Yahoo!ニュース

なぜ売れ続ける?コロナ禍の2020年、アナログレコードが過去最高売上を実現できた理由

ジェイ・コウガミデジタル音楽ジャーナリスト
Technics SL-1200LTD(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルスがあらゆる産業を壊滅的状況に追い込んでいる中、アナログレコードの市場が、かつてない勢いで伸びています。

11月27日、「レコード・ストア・デイ」が主催する、ブラックフライデーのイベントが、アメリカ全国規模で開催されました。開催といっても、レコードストアがオンライン販売したり、ソーシャルディスタンスで感染予防対策を取るなどの行動規制に準じて行われました。

image via Record Store Day

新型コロナによる被害が留まる所を知らないアメリカですが、2020年のブラックフライデー・セールイベントは、結果的に大成功に終わっただけでなく、アメリカの音楽史上、過去最高のアナログ売上を達成した記録的な1週間を実現しました。

日本でも、新型コロナの影響によって、音楽小売店、特にCDの売上低迷が深刻化しています。米国では、CD市場は人気がありませんが、成長が続いていたアナログレコード市場に悪影響を及ぼすことが懸念されていました。

しかし、今年は予想を覆す勢いで売上が拡大、人気健在を象徴することとなりました。オンラインプラットフォームやD2Cを活用して、昨年よりもオンライン販売で業績を伸ばすレコードストア経営者も現れています。

またレコード・ストア・デイ運営者も、毎年4月に開催する予定だった毎年恒例のイベントの開催を諦める代わりに、イベントを”分散化”させ、年に複数回開催する施策にシフト。こうしたレコードストアの成功と、セールイベントの取り組みが成功したことは、2020年の音楽業界にとって、明るい話題の一つと言えます。

11月27日から12月3日の1週間におけるアナログレコードの売上規模は、125万3000枚。これは、ニールセンが米国の音楽売上数を集計し始めた1991年以降、週単位で過去最高の売上枚数となっています。1991年以降、レコードの週売上が100万枚を越えたのは、今回が2回目です。

これまで米国での過去最高記録は、昨年のクリスマス週の124万3000枚でした。

ブラックフライデーでは、独立系レコードストアが健闘しました。売上枚数は54万2000枚。これまで独立系レコードストアで販売された週単位での過去最高記録は、2019年4月のレコード・ストア・デイ週で67万3000枚でしたので、2020年は過去2番目に多いレコード購入枚数が達成されたのです。

Amazonやターゲット、ウォールマート、Barnes & Nobleなど大手小売店でも多くレコードが購入され、それぞれの店舗では、ブラックフライデーに伴ったセールスプロモーションが数多く展開されました。

外出制限や、営業自粛、時には閉店の危機にさらされやすい小売店の中でも、未だにレコード売上を牽引しているのは、独立系レコードストアとその根強い人気であり、全体売上の43%を占めました。

最も購入されたアナログLPは、ハリー・スタイルズの『ファイン・ライン』で1万5000枚。2位はビンス・ガラルディの『A Charlie Brown Christmas TV Speical』と定番のジャズアルバムが1万1000枚購入されました。

3位はクイーンの『グレイテスト・ヒッツ』(11000枚)、4位はビリー・アイリッシュの『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』が1万枚。5位はテイラー・スウィフトの今年リリースしたばかりの『Folklore』が1万枚と、アナログレコードでもテイラー・スウィフトの人気が伺えます。

6位はフィッシュの『Sigma Oasis』。ビートルズの『アビーロード』が9000枚で7位になっています。

レコード・ストア・デイ・ブラックフライデー限定のリリースも人気でした。Alice In Chainsの『Sap EP』は8500枚が買われ8位。U2の『Boy』は8000枚。My Chamical Romanceの『Life on the Murder Scene』は8000枚で10位にランクインしました。

上記3作は、これまでCDやDVDセットのみで販売されてきた作品で、アナログ化は初となる作品でもあったため、ファンや音楽好きの間で人気を集めました。

売上順でトップ10を並べると以下の通り。

1.ハリー・スタイルズ『ファイン・ライン』1万5000枚

2.ビンス・ガラルディ『A Charlie Brown Christmas TV Speical』1万1000枚

3.クイーン『グレイテスト・ヒッツ』(1万1000枚)

4.ビリー・アイリッシュ『When We All Fall Asleep,Where Do We Go?』1万枚

5.テイラー・スウィフト『Folklore』1万枚

6.フィッシュ『Sigma Oasis』9000枚

7.ビートルズの『アビーロード』9000枚

8.Alice In Chains『Sap EP』8500枚

9.U2『Boy』8000枚

10.My Chamical Romance『Life on the Murder Scene』8000枚

ハリー・スタイルズ、ビリー・アイリッシュ、テイラー・スウィフト、フィッシュの2019年、2020年リリース作品が並ぶ中で、定番ともなったクイーンとビートルズ。さらに、これまでアナログ未発表だった作品がリリースされているところをみると、カタログのアナログ需要には投資する価値があることが見えてきます。

2006年から2019年までの米アナログレコード売上の推移 via Statista
2006年から2019年までの米アナログレコード売上の推移 via Statista

全米レコード協会(RIAA)によれば、新型コロナウイルスの感染拡大が始まる前、2019年のアナログレコード売上は前年比19%の勢いで成長して5億400万ドル、売上枚数は14.5%増加して188万枚が購入されました。

そして、ついにアナログレコードは、2020年上半期で売上高2億3210万ドルを記録し、CDの1億2990万ドルを超えるという快挙を成し遂げます。

2020年上半期、アメリカの音楽市場、ストリーミングは絶好調 via RIAA
2020年上半期、アメリカの音楽市場、ストリーミングは絶好調 via RIAA

コロナ禍にも関わらず、フィジカル音楽フォーマットでは、アナログレコードが1986年以来初めてCDを売上で逆転したのでした。

アメリカでは、2020年上半期、音楽ストリーミングの売上が、音楽市場の85%を占めるまで拡大しました。その中で、奮闘しているのが、アナログレコード市場で、特にライブによって収入が絶たれたインディーアーティストや、インディーレーベルの重要な収入源となっています。

アナログレコードのマーケットプレイスで世界展開するDiscogsのデータでも、2020年に入ってから、コロナ感染拡大後にアナログレコード消費が上昇したことが示されています(Discogsは、オンラインストアを持たない店舗経営者がオンライン販売するためのツールもサイト内で提供している)。

2020年上半期、Discogs経由では、5,814,855枚のレコードが購入され、売上は昨年比33.72%増加してきました。2020年5月には、単月での販売枚数が160万枚を突破、Discogs過去最高の売上を達成するという、マイルストーンも生まれました。

何もアクションを起こさなければ、ストアは閉鎖に追い込まれたり、アーティストたちは収入が無い生活が続いていたはずです。ですが、ストアオーナーやプラットフォームの対応が非常に素早かったこと、オンライン販売の強化にシフトすることで、コロナによる売上減少を最小限に食い止め、過去最高の売上を実現することへと繋がったと言えます。

「レコード・ストア・デイ」運営者に代表されるように、アナログレコードの世界では、普段から、レコードストアの経営者や、ディストリビューターなどで、B2Bのコミュニティが形成されており、店舗運営やオンライン販売に役立つビジネス用ツールを開発してきたことが、危機に瀕する店舗でも迅速に対処できた要因として挙げられます。

デジタル音楽ジャーナリスト

専門は「世界の音楽ビジネス、音楽業界xテクノロジー」の執筆・取材・リサーチ。音楽ビジネスメディア「All Digital Music」、音楽業界専門のマーケティング支援会社「Music Ally Japan」や、音楽ストリーミング・データ分析プラットフォーム「Chartmetric」日本事業展開も担当。グローバル音楽業界、レコード会社、ストリーミングサービスのビジネスモデル、トレンド分析、企業分析に関する記事執筆多数。

ジェイ・コウガミの最近の記事