24日から開幕した2022年全日本卓球。今大会は、あるルール変更が適用された最初の大会となる。従来、ラケットに貼るラバーの色は赤と黒に限定されていた。1980年代初頭、回転のかかり具合が極端に違う同じ色(多くは黒)のラバーを両面に貼り、サービスやラリー中にクルクル反転してどちらの面で打ったかわからないようにして相手を攪乱する「異質反転プレー」が流行した。そのため、ラケットを素早く反転する練習やら、打球音の違いを足音で掻き消す(今も卓球選手のサービスの動作に残っている)練習やらに血道を上げる若者が続出した。

スポーツらしからぬ光景に危機感を抱いた国際卓球連盟は、ラケットの両面に貼るラバーの見分けがつくように、一方を赤、もう一方を黒に限定するルールを導入した。1985年のことである。単に「違う色」にすると、必ずオレンジと赤など、見分けがつきにくい色のラバーを貼る奴が出てくるからだ(そういうスポーツなのだ)。実際、当時はラバーの色は何でもよかったのだ。

赤と黒に限定される前はこんなラバーも売られていた(「きゃんすぽーつ」真中康之氏所蔵 筆者撮影)
赤と黒に限定される前はこんなラバーも売られていた(「きゃんすぽーつ」真中康之氏所蔵 筆者撮影)

こうした経緯で、卓球のラバーは赤と黒だけになったのだが、昨年の10月、国際卓球連盟は、赤の代わりとしてブルー、グリーン、ピンク、ヴァイオレットの4種類を使用可能とするルール変更に踏み切った(片面は必ず黒)。いわゆる"カラーラバー"である。テレビや観客からの見栄えをよくし、選手も楽しめるようにとの施策である。今大会は、それが適用される初めての全日本卓球なのである。

現在公認を受けている卓球のラバーの製品は1600以上にもなるが、その多くの製品に赤と黒があり、それぞれに4種類ほどの厚みのラインナップがあるため、ひとつの製品だけで8種類ものラインナップになる。現状でも大変なのに、色が4種類も増えたらメーカーも流通もショップも管理しきれない。当初はそうした懸念があったが、すべての製品がカラーラバーを揃える義務があるわけではないので、大きな混乱もなく徐々に導入が広がっている。

こうした懸念をよそに、一般のユーザーにとっては、国際卓球連盟の目論見通り、選ぶ楽しみが増えたと歓迎されている。しかし、今大会での使用者は見たところ30人に一人程度の印象だ。全日本に出るような選手たちは、人生をかけて限界まで練習を積んできている。やれることはすべてやってきたが、それでも勝てるかどうかわからないから、神頼みをしたい心境になる。そのため、使うタオルや食事までをも勝敗に結びつけて縁起をかつぐ者も多い。そんな選手たちが、性能の差がないとはいえ、わざわざ使ったことのない色のラバーでボールを打つ気にならないのは当然と言える。カラーラバーが全日本の会場でもっと多く見られるようになるには、まだしばらく時間がかかりそうだ。

男子ダブルスでブルーを使う中野優選手 [JR北海道 (北海道)] 写真提供:卓球王国
男子ダブルスでブルーを使う中野優選手 [JR北海道 (北海道)] 写真提供:卓球王国

ジュニア女子でピンクを使う櫻井花選手 [Monsters (北海道)] 写真提供:卓球王国
ジュニア女子でピンクを使う櫻井花選手 [Monsters (北海道)] 写真提供:卓球王国

そんな中、カラーラバーをまったく別の目的で歓迎している卓球人がいる。埼玉県春日部市で卓球用具専門店『KASUKABE卓球』を営む清水伸子さんだ。清水さんが夫の一夫さんとこの店を開店したのは2001年。以来、豊富な品揃えで愛好家の支持を得てきたが、ここ2年の間に、かなり余計なモノまで揃えてしまっていた。様々なオブジェを作っては店内に飾っているのだ。

「KASUKABE卓球」を営む清水伸子さん(筆者撮影)
「KASUKABE卓球」を営む清水伸子さん(筆者撮影)

「KASUKABE卓球」の店内(筆者撮影)
「KASUKABE卓球」の店内(筆者撮影)

問題のオブジェ(筆者撮影)
問題のオブジェ(筆者撮影)

マンガのキャラクターと似顔絵がごっちゃになっている統一感のなさ、線がゆらいだ微妙に「雑な感じ」が、得も言われぬ迫力となっているが、迫力の理由はそれだけではない。

実はこれらはすべて、段ボール紙の土台以外は卓球のラバーだけでできているのだ。彩色はせず、色はすべてラバーの色そのままだ。卓球のラバーは二層構造になっており、表側の「シート」は赤と黒に限定されているが、裏側の「スポンジ」については規定がなく様々な色の製品がある(ラケットに貼った後はわずかに側面だけが見えることになる)。それらを切り貼りして作ったのがこの作品群なのだ。コロナ禍で暇だったことと、ラバーをただ捨てるのがもったいないこと、そして、湧き上がる創作意欲のなせる業であろう。

様々な色のスポンジがあるとはいえ、スポンジは気泡が入っていて光沢がなく、質感が限定される。それが今回、新たに4色のシートが登場したことによって作品の選択肢が広がるとあり、俄然、色めき立っているというわけなのだ(カラー化だけに)。

清水さんが工作に使っているラバーの切れ端(筆者撮影)
清水さんが工作に使っているラバーの切れ端(筆者撮影)

卓球のラバーは通常、長方形で売られている。清水さんはお客さんの求めに応じてこれを切ってラケットに貼るわけだが、そのときに出る切れ端だけを使って工作している。そのため、広い部分はどうしても継ぎはぎになってしまう。「未使用のラバーを使いたくなりませんか?」と聞くと「それは絶対にしません」と言う。売り物なのだから当然とはいえ、工作に熱が入ってくると新品に手をつけたくなることは想像に難くないが、そうした制限の下で工夫することこそが”切れ端アーティスト”としての矜持なのだろう。

畳の質感を再現するため、ヤサカ製の名品『マークV』のスポンジを細かく切って並べてある。こだわり過ぎである(筆者撮影)
畳の質感を再現するため、ヤサカ製の名品『マークV』のスポンジを細かく切って並べてある。こだわり過ぎである(筆者撮影)

清水さんは、ラバーの質感、形状をそのまま利用することにもこだわる。「たとえば顔のホクロは粒高ラバー(イボが長いラバー)の粒をそのまま使ってます」と、まるで本物の素材を使っていることを誇る料理人のように胸を張る。あまりの誇らしげな語り口に、うっかり感心してしまいそうだ。

顔のホクロには粒高ラバーの粒をそのまま使用しているという(筆者撮影)
顔のホクロには粒高ラバーの粒をそのまま使用しているという(筆者撮影)

現在は卓球マンガのキャラクターを「チーム戦が組めるほど揃える」という目標に向かって工作に精を出しているという。卓球マンガなのだから絵の中には当然ラケットも描かれ、そこには本物のラバーが貼られるのだろう。不覚にもこれも見たら「おおっ」と感心してしまいそうだ。

清水さんの目下の悩みは、茶色がないので茶髪を表現できないことだそうだ。「茶色のスポンジの製品を出してくれるメーカーがあるといいんですけど」と、清水さんは、卓球ラバー本来の目的を大きく逸脱した願望を口にした。

国際卓球連盟が36年ぶりに踏み切ったラバーのカラー化。それは思わぬアーティストに恩恵をもたらしていたが、彼らがそれを知ることはないし、私も知らせるつもりはない。