広島は強い。本当に強い――Jリーグポストシーズン(4)

樽募金

久しぶりに広島に来た。最後に来たのはマツダスタジアムができた頃だったような……とネットで検索してみたら2009年完成だったから、6年ぶりということになる。

マツダスタジアムは、バラエティ豊かな観客席(寝転がって見れるエリアがあったり、バーベキューができるエリアがあったり)を用意したり、新幹線の車内から(球場の外観だけでなく)グランドそのものが見えるようにスタンドを切り取ったりと、とかく画一的で面白味に欠ける日本のスポーツ施設にあって、唯一無二のオリジナリティを持つ野球場だ。

初めて訪れたときには「ユニコーン」の広告看板が出ていて、その御当地感(広島皆実高出身)にも僕は大いに感激したものだった。

何より心に残ったのは、そのとき話を聞いたすべての人が「僕もしましたよ」、「私も少しですけど」と新スタジアム建設のために当然のように寄付をしていたことだ。

広島の樽募金――結成直後に経営難に陥ったカープの存続のために市民が樽にお金を投げ込んだ。募金はその後も長い間続いた――の逸話はもちろん知っていたけれど、それが21世紀になっても続いていることに広島における「カープ」の存在意義を改めて実感したのだ。

1945年8月6日から始まる「ヒロシマ」の歩みの傍らにはいつもカープがあり続け、だからこそ、その存在は広島市民の心と生活にいまも深く根差しているのである。

サッカー専用の新スタジアム

……とサッカーとは関係のない話から始めたのは、広島で、あるいは大阪でも、サンフレッチェと関わりの深い人たちが、口を揃えたように「スタジアム」の話をしていたからだ。

新スタジアム建設の話がある。でも、うまくいっていない。市民球場跡地に作れれば一番いいのだけど。港の方に作る案も出ているが。「3回優勝したら」と約束したくせに市長ははぐらかしている……などなど。

記者から聞く話も、サポーターから聞く話も、まったくと言っていいほど同じ内容だったから、「スタジアム問題」は広島のサッカー関係者(サポーター含む)の間では共有の話題なのだろう、

とはいえ、「新スタジアム」や「サッカー専用スタジアム」の建設を求める声は、Jリーグのあちこちで上がっていて、でもその大半は僕から見て現実味の薄そうな話で、それどころか(怒られるのを覚悟で言ってしまえば)「新スタジアムどころか、おたくの自治体、大丈夫?」と別の心配をしたくなるようなホームタウンも少なくないのが現実である。

基本的な市民サービスを維持することにさえ汲々としているのに「サッカー専用」なんて贅沢を言っている場合じゃないのでは、なんて良識的な判断が先に浮かぶんでしまうのだ(そんなとこで横断幕を掲げる前に選挙に行け!と感じるのもやっぱり良識的な感覚だと思う)。

それなのに広島駅から2つの橋を渡って太田川のほとりまで歩いたのは、広島の人たちが共有している「スタジアム」問題が、具体的で現実的な段階(あるいはその直前)まで来ているように聞こえたからだ。

もしも実現するのなら、その候補地の一つくらいは建設前に訪れておきたい。そう思って、旧市民球場を目指した。

旧市民球場の跡地に立って

市民球場跡地は見事にさら地になっていて、ガランとしていた。犬の散歩をしていた人に尋ねたら、時々イベント会場となる以外は、だいたいこんな感じなのだという。

市街地のど真ん中にぽっかりと空いた余白。商店街があって、ホテルがあって、役所があって、便利な場所であることは言うまでもない。こんな一等地が何年も空地のままであること自体が不思議だが、それこそが跡地利用に苦慮していることの証なのだろう。

通りをはさんだ向こう側には旧産業奨励館、いわゆる原爆ドームがある。ヒロシマにとっては特別な場所である。ここにサッカースタジアムを作ることに抵抗を感じる人の気持ちもわかるような気がした。

原爆ドームと反対側、かつての野球場で言えばライト側に、スタンドの一角が残されているのが見えた。腰を下ろしてみたいと思って近づいてみたけど、柵で囲われていて立ち入ることはできなかった。

それでも敷地の一角に、カープの栄光を刻んだレリーフが残されていたりして、「赤ヘル旋風」も「江夏の21球」も「鉄人衣笠」もリアルタイムで経験しながら大人になった僕にとっては懐かしかった(おかげでいまでも「カープ、カープ、カープひろしま」とファンでもないのに歌うことができる)。

だから――もしも、ここにサッカースタジアムを建てるとしたら、カープの記憶も取り入れたものにしでほしいな。それがはじめに思ったことだった。

せっかく取り除かずに残してある外野席をスタンドに組み込むとか、シートを一部でいいから赤くするとか(実はサンフレッチェがチームカラーをなぜ赤にできなかったのかは僕の23年来の疑問だ)。

そして、やっぱり原爆ドームが望めるようにしてほしい。マツダスタジアムが収容人員を減らしてまで、新幹線に向けてスタンドを切ったように、南方向(でいいのかな?)はスタンドを低くするなり、一部を開くなりして。

そうすればサッカー場は「ヒロシマを想う場所」にもなる。8月6日には大勢の市民が集える「祈りの場」にもなるかもしれない。

そんなスタジアムがここにできたら、広島にとっても、ヒロシマにとっても、もちろんサンフレッチェにとっても……。

市民球場跡地でのわずかな時間、70年の月日を行き来しながら、ホームタウンとスタジアムにまつわる夢想はどこまでも広がっていったのだった。

ガンバのシナリオ

ガンバ大阪が先制した。

決めたのはまたしても今野。遠藤のコーナーキックをボレーで蹴り込んだ。これでチャンピオンシップ3戦連発。やっぱりゴール前での決定力は並のFWをしのぐ。

ホームでの第1戦を2対3で落としたガンバがこの試合で目指すのは「2対0」だ(1対0ではアウェイゴールの差で負けてしまう)。

特に大事なのは「2」ではなく「0」の方。逆転優勝のためには、サンフレッチェを「0」で封じることが優先順位の一番。もしも得点を許してしまえば、その瞬間に可能性は一気に小さくなってしまう。

だから勝たなければならないこの試合でも、前線にはパトリックではなく、長沢を先発させた。

まずはサンフレッチェの攻撃を抑えること。そして先制点のチャンスを狙う。首尾よくゴールを先に奪えれば、次の1点を“逆転チャンピオンゴール”にすることができる。

そう、今野のゴールはまさにシナリオ通りの先制点だったのだ。時間は27分。これも悪くなかった。

サンフレッチェは強い

しかし、サンフレッチェである。慌てる様子がまったくなかった。

ガンバに攻められている時間が多いというのに(もう1点取られたら、つかみかけていたチャンピオンを逃してしまう瀬戸際だとというのに)、第1戦でもそうだったように千葉、塩谷、佐々木が最後尾に力強く構え、その前方で青山と森崎カズが巧みにポジションを取りながら、バランスを崩すことは決してない。

そんなサンフレッチェの落ち着きに勢いを吸収されるように、ガンバの攻撃が徐々に迫力を失っていく。

それどころかカウンターで息の根を止められそうになり、可能性を追いかけているはずのガンバの方が、むしろ追い込まれているような、そんなふうに見えることさえあった。

チーム力。

ガンバのシナリオ通りに進んでいるはずのゲームの最中に、じわじわと感じさせられたのは、一言で言い切られるその力の確かさだった。

「選手が自分たちで感じて、何をしなければならないのかを判断することができる」

第1戦が終わった後、森保監督がそんなふうに語っていたが、まさに「しなければならないこと」をサンフレッチェの選手たちはしていた。そればかりか「しなくてもいい心配」とか、「しても意味がない願望」とかに振り回されることもなく、試合の流れに乗ってプレーを続けていた。

サンフレッチェは強い。本当に強い。

チャンピオンを決める「1点」の攻防が行なわれている真っ最中だというのに、そう確信的に思い知らされほど、サンフレッチェの強さは際立っていた。

交代出場の二人が決めた

後半。いつものように佐藤寿人に代わって浅野がピッチに送り込まれる。そして早速、快速を披露。そのスピードにスタンドが沸く。

さらにミキッチに代えて柏。やっぱり右サイドで存分にキレ味を発揮する。

チーム力は総合力と言い換えることもできる。

交代して出てくる選手がまたいいのだ。ビッグネームではない。でも個性的で魅力的。登場するやいなや、ゲームの色合いまではっきり変えてしまう。

サンフレッチェは決して潤沢な資金を持つクラブではない。それどころか毎年のように主力選手を失う。それなのに補充してきた選手が、確実にチーム力を高める。

今季にしても、昨年8位に終わった上に、高萩、石原が移籍。暗雲が漂う事態だったはずだ。それなのに、この強さ。

森保監督の手腕なのか、フロントの眼力の確かさなのか(たぶん両方だろう)。

とにかく選手の名前だけ追えば戦力が落ちたように見えても、チーム力を落とすことはないのだから感心するしかない。

つまるところ、クラブとしての総合的な力が強いのだ。

勝負を決めたのも、交代出場の二人だった。

31分。右サイドから柏が入れたクロスを、浅野がハイジャンプ。ヘディングでゴールマウスに叩き込んだ。

1対1。しかし、ガンバが逆転するには2点を取り返さなければならない。事実上のダメ押し点。チャンピオンを手中に収めるゴールだった。

俺にはできないな

これでチャンピオンシップの3試合が終わった。

年間勝ち点2位の浦和レッズがガンバ大阪に敗れ、年間順位3位へ“降格”することになったが、年間チャンピオンには年間勝ち点1位のサンフレッチェ広島が就き、まあ無難に改革初年度を終えることができた(「年間勝ち点」とか「年間順位」とか、この一連の原稿だけで何度書いただろう。本当に煩雑だ)。

ネット上で喧騒の的にならずにすんで、ほっとしている立場の人も少なくないだろう。

サンフレッチェは、ここ4年で実に3度目の優勝。

この間、メンバーは入れ替わったが、サッカーのスタイル――最終ラインからパスをつなぐポゼッションサッカーが変わることはなかった。

そして、パスサッカーを基調としつつも、スペースがあればポジションと関わりなく、ボールを持ちあがり、すべての選手が攻撃に絡む意欲を常に持っていることも、個人戦とチーム戦の意識をやっぱりすべての選手が持っていることも、変わることはなかった。

チャンピオンシップの3試合を見ただけでも、ガンバ大阪や浦和レッズも強いチームだが、サンフレッチェ広島は強さの種類が違うように感じた。

強いだけでなく、個性的で魅力的なチームでもあった。

あと1点に迫りながら、逆転チャンピオンを手繰り寄せることができなかった長谷川監督も森保監督を讃えた。

「(去年8位で)俺だったら勝てなかったら変えたりしたくなる。でも(森保は)愚直にやり続ける。同じサッカーをやり通す。それに、あの時間帯に寿人を代えるのは……俺にはできないな」

かつてワールドカップを目指してともに戦った仲間だ。敗れた悔しさよりも、同じ時代を駆けてきたシンパシーが滲むその口調を聞きながら「ドーハ」の鉄火場のようなグランドが思い出された。

そういえば、明日もドーハ組が指揮を執る試合がある。大阪で、2015年のJリーグ、最後のゲームが行なわれるのだ。(つづく

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』(光文社)にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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