Yahoo!ニュース

コロナの誤情報で人が死ぬ 米医務総監が健康関連の誤情報対策を勧告

片瀬ケイ在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー
健康に関する誤情報は「公衆衛生に対する緊急の脅威」と説明するマーシー医務総監(写真:ロイター/アフロ)

未接種者間のパンデミック

 米国のビベック・マーシー医務総監は7月15日、「健康に関する誤情報に立ち向かう」と題する勧告文書を発表した。医務総監は連邦政府が全市民の健康を守り、向上させる施策、政策を勧告する公衆衛生の責任者。古くは喫煙による健康被害から、最近ではアルコールや薬物中毒、若者の電子タバコ使用など、人間が体内に取り込む有害物質に警鐘をならしてきた。ところが今や、インターネットやソーシャルメディア上の氾濫する「誤情報や偽情報」こそが、公衆衛生が直面している、見逃すことのできない脅威だという。

 新型コロナで60万人以上の死者を出している米国だが、昨年末からワクチン接種を開始し、現在までに成人の約6割が2回の接種を完了。ワクチン効果で春頃から全米各地のコロナ感染件数や入院が大きく減少し、本格的な経済再開にこぎつけた。しかしここにきて、特にワクチン接種率が低い地域で感染や入院が急速に増え始めている。(注1)

 大きな要因は、感染力が強く、若年層でも短期間で重症化する例が多い「デルタ株」の脅威と、それを防ぐワクチン接種の緊急性に対する認識に温度差があることだ。例えばミズーリ州の人口密度が低い地域では、過去に感染者が少なかったことから「コロナに罹った人なんて自分の周囲にはいない」、「デルタ株なんてメディアが騒いでるだけ」、「ワクチンの方が危険だ」と感じる人が多く、2回のワクチン接種を完了した人は24%以下。日常生活でマスクを使わなくなる一方で、感染が低かった地域では、罹患によって抗体を得た人も少ない。そんな環境でデルタ株はあっという間に広がり、病院の集中治療室が満床になるという危機に直面している。

 同じく2回の接種を完了した人が35%しかいないアーカンソー州の病院でも、コロナによる入院患者が急増し医療体制がひっ迫。再びコロナ以外の治療については制限、または延期せざるを得ない状況になりつつある。またジョージア州の24歳の男性は、「基礎疾患もなく、若者は罹っても軽症だ」と考え、家族の中で唯一、ワクチン接種を受けていなかった。しかしフロリダに遊びに行ってコロナに感染し、数週間後には両肺の移植手術が必要になった。

 重症化で入院した患者の97%は、ワクチン未接種または1回しか受けていない人たちだ。テネシー、ジョージア、ネバダ、テキサス、フロリダ州をはじめ、全米のワクチン接種率が低い地域でデルタ株が猛威を振るいはじめ、1日あたりの全米死者数が再び400人に近づいている。このため米疾病対策センター(CDC)のワレンスキー所長は、「未接種者の間でパンデミック(大流行)になりつつある」との懸念を表明した(注2)。

防げるはずのコロナ死

 米国では食品スーパー内の薬局でもワクチン接種を受けられ、地域によっては訪問接種も実施しているので、接種を受ける上での物理的な障害はほとんどない。むしろワクチン接種に不安がある、受ける必要性を感じないという人たちが相当数いるために、接種率が頭打ちになってしまっている。「接種を受けない」選択をする市民の3分の2は、科学的根拠のある正確な情報ではなく、「ワクチンでコロナに感染する」、「短期で開発、認可したワクチンは危険だ」、「ワクチンで不妊になる」など、インターネットで拡散される誤情報を参考にしているという。

 マーシー医務総監は記者会見で、「誤情報にひきずられ、リスクの高い環境でもマスク着用を拒んだり、ワクチン接種を受けないという選択をしてしまったりする市民がいる。その結果、防ぐことのできる病気や死を招いてしまった。端的に言えば、健康に関する誤情報のために、人が命を落としているのです」と述べた。 

 そして社会全体で健康関連の誤情報の拡散を減らすために、市民や教育機関、メディア、医療者、デジタルプラットフォームなどが行うべきことを勧告書に盛り込んでいる(注3)。

以下は勧告内容の一部だが、例えば――

個人:目にする情報が信頼できるかどうかを確認し、不確かな情報はシェアしない。誤情報を信じている家族や友人とは対立するのではなく、相手が懸念していることに耳を傾け、違った見方ができるような話し合いを試みる。

教育機関:子供から大人までを対象に、情報の信頼性、怪しい情報の見きわめ方、論理性や根拠、アルゴリズムによる影響を教え、市民のメディア・リテラシーを高める

メディア:異なる観点を紹介する際にはそれぞれの確固たる根拠を示すとともに、その時点での科学的なコンセンサスがどこにあるかを明確に示す

デジタルプラットフォーム:アルゴリズムを含め、誤情報や偽情報を拡散する結果となるようなデザインを変更するなど、害を及ぼさないように責任を持って対応する。誤情報、偽情報の「スーパー・スプレッダー」など、各プラットフォームの投稿方針に反するようなアカウントを早期に特定し、対処する。

みんなで取り組むまで終わらない

 マーシー医務総監はインドからの移民の息子として英国で生まれ、家族とともにアメリカに渡った人だ。記者会見で、いつものように落ち着いた語り口で勧告内容を説明した後、一瞬、言葉につまりながら、こうきりだした。「今、(米国で)起きているコロナによる死亡はほとんど防げたものです。個人的なことですが、それを考えると非常につらい気持ちになります。私は(インドにいた)10人の家族、親戚をコロナで失いました。ワクチンを打つことが可能だったならと、今も悔やまれます」

 さらに「私には幼い子供もいます。まだワクチンを打てる年齢ではありません。そういう子供たちは、私たちみんながワクチンを打つことで感染を抑制し、自分達を感染から守ってくれることが頼りです」と続けた。ワクチンを打たないという選択肢がある一方で、自分やコミュニティを守るために、ワクチンを打ちたくてもワクチンがない、打てる年齢や健康状態ではない人が国内外に沢山いる。

 一部の国や地域でコロナ感染を抑制できても、別の場所で感染が広がれば新たな変異株が発生する機会も増えてしまう。そして当たり前の日常生活を送るために人が移動することで、再び感染しやすい人がいるところにコロナウィルスは広がっていく。

 ファイザー/ビオンテック共同開発のワクチンも、モデルナ開発のワクチンも、すでにFDAに正式承認の申請をしており、年内にも正式承認が下りる見通しのようだ。また両社とも12歳未満の子ども向けワクチンの臨床試験を進めており、冬には一部の子供向けのワクチンの緊急使用許可に向けた審査が行われそうだ。

 自分や家族、みんなの健康にとってより良い判断ができるように、信頼できる発信源から、最新の情報をとることがますます重要になる。「ニュースは断片的な情報で、よくわからない!」という人は、自分が信頼するかかりつけの医師に直接聞いてみることをお勧めします。

参考リンク

(注1)CDCによる新型コロナ感染データ 中ほどの地図のオレンジ、赤い地域で感染が急増している。(英語リンク)

(注2)未接種者の間でコロナ感染が急増していることを伝えるNBCテレビのニュース(英語リンク)

(注3)健康に関する誤情報に関する医務総監の勧告書全文(英語リンク)

在米ジャーナリスト、翻訳者、がんサバイバー

 東京生まれ。日本での記者職を経て、1995年より米国在住。米国の政治社会、医療事情などを日本のメディアに寄稿している。2008年、43歳で卵巣がんの診断を受け、米国での手術、化学療法を経てがんサバイバーに。のちの遺伝子検査で、大腸がんや婦人科がん等の発症リスクが高くなるリンチ症候群であることが判明。翻訳書に『ファック・キャンサー』(筑摩書房)、共著に『コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿』(光文社新書)、『夫婦別姓』(ちくま新書)、共訳書に『RPMで自閉症を理解する』がある。なお、私は医療従事者ではありません。病気の診断、治療については必ず医師にご相談下さい。

片瀬ケイの最近の記事