生誕100年目の球児たち @旭川スタルヒン球場

 スタルヒン球場

 スタンド裏の立ち食いそば。メニュー表にはこう並んでいた。

 かけうどん

 天ぷらうどん

 月見うどん

 スタルヒンうどん

 旭川。北海道第2の都市。碁盤の目のように整然と続く道路を駅前から北へ、ロータリー交差点をぐるっと回って、旭橋を渡れば右手に照明灯が見えてくる。

 少年野球の指導者が言っていた。

「北海道の球児たちはここを目指す」。

 北の聖地。スタルヒン球場である。

 説明するまでもないだろうが、念のため。

 スタルヒンは日本プロ野球初の300勝投手である。幼少期、帝政ロシアからシベリアを越えて、はるばる日本に亡命。旭川に居を構えると野球を始めた。滅法デカくて、滅法足が速くて、滅法球も速かったらしい。

 旭川中学に剛速球投手あり。その評判が津軽海峡を越えて、本州に、東京に轟いた結果、大日本東京野球倶楽部(巨人軍の前身)に……以後の顛末は“検索”してもらえればすぐにわかる。興味のある人はそれぞれにどうぞ。

 とにかく、ここ旭川の人々はそんな白系ロシアの少年を育み、郷土の英雄として誇った。そして昭和の終わり、新装なった市民球場にその名を冠したのである。

 付け加えるならば、今年はちょうど生誕100年。旭川では記念のイベントも行われたと聞く。

 そんなスタルヒン球場で、北の球児たちの熱戦を見た。

旭川東、ステディな勝利

 旭川支部予選の最終日。前日の夕方から降り始めた雨は、夜になると激しさを増し、朝には街中に水たまりを作っていた。

 それでも第1試合は予定通り、朝8時半にプレイボール。グランドも見事に整備されていた。「ここは元々川だったから。下は砂地で水はけがいい」と隣のオールドファンが教えてくれたが、だとしてもグランドキーパーが夜明けとともに地面と格闘した成果であることは想像に難くない。姿の見えない関係者たちの、目に見えない努力。高校野球はそうやって続いてきた。

 その第1試合で凱歌を歌ったのは旭川東だった。前身が旧制旭川中学。そう、スタルヒンの母校である。

 実は大先輩は甲子園には出場できなかった。2度決勝に進み、2度とも惜敗。さらにその後の先輩たちもまた、何度も目前まで迫りながら、やはり涙を呑んできた。

 そんな野球部史の最新ページの主人公、「生誕100年目の後輩たち」の夏は、北・北海道大会へと続くことになった。

 初戦では旭川工と14対11。どっちが勝っても負けてもおかしくない大乱戦を繰り広げた旭川東だが、この日は完勝。6回コールド、10対0で留萌を下した。

 高田投手は初回先頭打者にセンター前に運ばれて以降、ノーヒット。球速があるわけではないが、サイドハンドからコースと緩急を巧みに投げ分けて、2回から6回まですべてのイニングを(エラーなどでランナーは出したが、ゲッツーで抑え)結果的に3人ずつで片付けていった。

 もちろん、試合を6回で終わりにできたのは得点を奪えたからでもある。そのバッティングはステディでクレバーだった。

 一気に5点を奪い、試合を決めた5回の攻撃では徹底的に右打ち。特に4番本間、5番藤原の右への痛打は、1巡目、2巡目で相手軟投派の宮下投手にまったく合っていなかっただけに印象的だった。

 言い換えれば、留萌の宮下投手がそこまで好投していたということでもある。下手からスローボールを配する大胆なピッチングで、タイミングを外し、バットの芯を外し、上手に内野ゴロで打ち取っていた。4回あたりはリズムをつかみ、気持ちよく投げられていたのではないか。少なくとも中盤までは6回で試合が終わるような試合ではなかった。ほんの少し何かが違っていたら、最後まで競り合うことができるチーム力を備えていたと思う。

旭川大、接戦を制す

 第2試合は接戦になった。旭川大と旭川龍谷。ともに力のある投手を揃えていて継投も予想したが、結局、先発の猪飼と山田が完投することになった。試合が拮抗して、代えるに代えられない展開になったからだ。

 両投手が制球された勢いのあるボールを投げ込み、これに両チームの打線が食らいつく。どちらに転んでも不思議ではない、引き締まった緊張感のあるイニングが続いた。

 勝敗の分かれ目は5回の攻防か。そこまで2対3、龍谷がリードしていた。

 まず5回表、旭川大は四球のランナーをバントで2塁に送った場面で、石原がファーストへライナー。打球はグラブに収まったかに見えたが、こぼれ落ち、セカンドランナーが生還。同点に追いついた。

 しかし、その裏、今度は同点に追いつかれた龍谷にビッグチャンスが訪れる。ヒットと2つのエラーで、ワンアウト満塁。しかも、カウントはスリーボールノーストライク。再び勝ち越す絶好のシーンを迎えたのだ。

 だが、ここから旭川大の猪飼投手が踏ん張った。2球続けてストライクを投げ込み、フルカウント。そして、次のボール……。

 なんとスクイズだった。スタンドがどよめき、僕も思わず腰が浮いた。たぶん相手バッテリー(とベンチ)も驚いたのではないか。しかもバッターの沼澤はしっかり転がした。裏をかき、きっちり転がせば、普通スクイズは決まる。

 だが、そんな“普通”を上回って猪飼が素晴らしかった。猛然とダッシュ、そしてグラブトス。まったくムダもブレもないプレーで得点を阻止したのだ。

 同点に追いつかれた後、勝ち越しのチャンスを逸した龍谷。

 同点に追いついた後、再び引き離されるピンチをしのいだ旭川大。

 これが9回の旭川大の勝ち越し、そして4対3での結末へと向かう分岐点となった。

 敗れた龍谷にとっては(当然、甲子園を視野に入れてきたチームだ)悔しすぎる終戦だろう。それでも見応えのあるゲームだった。観客を引きずり込む力のある素晴らしいゲームだった。

 ホームランと決勝打を放った旭川大の渡邊はもちろん、両チームのセカンド、そして試合終盤になっても130キロ台を投げ続けた両投手など、好選手たちによる好プレーが揃っていたからこそ生まれた熱戦だった。

旭川実、存在感ある選手たち

 第3試合、旭川明成対旭川実業も見応えのある試合だった。やはり目に留まる選手も多かった。

 たとえば明成のトップバッター、藤崎。初回のライト線への2塁打をはじめ、コンパクトなスイングから右に左にいい打球を飛ばしていた。先制点のホームを踏み、追加点の適時打を放ち、最後は(キャッチされたが)レフトフェンス際への大飛球も見せてくれた。

 守備でもバックホームでアウトもとった。印象に残るプレーヤーだった。

 もっとも存在感を放ったのは、やはり旭川実の吉田だろう。先発1年生の葛西を3回からリリーフ。彼がマウンドに立った途端、チームがすっと落ち着いたようにスタンドからは見えた。

 投げるテンポもいいし、投げるボールもいい。昨夏、北北海道大会準優勝、つまり甲子園目前まで迫ったピッチャーだと聞いて納得である。

 しかも彼が登板した直後、3回裏に旭川実業は2点のアヘッドをあっさり追いついてしまう。ゲームの潮目が変わった瞬間だった。それほどの存在感があった。

 この3回の2点と、5回の3点の口火を切った9番の新妻の俊足にも目を見張った。クリーンヒットと送りバント(を内野安打にしてしまった)。彼の足が小さなチャンスを、大きなものに膨らせた。

 そして、そんなスピードスターが作ったチャンスを、ドラフト候補の呼び声も高い陣が得点に結びつけた。もしかすると、このチームのパターンなのかもしれないが、相手にとっては嫌な並びだっただろう。

 もちろん、陣を1番に置くオーダーそのものがとてもユニーク。興味深かった。

 その陣がマウンドに立つことはなかったが、吉田は終盤になっても140キロ台を続々とスコアボードに表示。旭川実業は7対4で明成に勝ち切った。

 二人のハイレベルな投手(先発した1年生左腕の葛西もボールに勢いがあった)。そして個性的なタレント。この先が楽しみなチームである。

北北海道大会へ、その先の甲子園へ

 旭川支部の予選が終わり、4代表が決まった。

 旭川東、旭川大、旭川実業、そして前日、雨の中で勝利をつかんだ旭川西である。実力校が揃う旭川地区を勝ち抜いた代表として、北・北海道大会に臨む。

 この日、雲の垂れこめたスタルヒン球場で見た3試合に限って言えば、(上では触れなかったが)要所でエラーが出た。ワイルドピッチやパスボールが失点の伏線となることも少なくなかった。

 さらに一層の精度のアップ。それが旭川支部から甲子園への代表校を出すためには必要だろう。

 その意味では、前の原稿でも書いた通り、北海道の予選は2段階。支部予選から北(南)北海道大会まで2週間弱のインターバルがある。そこで成長するチーム、変身する個人が出てくるはずだ。

 そんな変化が期待できるのも、北海道の高校野球の面白さなのかもしれない。

 北・北海道大会は7月8日に組み合わせ抽選。16日に開幕する。

 場所はもちろん、北の聖地、この地の高校球児たちが甲子園の前に目指す、ここスタルヒン球場。

 代表校が決まるのは21日の予定だ。

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』(光文社)にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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