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W杯「隔年開催案」について

川端康生フリーライター
(写真:ロイター/アフロ)

100年の節目

 ワールドカップの隔年開催が取り沙汰されています。これまでの4年に一度から「2年に一度」へという案です。

 今年5月のFIFA(世界サッカー連盟)総会で議題に上り、166ヶ国のFA(連盟)が賛成(反対は22ヶ国)。検討を開始することになりました。

 もちろん、まだ「検討を始める」ことが決まった段階。隔年開催が決定したわけではありません。

 何より、来年はカタール、2026年はカナダ・メキシコ・アメリカの3ヶ国共同での開催が決まっています。だから、もし変更するにしても少し先の話になります。

 さらに言えば、2030年大会の招致合戦もすでに始まっています。

 立候補を表明しているのはスペイン・ポルトガル(共催)、イギリス・アイルランド(共催)、アルゼンチン・ウルグアイ・パラグアイ・チリ(4ヶ国共催)、ルーマニア・ギリシャ・ブルガリア・セルビア(4ヶ国共催)、モロッコ(単独)。

 2030年の開催地は2024年に決まる予定なので、これにもたぶん間に合わない。

 もし隔年開催に変更されるにしても、これ以降になると思います。

 ちなみにワールドカップは1930年ウルグアイ大会から始まりました。つまり2030年は第1回大会から数えて100周年。

 だからウルグアイは「第1回の舞台となった我が国で記念大会を」と意気込んでるわけですが、FIFAにとっても「これを節目に新たなワールドカップに」と言い出しやすいタイミングかも……という気もします。

隔年開催案の背景

 このニュースが報じられたとき「ワールドカップは4年に一度だから価値があるんだ」という声を多く見聞きしました。

 僕も共感します。長年「4年に一度」に親しんできている身にとっては隔年開催なんてありえない。2年おきではありがたみがなくなる気がします。

 背景にはFIFAとUEFA(ヨーロッパ連盟)の利害衝突があると思います。言うまでもなくUEFAも他の大陸連盟同様、FIFA傘下の団体ですが、なんせチャンピオンズリーグ(UCL)と欧州選手権(ユーロ)を持っている。パワーは別格です。

 これに対してFIFAもアベランジェ会長の時代に次々と大会を新設。ワールドカップに加えて、ワールドユース(U20ワールドカップ)、U17世界選手権(U17ワールドカップ)、女子ワールドカップとコンテンツを増やしてきました。

 しかし、FIFAは世界統括団体ではあるけれど、チームも選手も抱えていないので、これ以上大会を増やすのは難しい。あとは開催頻度を増やすくらいしか考えられません。「4年の一度」を「2年に一度」にすれば収益は2倍になる……かどうかはわかりませんが、そのあたりが検討課題ということになるのでしょう。

 しかもUEFAはネーションズリーグまで始めました。ただでさえ「ワールドカップよりユーロの方がレベルも高いし、面白い」と感じているサッカーファンが多いのに、これではワールドカップとワールドカップ予選の存在感は相対的に下がってしまいます。

 FIFAとUEFA以外の大陸連盟にとっては看過できない状況です。

 5月に隔年開催案を出したのはサウジアラビアでした。そしてUEFAはすぐに猛反発したけど、AFC(アジア連盟)は「支持する」との声明を発表した。

 そんな一連の経緯にも今回の変更案が出てきた背景が映っているように見えます。

 当然、こうした動議がいきなり提出されるとは思えないので、FIFAとUEFA以外の大陸連盟との間では事前に根回しがされていたはずです。

FIFAの戦略

 ちなみに隔年開催案は今回初めて出てきた話ではありません。アベランジェ・ブラッターの時代からあった。

 出場チームの拡大もそうですが、基本的にはマーケットの拡大というFIFAの世界戦略です。ターゲットは、ヨーロッパや南米以外の、サッカー的には未開拓だった北米、アジア、アフリカ市場。

 1994年のアメリカ以降、ヨーロッパ(フランスとドイツ)をはさみながら、2002年の日韓、2010年の南アフリカでのワールドカップ開催は、まさにその戦略に沿ったものです。

「2002年大会をアジアで開催できるかも」と日本に囁いたのは当時会長だったアベランジェでした。そして1993年のU17世界選手権開催を皮切りに、その気になった日本はワールドカップの開催地に立候補します。

 結果的には土壇場で“裏切られ”て、日韓共催となるわけですが、それまでヨーロッパ・南米以外で開催されたことがなかったワールドカップをアジアで行うという成果をアベランジェは挙げることになります。

 そして、それは同時に、それまでヨーロッパ中心だった世界サッカーの勢力図を変える――言い換えれば、サッカー新興地域の支持を得ることでFIFA(と会長)の権力を強化する――ことに成功したということでもありました。

 有り体に言ってしまえば、アジアやアフリカの票を固めることができたわけです。

 アベランジェの後を継いだブラッターがアフリカでのワールドカップを実現し、そればかりか開催地の「大陸持ち回り」を言い出したのも同じ狙い。本質にはFIFA×UEFAがあります。

 付け加えれば、2002年大会が土壇場で共同開催になった背景にもやはりこの対立がありました。あのときは次の会長を巡ってアベランジェとUEFA会長のヨハンソンが激突していた。

 それが(アベランジェ)日本対韓国(ヨハンソン)の代理戦争にされてしまった。僕はあのときFIFA総会が行われたチューリヒにいたのですが、怒りと虚しさで震えたのを覚えています。

変革の時代

 話を隔年開催に戻せば、僕自身は頭から反対ではありません。「2年に一度」にした方がいい、というほど積極的ではありませんが、少なくとも検討してみる価値はあると思います。

 もちろん「4年に一度だからこそ……」という思いも強いけれど、なんせ始まったのは100年前です。

 その100年前の第1回大会、出場国はわずか13ヶ国でした。しかも予選はなく、すべて招待(日本も招待されていたのですが、残念ながら辞退。もし出場していれば、その後の歴史は変わったかも)。

 それどころかイングランドもイタリアもドイツも出場していません。いかに世界大会とはいえ、遠い南米まで出向いて出かけていくほどの価値を感じていなかったからです。

 そもそも「FIFA」なんて組織のことも気にかけていなかったかもしれない。当初イングランドなどイギリス4協会は世界統括団体の設立にも反対していたくらいですから。

 このあたりはラグビーとも似ています。統括団体にもワールドカップにも(サッカーやラグビーの)母国は当初は消極的、というより否定的。それが盟主のプライドなのでしょう。

 ところが、そんな価値を感じていなかった第1回大会が大成功を収めた。観客動員も収益も想像外に莫大だった。当然、ヨーロッパも積極的になります。

 そして第2回はイタリア、第3回はフランスでワールドカップは開催され、その後もオリンピックの中間年に4年ごとに継続されていくことになり……と、随分昔の話を持ち出してしまいましたが、そうして「4年に一度」が始まったわけです。

 もう一つ、ワールドカップの歴史の中間くらいの話をすれば、1954年スイス大会からテレビ中継が始まりました。

 日本でも1974年西ドイツ大会をテレビ東京が、1978年アルゼンチン大会からNHKが(録画と生中継)で放送して、テレビでワールドカップが見られるようになった。

 その後、衛星放送(BS)、ペイTV、インターネットと、テクノロジーの進化に伴い、視聴環境が激変してきたことは改めて言うまでもありません。

 そして現在では、世界のどこに住んでいてもリアルタイムでゲームを見ることができるようになっています。

 極東の島国に住んでいても、(自国のリーグではなく)ウエンブリーやカンプノウで行われているトップレベルのゲームを見ることができるわけです。

 選ばれるコンテンツでなければ生き残ることはできません。

 いずれにしても、100年前のモデルが、100年後にも最適であるとは限りません(というか、むしろ最適であるはずがありません)。

 特にインターネット革命以後、スポーツを始めとしたエンターテイメントを巡る環境は著しく変化しています。

 ワールドカップも(オリンピックと同じように)「スポーツ興行」である以上、時代に合わせて最適化を模索するのは当然のことです。そして、そこに世界サッカーの力学も加われば……。

 何が起きても不思議ではない変革の時代です。2030年大会の2年後、2032年ワールドカップが開催されていることもあり得るかもしれません。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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