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女性活用で、“無能な上司”が増えた?

河合薫健康社会学者(Ph.D)
著作者: zcool.com.cn

「無能な管理職ばかり増やして、どうするんだよ!」

それが、昭和の男社会で生きてきた人たちの“ホンネ”なのだろうか?

「2020年までに指導的地位にいる女性の割合を3割に引き上げる」―-。

安倍政権で掲げられた数値目標が、悲劇を引き起こしている。

女性枠なるもので昇進した女性たちが、心ない言葉で、ウツになったり、心身を疲弊させているというのだ。

「突然、明日から課長だと言われました。まさか一般職の自分に白羽の矢がたつとは思ってもいなかった。名刺すらもたされたこともない一般職が、いきなり総合職です。しかも、私だけが昇進したので、同僚がいきなり部下。やりにくいし、孤立するし、管理職なんてできる自信もない。おまけに、私が『44歳、未婚、子なしだったんで、昇進した』なんて、ウワサも聞こえてきて……。

でも、正直な気持ちを言うと少しだけうれしかった。20年以上、この会社に勤めてきて、初めて人間扱いされた気がしたんです。だから不安だらけでしたけど、頑張ろうと思いました」

「ところが、『元一般職のクセに』『女性枠のクセに』ってことあるごとに言われるんです。悔しくて、認められたくて、必死で働きました。悔しくて週末も必死で勉強しました。心身ともに疲弊しきって、相当ヤバかったですね。夜、家に帰って、電気もつけず、ご飯も食べず、3、4時間ひざを抱えてボーっとしたりして。ウツ一歩手前です。私が昇進した半年後に課長になった同期はウツになって、今、休職しています」

こう“女性活用”の現状を語ってくれたのは、某大手メーカー勤務の44歳の女性管理職だ。

「ある日突然、女性の契約社員だけが、正社員に変わった」

「ある日突然、一般職の女性が全員総合職に変えられた」

「ある日突然、女性だけの部署ができた」

といったにわかには信じがたい、“数値目標”のためだけの数合わせが、一部の会社でまことしやかに始まっている

「2020年まで3割って、あと6年しかないないじゃないか!とりあえず、今いるヤツラだけでも、“数字に入れろ!”」とトップの鶴の一声があった? はたまた「なでしこ銘柄で株価を上げるぞ!」なんて目標が掲げられた?

真相は定かではない。

いずれにしても、“ある日突然人事”で、将棋のコマのごとく、“金”にひっくり返された女性たちが疲弊している。欧米では、「golden skirt(金のスカート) をはいている」などと揶揄されることもある。

いったい何のための数値目標なのか?

メディアなどは当たり前のように、「数値目標=女性活用=経済成長」なんて取り上げ方をするが、そもそも「ポジティブアクション(アファーマティブアクション)」としての数値目標は、強制的に、“重し”を排除し、「仕方がない」とあきらめられていたり、「そこに何もない」かのごとく無視されたり、ないがしろにされていた問題点を是正し、すべての人がより良く生きられるためのもの。性別やら、学歴やら、国籍やらで、差別されない社会を目指すためのものであって、経済成長のために設定するものではない。

・能力が発揮できる機会のある会社

・正当に評価してもらえる会社

・自由に発言できる会社

・困った時に相談できる上司や同僚がいる会社

そんな『個』を正当に評価し、「人」として尊厳があり、誰もがやりがいをもって働ける、元気な組織を目指すために、数値目標は存在する。

ところが、“数値目標”だけが一人歩きし、「一般職だったクセに」「女性枠のクセに」と心ない言葉で見下し、「無能な上司が増えるだけだ」などと、“無能”よばわりする。

ただでさえ“男社会”に放り込まれた女性たちの、心の中は、不安と、悔しさと、やる気と、でグチャグチャなのだ。

仕事は嫌いじゃないし、やるからには頑張りたい。自分の能力だってできる限り発揮したい。これまでだって頑張ってきた。だから、踏ん張る。でも、ココロはパンパンに張っていて、余裕などまったくない。

そんなギリギリの状況で、「無能」呼ばわりされたら……。しんどすぎる。

そもそも人間には、自分たちのルールにない発言、自分たちの境界内で馴染みのない人。そんな“境界の外”のことを、無意識に否定する傾向がある。

特に、その境界の社会的評価が高く、組織や社会での希少性もあり、その境界内の人たちだけに「権力」という武器が許されると、ますます“異物”を排除する傾向が強まる。時には、「権力」を、必要以上に行使して抑えつけることもある。

“男社会”という境界の中にいる人は、自分がその境界にいるという認識もなければ、そこに存在するルールでしか物事を判断できないため、 “女性枠”(この言葉にもかなり抵抗があるのだが…)の人たちを、無意識に否定する。

つまり、否定したいから、無能よばわりしてるだけなのだ。

数値目標を掲げるのであれば、「境界=内部」を広げる必要がある。旧態依然としたままの間取りでは、「個」は正当に評価されないばかりか、女性たちの力が生かされるどころか、殺されることにもなりかねない。

冒頭の女性が、「ウツ一歩手前」でなんとか踏ん張ることができたのは、たった1人の上司が、ストレスの雨をしのぐ傘を差し出してくれたから。

「私がサポートするから、もう一度練り直してみろ」―-。

彼女の企画したプロジェクトに反対が相次ぐ中、こう言って、傘を差し出してくれたそうだ。

たった1人の『個』を正当に評価してくれる人が、1人の尊厳を守ってくれたのだ。

どうかせめて周りの方たちは、この上司のように、“女性活用”が、心身を疲弊させるストレス暴風雨にならぬよう、傘を差し出す勇気も持ってほしい。

そして、女性たちも、女性活用という“ブーム”に、負けないで欲しいのです。時には、「ケツの穴の小っちゃいヤツ」(下品な言葉を失礼!)と心の中で思いっきりつぶやき、ストレスにならないように弾き飛ばしてください(私はそうしています 笑)。

だって、冷たい風であれなんであれ、風が吹き始めたことは、無風状態で何も変わらないよりもよほどいいんじゃないか……そんな思いもあるのです。

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健康社会学者(Ph.D)

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。 新刊『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか』話題沸騰中(https://amzn.asia/d/6ypJ2bt)。「人の働き方は環境がつくる」をテーマに学術研究、執筆メディア活動。働く人々のインタビューをフィールドワークとして、その数は900人超。ベストセラー「他人をバカにしたがる男たち」「コロナショックと昭和おじさん社会」「残念な職場」「THE HOPE 50歳はどこへ消えたー半径3メートルの幸福論」等多数。

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