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新型コロナワクチンはなぜ筋肉注射なのか?

紙谷聡小児感染症専門医、ワクチン学研究者
(写真:アフロ)

いよいよ日本でも2月17日から新型コロナワクチンの接種が始まりました。

世界的な新型コロナ感染拡大の収束の兆しがまだ見えない中、ワクチン接種はその収束に向けた要の一つであるとされています。

このシリーズでは、新型コロナワクチンにおける正しい情報や知識について解説していきます。今回はワクチンの打ち方について、特に筋肉注射と皮下注射の違いについて解説して、新型コロナワクチン(特に今回導入されたmRNAワクチンを例に)はなぜ筋肉注射をする必要があるのかを考えていきます。

皮下注射と筋肉注射のやり方の違い

それでは、まず皮下注射と筋肉注射の実際の打ち方の違いについてです。皮下注射とは、その字のごとく皮膚の下、すなわち皮下脂肪があるところに斜め45度から注射します(図1)。一方で、筋肉注射とは、皮膚や皮下脂肪のさらに奥にある筋肉に注射を垂直に注射します。

図1:皮下注射と筋肉注射のやり方の違い。参考文献1より引用。
図1:皮下注射と筋肉注射のやり方の違い。参考文献1より引用。

皮下注射は日本では慣習的に古くからおこなわれており、インフルエンザの予防接種などでも馴染みが深いかと思いますが、筋肉注射はどうでしょうか。今、筋肉注射は話題になっていますが、やはり日本では一般的でなく馴染みが薄いでしょう。しかし日本の常識とは裏腹に、実は海外の多くの国々では不活化ワクチンの予防接種の打ち方として筋肉注射が一般的なのです(※生ワクチンは皮下注射です)。

なぜ多くの国で筋肉注射が一般的なのか?皮下注射と比べて何が違うのか?

そのなぞを紐解いていくために、まずその違いについて主に効果や安全性を中心に解説します。まず一番気になる安全性についてですが、結論から言いますと、多くのワクチンにおいて筋肉注射の方が皮下注射と比べて実は局所の反応(痛み、腫れなど)が少なくなることが知られています(1)。

「え?筋肉注射の方が痛みや腫れが少ないのは想像していたこととちがう!?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これは実は考えてみると自然な体のしくみなのかもしれません。身近な体験として例えば、皮膚を思いっきりつねられるとするどい痛みを感じて、イタタっと叫びたくなるくらい痛いですよね。

一方で、いわゆる運動のしすぎなどで起こる「筋肉痛」ってもっとにぶい痛みではないでしょうか?もっと、じわっとくるにぶいもので、筋肉痛で叫びたくなるほどの痛みというのはあまり聞かないです。実は、筋肉という組織は、表面の皮膚に近いところよりも「鈍感」であり、筋肉は痛みを感じる神経が少ないともいわれています(2)。 そのような「鈍感」な筋肉に、とてもほそーい針をほんの数秒間ほどチクっと注射しても、鈍感なので皮下よりも痛みを感じにくいようです。

さらに詳しく安全性について考えていきます。実は、安全面において皮下注射の方がよりリスクが高いワクチンもあります。特にアジュバントといったワクチンの効果を高める成分が入ったワクチン(4種混合ワクチン、13価肺炎球菌ワクチン、ヒブワクチンなど)は、局所の反応がでやすいため、皮下注射をするとより多く痛みや腫れ、そして強い炎症や肉芽を生じる可能性があることが知られています(1)。そのため、このようなワクチンでは、こうした不快な局所の反応を「軽減」するために皮下注射ではなく「筋肉注射」で投与することが世界では推奨されています。

今回日本に導入されたmRNAワクチンはなぜ筋肉注射なのか?

図2:筋肉注射や皮下注射での免疫細胞の分布。いらすとやさんと参考文献1より筆者作成。
図2:筋肉注射や皮下注射での免疫細胞の分布。いらすとやさんと参考文献1より筆者作成。

さて、今回導入されたファイザー・ビオンテック社製や導入予定のモデルナ社製のmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンは特に、この筋肉注射での接種が極めて重要となります。これは、筋肉の中は血流が豊富で免疫細胞も多く分布するため、筋肉に注射されたワクチンの成分を免疫細胞が見つけやすく、その分その後のワクチンによる免疫の活性化が起きやすくなると考えられているからです(図2)(3)。 

一方で、皮下の脂肪組織の部位は、血流は多くなく免疫細胞の分布も少ないため、ワクチンの成分が免疫細胞に発見されづらくなります。さらに、脂肪組織の部位は吸収が遅いためワクチンの成分をその場に留めて停滞させてしまいやすく、ただでさえ壊れやすいmRNAワクチンは、免疫細胞を活性化するという仕事を全うすることなく分解されてしまうリスクがあります。

また、mRNAワクチンは効果が抜群な分、局所の反応も起きやすいため、なおのこと局所の反応を抑えやすい筋肉注射をすることが重要になります。

せっかく決心して予防注射をしたのに効果が減ってしまっては元も子もありません。よって、きちんと定められた方法、すなわち筋肉注射でmRNAワクチンを接種することが大切なのです。

筋肉注射をする際に注意しなければならない方は?

主に病気やお薬の影響で出血をしやすい方です。すなわち、ワーファリンなどの血をさらさらにするお薬を飲んでいらっしゃる方や、もともと血が止まりにくい病気をお持ちの方は、新型コロナワクチンの筋肉注射をする前に必ず医師や看護師に伝えて、通常より細めの針を使用したり、接種後に少なくとも2分ほど接種部位を圧迫するなどの処置が血種の予防として重要となります。新型コロナウイルスワクチンの予診票にも、血が止まりにくい病気があるかどうかなどの質問項目があるので安心ですね。他に、進行性骨化性線維異形成症を持つ児に筋肉注射は打てません。

シリンジを引く逆血の確認は必要か?

ちなみに、これは医療者向けの知識ですが、ワクチン接種をする三角筋などの筋肉注射では通常大きな血管はないため、海外では逆血確認のシリンジを引く必要はないとされています(※あくまで予防接種についてのみ)。予防接種において、筋肉注射でも皮下注射でもシリンジを引くと「痛い」ので不利益の方が多く(4)、有名なプロトキン先生のワクチンの教科書にも、米国疾病予防管理センター(CDC)の予防接種ガイドラインにも逆血確認は必要ないとしています(1,5)。

「私はワクチン接種で逆血確認が必要と習いました!」といわれる方もいるでしょうし、かく言う私も10年以上前にそのように習った記憶があります。ですが、時代とともに医学は日々進歩しており、どんどん新しい知識や知見を学んでいく必要があるのが医学の常だなぁと思っています。

こうした知見から、世界の多くの国々では、生ワクチン以外のワクチンはこの筋肉注射での予防接種が広く一般的に行われています。痛みも少なめですし、ワクチンによっては効果もより高いのであれば、それを選ばない理由が見つかりません。

ただ、昔から慣習的に行っていることを急に変えるという事に躊躇する気持ちや不安になる気持ちもよくわかります。しかし、ワクチン接種が多い小児科の分野では、実はこうした筋肉注射への理解や知識を深めようとする動きはすでに以前から行われており、日本小児科学会では小児に対するワクチンの筋肉内接種法の詳細について医師向けに解説をしています(6)。

以上、今回は筋肉注射は垂直に注射するから「見た目は痛そう」ですが、実際は皮下注射と比べると痛みなども少なく利点が多いことを解説しました(※ただし、痛みの感じ方は個人差が大きいので、これはあくまで多くの研究や海外での経験からわかっている一般的な知識として捉えてください)。

注射の打ち方一つとっても、ワクチン学はとても奥が深い分野ですね。

参考文献

1.Vaccine Administration. Centers for Disease Control and Prevention. at https://www.cdc.gov/vaccines/hcp/acip-recs/general-recs/administration.html.)

2.Greenblatt DJ, Koch-Weser J. Intramuscular injection of drugs. N Engl J Med 1976;295:542-6.

3.Zeng C, Zhang C, Walker PG, Dong Y. Formulation and Delivery Technologies for mRNA Vaccines. Curr Top Microbiol Immunol 2020.

4.Ipp M, Taddio A, Sam J, Gladbach M, Parkin PC. Vaccine-related pain: randomised controlled trial of two injection techniques. Arch Dis Child 2007;92:1105-8.

5.General Immunization Practices. Plotkin's Vaccines. Seventh ed: Elsevier, Inc.

6.小児に対するワクチンの筋肉内接種法について. 日本小児科学会. at http://www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=301.)

小児感染症専門医、ワクチン学研究者

エモリー大学小児感染症科助教授。日本・米国小児科専門医。米国小児感染症専門医。富山大学医学部を卒業後、立川相互病院、国立成育医療研究センターなどを経て渡米。現在、小児感染症診療に携わる傍ら、米国立アレルギー感染症研究所が主導するワクチン治療評価部門共同研究者として新型コロナウイルスワクチンなどの臨床試験や安全性評価に従事。さらに米国疾病予防管理センター(CDC)とも連携して認可後のワクチンの安全性評価も行っている。※記事は個人としての発信であり組織を代表するものではありません。

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