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「2013年6月」の覚書

川端康生フリーライター

本田の存在感

90分を通じて印象に残っているのはやはり本田だ。

ボールが収まる。受けて、収めて、奪われない。だから攻撃に厚みが出る。

もちろん、諸手を挙げて称賛できるほど日本代表の攻撃がスムーズだったわけではない。それでも、わすか数日前のブルガリア戦とは比べようもないほど、香川も、遠藤も生きた。

コンディションは、懸念されていた通り、よさそうには見えなかった。タイムアップの瞬間までピッチに立っていることはないかも、と思いながら見ていた。

それでも結局、最後の最後、試合を決めた。冷静と情熱の間で自らをコントロールして――そしてチームを勝利に、日本代表をワールドカップに導いた。

やっぱり本田は大したものだ。その存在感をしみじみ感じた。

「大一番」の意味

試合後の会見も印象的だった。

あまりに和やかだったからだ。ザッケローニ監督だけではない。オーストラリアのオジェック監督も、ものすごく上機嫌だった。

試合前には(特にテレビでは)言いにくかったこのゲームの位置付け――日本にとってだけでなく、オーストラリアにとっても、「引き分けOK」な試合だったことを、改めて感じた。

もちろん(引き分けよりも)勝った方がいいに決まっている。

でも勝ち点「1」を加えればワールドカップが決まる日本と同じように、オーストラリアもここで勝ち点「1」を加えておけば、ホームでの残り2戦勝利でワールドカップ出場権を得ることができるのだ。

その意味では、両チームにとって「勝たなければならない一戦」ではなかった。「崖っぷちのオーストラリアが本気で勝ちにくる」的なムードは、“煽り”の賜物だった。

事実(特に後半の)オーストラリアはかなりセーフティな戦い方だった。あの「偶然のゴール」(ザッケローニ監督)がなければ、終盤は両チームが“つつがないサッカー”でタイムアップの笛を迎えた可能性は高い。

(ザッケローニだけでなく)オジェックも冗談を飛ばしながら応じた、そんな記者会見を聞きながら、“周囲の喧騒”との温度差についていまさらながら実感した。

(そんな和やかな会見の中で、「選手交代」について問われたときだけ、ザッケローニが表情を強張らせたことも記しておかなければならない。実際、<前田⇔栗原>、<内田⇔ハーフナー>の交代は不可解だった)。

熱気の正体

それにしても埼玉スタジアムの熱気は凄まじかった。

本田がPKを決めた瞬間の、空気がビリビリと音を立てて震える感じは、あの2002年ワールドカップ、ベルギー戦で鈴木隆之がゴールを奪ったときを想起させた。

ただ、同じ「熱気」でも、やはり11年前のそれと今日のそれとは、僕にはどこか違って感じられた。色に例えて言うなら、「赤」から「ピンク」へ。そんな気がした。

別に文句を言っているわけではない。ノスタルジーに浸りたいわけでもない。

それでも浦和美園駅からの車中で話したレプリカを着たサポーターたちに「Jリーグも見に行く?」と尋ねて、あっさり首を振られる――そんな経験が増えてきた昨今、少し不安になってしまうのだ。

いや、日本代表は国民的関心事。「国民的」である以上、「サッカー」とイコールでないことは承知している。

それでも――ジョホールバルで完結したあの物語を体験した身としては、「熱気の正体」がやっぱり気になる……そんなワールドカップ出場決定の夜だった。

フリーライター

1965年生まれ。早稲田大学中退後、『週刊宝石』にて経済を中心に社会、芸能、スポーツなどを取材。1990年以後はスポーツ誌を中心に一般誌、ビジネス誌などで執筆。著書に『冒険者たち』(学研)、『星屑たち』(双葉社)、『日韓ワールドカップの覚書』(講談社)、『東京マラソンの舞台裏』(枻出版)など。

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