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“女性が輝く社会”の大ウソと“〇億円事業”の行方

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著作者: avaxhome.ws

女性が「1つ、2つ……」と数えられてしまう、“数値化時代”、が到来した。

なんせ、安倍政権は、「2020年に指導的地位に占める女性の割合を30%にする」ために、女性の“頭数”でインセンティブを与える、ニンジンをぶら下げた施策を打ち出したのだ。

1.「女性登用に向けた目標を設定し、目標達成に向けた自主行動計画の策定」

2.「有価証券報告書における女性役員比率の記載」

3.「公共調達における女性活用企業の適切な評価」

これらは6月の閣議で決まったもので、女性の頭数が、直接、あるいは間接的に、企業に“おカネ”をもたらす施策である。

もちろんこれらの動きが、「よっし! チャンスだ!」と女性たちを元気にさせる“風”になることは間違いない。

だが、現実はもっと複雑。で、ちょいとばかりいやらしい。なんせ莫大なカネに“女性”の頭数が、直接的に影響を及ぼすのだ。

例えば、「公共調達における女性活用企業の適切な評価」では、これまで対象外だった公共事業も含まれるようになった。既に、国土交通省は「女性技術者がいなければ、“入札できない”女性登用型のモデル工事」を進めており、全国で10カ所ほどの事業で適応される予定だ。

その第1弾となった、東北地方整備局が山形県の東根地区上部の橋梁上部工工事の落札価格。

およそ2億円――。

つまり、

「おい! これじゃ入札できん。中途採用でもなんでもいいから女性技術者を入れろ!」

なんて、 騒ぎだす経営者が出てくる可能性は高い。公共事業という莫大なおカネが入る事業に、”“億”の手を使ってでも女性を入れるトップが出てきても不思議じゃない。

既に、「有価証券報告書における女性役員比率の記載」が義務付けられたことで、社外取締役を生業にする役員“タレント”が登場したとも言われている。

「女性役員を増やせ!」

「ムリです。候補者が社内にはいません」

「だったら、社外でいいじゃないか! ホラ、あの◯◯さんでいいじゃないか!」

「でも、彼女は△△商事の社外取締役だと思うのですが…」

「兼任してもらえばいいだろう!」

「わ、わかりました……」

なんて具合に……。これって、女性活用なのか? 多いに疑問だ。

「要するにファッション。完全に、ファッション化してる。上から目線の数値目標はいい加減止めて欲しい」

こう苦言を呈すのは、ある大手企業の部長職の男性。彼は、女性活用を進めるトップの姿勢を“ファッション”という言葉で皮肉った。

彼の会社では、男性部下を昇進させようとすると、上からNGが出る。『女性はいないのか?』と、女性をとにかく管理職にさせろ! とプレッシャーがかかるのだそうだ。

「もし仮に、上が言うように女性だからって下駄履かせて、チームが回らなくなっても、トップは責任はとりません。私の責任になるだけです。それに、企業ではどの時点で昇進できるかで、その後の会社人生も大きく変わります。運悪くタイミングを逃すと、能力があってもそのまま昇進できなかったりします。それは会社にとっても、マイナスです。本人が潰されてしまうことだってあるでしょう。実際、昨年、大抜擢された女性は潰されました」

「彼女は自分が未熟だってわかっていたので、頑張りすぎた。男性以上に残業をし、休みなく働き続けてしまったんです。いったい誰のための登用なんでしょう。女性が輝ける社会なんかじゃない。輝こうとしてるのは、経営陣だけ。要するにファッション。完全に、ファッション化してる。現場を無視した、上から目線の数値目標はいい加減止めて欲しいんです」

ファッション化する女性活用

ファッション――。確かに、その風潮はある。

来月、行われる内閣改造で女性閣僚登用にこだわるのも、「集団的自衛権問題で下落した内閣支持率の回復のため」と漏れ伝えられたし、女性のママさんタレントが大臣に起用されるなんて“ウワサ”も、まことしやかに報じられた。

そして、おそらく“ファッション化”は、増々加速する。

だって、政府の方針とは裏腹に、「女性の管理職の割合が増えるどころか減少」してしまったのだ。

厚生労働省が19日発表した雇用均等基本調査で(調査は13年10月に従業員10人以上の6115社を対象に実施)、2013年度に民間企業で働く課長級以上の管理職に占める女性の割合は6.6%で、2年前より0.2ポイント低いことがわかった。

役職別では、部長職3.6%、課長職6.0%。係長職12.7%で、企業規模が大きいほど割合が低い。

30%にほど遠い現実――。

おそらく永田町の人びとは、これに危機感を抱き、高級ニンジンをぶら下げ、「オラオラ、どうだ? これは美味いぞ!」と、ちらつかせるご褒美攻撃を強めるに違いない。で、無責任なトップたちが、それに群がる。現場を無視した、ファッション好きの経営者が増殖するのだ。

念のため断っておくが、私は「数値目標」に、必ずしも反対ではない。地球上には女性と男性が半分ずついるのに、企業のヒエラルキーの上のほうが、男だらけなのは不自然。

でも、どうやって目標に向かうかは、企業次第。

「僕たちの目標達成に、力を貸してくれたらコレあげるよ~!」

なんて愚策をやるべきじゃない。

「目標だけ掲げたって、実行されなきゃ意味ないんだから、強制力持たせることは別にいいでしょ?」

そういう意見が多いことも承知している。

が、土台がしっかりしていない土地に、どんな立派な家を建ててもすぐに崩れる。今、政府が推し進めていることは、グラグラの土台にキンピカ御殿を立てようとしているだけ。しかも、金メッキだ。

そもそも女性の管理職が増えない最大の理由は、家庭と仕事の両立が難しいから。男社会のタイムマチョな働き方をしていたら、家事も育児もあったもんじゃない。

労働基準法や、男女雇用均等法があるにもかかわらず、それがちゃんと守られていない現実がある。だいたい、サービス残業やら長時間労働の警告を受けても、「そんなことマジメに守ってたら、経営が成り立たないよ」と、平気で無視する企業が許されるなんておかしな話だ。

スピード違反したときのように、切符を切ればいい。

「キミ、ここは制限速度何キロだと思ってるんだ!」

「80キロです……」

「今、120キロ出してたじゃないか。違反だぞ!」

「でも……、制限速度守ってたらやっていけないし。みなさんも120キロくらい出してるじゃないですか?」

チャンチャン、おしまい――。なんてことにはならないはず。

警察はインチキできないような機械まで導入し、切符を切る。それと同じことをやる。それだけで、土台は十分強化される。

アレコレ施策を掲げるくらいなら、労働時間、残業手当を徹底的に守らせる。労働者の権利である有給休暇を、しっかりとらせる。育児休暇を男性にもちゃんと取らせる。

ちゃんとした働き方ができる土台を強化する。それだけで十分なのだ。

「何も行動しないということは、いかなる行動にも劣らない立派な意思決定である。……問題に対しては、つねに行動をとらなければならないという考えそのものが、迷信にすぎない」

これは、日本のトップリーダーの方たちが大好きな、あのドラッカーが『現代の経営』で述べた名言である。

私は、ドラッカーの「何も行動しない」という言葉を、「問題があるからと、新たな行動をとるのではなく、今あることをちゃんとちゃんとやるだけでいい」という意味だと、解釈している。というのも、個人的な経験で申し訳ないのだが、私がそうやって今まで生きてきたからに他ならない。

例えば、恋愛。なんか問題がおき、客観的に考えると「別れたほうがいい」ことがある。だが、「別れられない」という場合、そのまま粛々と過ごしていると自ずと答えがでる。時間がたつうちに、あるとき、すーっと気持ちが覚め、サイナラってこともあれば、問題があったことを忘れてしまうこともある。粛々と過ごしていれば、自然と解決されてしまうのだ。

ん? これはちょっと違うか?

まあ、いい。いずれにしても、講演会などに呼んでいただいたときに、中間管理職の方たちに、「女性の役員や部長」の有無を尋ねると、

「まだ、いませんね~」

「部長は1人います」

「こないだ1人、なったよな?」

「以前、常務にまでなった女性がいたんですけどね…」

大抵こういった答えになる。

で、最後は必ずといっていいほど、次のように〆る。

「これから増えますよ。母数も増えてますし、優秀な女性もたくさん出てきた。優秀でやる気のある女性が、徐々に増えてきました。ええ、増えていきますよ」

そう、力強く〆る。時間が解決する、と。

「女性管理職が30%に達しないという問題に対して、つねに行動をとらなければならないという考えそのものが迷信に過ぎない」。どうか、ファッション好きのトップのみなさま、女性を「1つ、2つ……」と数値化しないでくださいませ。完全版はこちらへ

健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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