最北の高校野球 @稚内大沼球場

枝幸高校野球部の清々しい円陣(著者撮影)

最北の高校野球

 球音が乾いて聞こえたのは思い込みのせいかもしれない。

 夏の日差し。ジリジリと肌を焼くカンカン照り。しかし、それでもほとんど汗をかかなかったのは、思い込みではなく事実だ。

暑い。でも蒸し暑くはない。ここは最北。なんせ宗谷岬がもうすぐそこだ。これ以上先に日本はない。海峡の向こうはサハリンである。その距離わずか40キロ少々。

 ちなみに東京までは優に1000キロを超える(我が家からは寄り道込みの積算で1700キロを超えていた)。札幌からだって300キロ以上。

 とにかく、日本の一番上、てっぺん。最北の稚内大沼球場で、最北の高校野球を見た。

枝幸の好投、大谷の苦戦

 枝幸高校の山上投手が素晴らしかった。

 サイズはそれほどない。しかし真上から投げ込むボールにキレがあった。セットポジションからゆっくり足を上げるフォームのバランスがいい。だからコントロールがいい。特に(右打者の)アウトコースへの制球は抜群。ボールの勢いも申し分ない。

 たとえば6回満塁のピンチで、相手1番バッターを三振に打ち取った“外の真っ直ぐ”。ほれぼれした。

 その相手――稚内大谷高校は想定外の苦戦だったのではないか。少なくともスタンドの反応はそうだった。

 なんせ地域の期待を集め、集め続けてきた野球部である。

 前夜、稚内駅近くの居酒屋で、ベテラン女将は口を尖がらせながらこう言った。

「大谷の監督は甲子園出るまで結婚しないと言っていたのに、とっとと結婚だけして……」

 どの代の監督なのか。そもそも本当の話なのかどうか。真偽は保証しない。遠路はるばるやってきた酔狂な高校野球好きへのサービスだったかもしれない。

 でも、そんな恨み節が飛び出すくらいに期待を集め、集め続け、応えられずにいるのが稚内大谷ということだ。

 20数年前に1度と、30数年前に2度、北北海道大会の決勝まで進んだ。準決勝まで進んだことも何度か。だが、あと1つ、あと2つが勝てない。

 結果、名寄支部からは、春も夏も、いまだ甲子園出場校が出ていない。

名寄支部の悲願

 説明が必要かもしれない。

 北海道から「北」「南」の2校が甲子園に出場することはご存じの通り。

 しかし、それぞれの代表校を決める大会の前に、実は支部予選がある。全道で10支部。それぞれの支部予選を勝ち上がったチームが、北北海道大会、南北海道大会に進むのだ。

 デッカイ北海道ならではのシステムである(なんせ稚内から札幌まで300キロ以上。つまり東京・名古屋間に匹敵するのだ)。

 その10支部の中で最北にあるのが名寄支部。そして10支部の中で唯一甲子園に送り出せていないのが名寄支部なのである。

 だから郷土の強豪に郷土の期待は募る。まして今年の春季大会でセンバツ出場校の札幌第一と互角にわたり合ったらしいと聞けば(2対3。春季大会といっても北海道は6月上旬だから、わずか1ヶ月前だ)。

 開会式で稚内市長はこんな言葉まで使ったのだ。「名寄支部の悲願」。悲願達成の可能性がもっとも高いのは……。言うまでもない。

枝幸、善戦及ばず

 改めて試合を辿り直そう。

 稚内大沼球場で開幕した「北北海道大会・名寄支部予選」。その第1試合、稚内大谷と枝幸の試合は、初回、枝幸が先制した。

 先頭の岩渕がいきなり左中間を抜く2塁打。2番半田の右へのゴロで3塁へ進み、3番佐藤が1・2塁間を破って、1点を奪った。

 しかし、その後は稚内大谷の力投型、江刺投手の前に沈黙。一方、稚内大谷は3回、バントとエンドランを絡めて同点に追いついたが、その後はやはり沈黙。1対1のまま拮抗した展開になった。

 分がよかったのは枝幸だったと思う。

 そう見えたのは、やはり山上投手の安定感。相手の江刺投手が力みからかストレートは高めに浮き、カーブは抜けて、と苦心の投球なのに対して、ブレなく投げ続けた。6回の満塁だけでなく、ランナーを出してからも粘り強かった。内野の守備も、ショートの岩渕をはじめ、軽快かつ確実だった。

 それでも7回に犠飛で勝ち越しを許すと、さらにもう1点。8回には右手の指先にアクシデント(マメを潰したのかもしれない)の山上が制球を乱し、一気に2失点。

 結局、終わってみれば1対5。善戦及ばず、枝幸は敗れた。

最後の円陣

 試合後、球場外の芝生で組んだ枝幸高校野球部の円陣は長かった。

 いつも思うことだが、グランドを出て、帽子を脱ぎ、グローブやバットを手放した彼らを間近にすると、(当たり前のことだが)10代の高校生がそこにいる。

 左バッターボックスでバットをブンブン振っていた4番キャッチャーの井森が泣き笑いしている。込み上げてくるものを堰き止めようと、アンダーシャツのハイネックを何度も何度もたくし上げる仕草が、切実で、それでいてチャーミングで愛らしい。

 監督が話し、部長が話し、キャプテンが話し、部員一人一人が話し、マネージャーが話し……。

 時折、聞こえてくる「思い出」とか、「どちらかが負けるんだ」とか、そんな最後の円陣を、父兄が遠巻きに見守り、そのさらに外側でかつての高校球児、あるいはかつての高校生たちが立ち去り難く見つめている。

 高校野球が、もうすぐ100年、存在し続けた理由がそこにある気がした。

 ところでーーもしかしたら読めていない人もいるのではないか。だから、ふりがな付きで、もう一度、称えよう。

 枝幸(えさし)高校野球部。部員15人、女子マネージャー3人。いいチームだった。ベンチもスタンドも一緒にプレーしていた。いいゲームをした。

北北海道大会へ、そして甲子園への道

 最北の球場で、最北の高校野球を見た。

 稚内大沼球場は、決して豪華ではないが、いい球場だった。内野の土も、外野の芝も整っていた。ゴロがイレギュラーすることもまったくなかった。

 個人的には「大沼カレー」(郷土のコンブやホタテを使った球場管理者お手製のカレーだそうだ)を食べそびれたのが心残りだが、野球が見やすくて、居心地もいい球場だった。

 そして、最北の高校野球、名寄支部予選。

 今夏の出場は8校。このうち2校が支部代表となる。枝幸を下した稚内大谷と、この日の第2試合で稚内高校に競り勝った名寄産業は、次を勝てば「北北海道大会」に進むことができる。

 甲子園は、そこからさらに4つか5つ、白星を連ねた先にある。近くはないが、道がある以上、到達不可能ではない。

 最北端でプレイボールとゲームセットを見た。始まり、終わる夏。高校野球の季節だ。

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』(光文社)にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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