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【卓球】張本智和は勝利の瞬間、なぜ叫ばなかったのか

伊藤条太卓球コラムニスト
張本智和/森薗政崇(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

東京体育館で行われている2023年全日本卓球選手権は、28日で大会6日目を迎えたが、そこで行われた男子ダブルス準決勝で印象的な場面があった。

張本智和/森薗政崇と大島祐哉/田添健汰が大打撃戦となり、勝負は最終ゲームにもつれ込んだ。張本、森薗、大島はそれぞれ別のパートナーでの優勝経験があるが、このペアでの優勝経験はない。ダブルスの成績はパリ五輪選考ポイントと関係がないとはいえ、昭和11年から連綿と続く「全日本」の優勝者リストにその名を連ねることは、卓球人にとってこの上ない栄誉だ。どちらもなんとしても勝ちたい。

最終ゲームは大島/田添が8-3と大きくリードし、勝負あったかに見えたが、張本/森薗はここから5本連取して8-8と驚異的な追い上げを見せる。その後、大島/田添が10-9とマッチポイントを握ったが、張本/森薗がまたも追いついて10-10。

ここからも取って取られてが続いたが、最後は森薗の渾身のフォアハンドドライブが相手の台をかすめ、14-12で張本/森薗が決勝進出を決めた。

勝った瞬間、森薗は床に仰向けに倒れ込み、張本が覆い被さって喜びを爆発させたが、二人とも勝利の雄叫びを上げることはなかった。最後の得点が、ボールが台をかすめる”エッジボール”だったからだ。エッジボールや、ネットに触れてから入る”ネットイン”は、狙ってやるものではなく、技量と無関係に起こるものだ。それどころか、わずかにズレていたら入らなかったボールなのだから、むしろミスに近く、アクシデントのようなものなのだ。

そうしたアクシデントによる得点をしたときには、喜んだり叫んだりしないというのが卓球界のマナーなのである。実力と関係のない得点で喜ぶことを良しとしない考えの表れである。もちろん内心は嬉しいし、ルールではないから叫んでも罰則があるわけではないが、少なくとも全国大会に出場するレベルの選手は全員が身に着けているマナーだ。国際的にも同じである。

張本、森薗ともに卓球界有数の雄叫びを上げる選手だが、その二人でも、エッジボールやネットインで得点したときには、それが勝利の瞬間であったとしても、いや、それならなおのこと沈黙を守る。沈黙を守るどころか謝意さえ示す。

勝利の瞬間、張本は相手ペアに向けて人差し指を立てた。これは卓球界で国際的に定着している謝意の仕草なのである。ドイツを中心に、ヨーロッパでは手のひらを開いて手を挙げることは、ナチスの敬礼を想起されるとして禁止されており、挙手の際には人差し指を立てることになっている。それが卓球界にも定着しているのである(日本国内ではトップ選手に限られる)。

溢れる喜びを無言でわかちあった二人は、起き上がると握手で敗者を讃えたが、張本はひときわ入念に大島と田添の背中まで両手を回して抱擁し、何かを語りかけた。素晴らしい試合の最後をアクシデントで終わらせてしまったことの謝意の表れであろう。

人差し指を立てて謝意を示す張本智和
人差し指を立てて謝意を示す張本智和写真:アフロスポーツ

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、ソニー株式会社にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、地域の小中学生の卓球指導をしながら執筆活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。「ロックカフェ新宿ロフト」でのトークライブ配信中。チケットは下記「関連サイト」より。

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