスを通す。それはクロスと言うより“横のスルーパス”と言った方が正しいかもしれない。例えば昨シーズンのチャンピオンズリーグ準々決勝のシャフタール・ドネツク戦では、右サイドでボールを受けてから、シザースで左サイドバックのラトを揺さぶりながらペナルティエリアの中まで侵入。さらに2人を引き付ける形でグラウンダーのショートクロスを放ち、シャビのゴールをアシストした。もちろんカウンターの場面など相手の守備が整っていない状況では、遠目の位置からアーリークロスを最前線のターゲットに合わせることもある。どういう形であれ、単純に放りこんで競り合いを強いる様なハイクロスはほとんど無く、受け手がいかに良い状態でフィニッシュできるかを意図して長短のクロスを実行しているのだ。

一方で自身の得点は特別に多いわけではない。バルセロナにしても、ブラジル代表にしても優れたアタッカーを揃えており、サイドバックの選手が無理にフィニッシュを狙わなくても、しっかりお膳立てすればゴールを決めてくれることを理解しているのだろう。それでも試合が膠着し、アタッカーが厳しいマークを受けている様な展開では、強烈なミドルシュートや時にFWを追い越す様な飛び出しを見せる。今シーズンのリーガエスパニョーラ第4節セビージャ戦では、アドリアーノの左からのクロスにタイミング良く飛び込み、古巣のチーム(02年から08年の夏までセビージャに所属していた)を相手にヘディングで先制のゴールを決めた。

ハードワークを保証する高い心肺機能と優れた状況判断、局面で披露する高度なスキルと勝負強さ。そして攻撃を得意としながら守備面での献身を厭わないメンタリティを備えたダニエウ・アウベスは、現代型サイドバックの1つの理想像を体現している。そのダニエウ・アウベスにとっても大きな節目となる大会がブラジルW杯だ。4年前の南アフリカW杯ではマイコン(現・ローマ)の控えからスタートし、グループリーグの第3戦から右ウィングでスタメン起用された。その中でチーム随一の走行距離を記録するなど奮闘は目立ったが、準々決勝で敗退した大会において本領を発揮したとは言いがたい。

31歳で迎えるブラジルW杯では右サイドバックのレギュラーとして活躍が期待される。優勝した昨年のコンフェデレーションズカップでも、豊富な運動量と攻守に気の利いたプレーで「影のMVP」的な働きを見せたダニエウ・アウベス。攻撃ではネイマールやオスカー、守備ではチアゴ・シウバやダヴィ・ルイスが主役となるが、右サイドを制する超人の獅子奮迅の働きは、優勝を義務付けられる開催国ブラジルの強力な推進力となるだろう。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

河治良幸の最近の記事