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【卓球】丹羽孝希はなぜ叫ばないのか 超速卓球を支えるもの

伊藤条太卓球コラムニスト
丹羽孝希(写真:ロイター/アフロ)

東京五輪2020卓球男子団体準々決勝の日本vsスウェーデン戦。4番で丹羽孝希が、2番で水谷隼を倒したエース、マティアス・ファルクを超速卓球で粉砕し、ベスト4進出を決めた。

卓球において精神力が重要な要素であることは論を俟たない。そのため、激しい競り合いで勝ったり、土壇場で大逆転勝ちしたりすると精神力が強いと賞賛される。

しかし実は、ある選手の精神力の強さや試合での貢献を検証する方法はない。見事な逆転勝ちをしたとしても、逆転は偶然でも起こるからだ。実力が同じ対戦(次に得点する確率が50%)なら、6-10になったとしても16回に1回は偶然でも10-10に並ぶのだし、精神力で逆転したというなら、なぜその精神力を最初から発揮せずに6-10になってしまったのかという疑問も生じる。

毎回のように後半に逆転勝ちする選手がいたとしても、それは精神力ではなく相手の出方を見て後半に逆転するというプレースタイルや技術的特徴が原因かもしれない。

「最後まで諦めないのが良かった」と選手自身が語ることもあるが、卓球はマラソンや断食競争と違ってプレーに苦痛を伴わないため、普通の人間は諦めない。だから諦めないのは普通のことであり、特筆すべきことではない("諦めたから負けた"という話を聞いたことがないのはそのためだ)。

このように、精神力が卓球において極めて重要であるのは厳然たる事実だが、その強さや貢献を客観的に検証する方法はない。メディアが精神力や「気持ち」について語るのは、それが真実だからではなく、何の知識もなく語ることができて外れることがなく(検証不可能なのだから絶対に外れない)、受け手の共感が得られやすい便利なものだからにすぎない。

そうした中で、私が確信をもって強靭な精神力を持つと考える選手がいる。それが丹羽孝希だ。

丹羽は試合中、他の卓球選手のように声を出さない。その必要がないからだ。多くの卓球選手は、自らの精神状態をコントロールするために叫ぶ。敗戦の恐怖に打ち勝ち、平常心でプレーするために必死に叫ぶ。しかし丹羽にはその必要がない。常に平常心を保っているからだ。

筆者作成
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過去には声を出さないこと自体が批判されることもあった。「やる気がないのではないか」「一生懸命にやる姿勢が感じられない」「チームの士気を殺ぐ」といったものだ。しかし、それでも丹羽は何ひとつ変えない。すべて黙殺だ。これこそが私が丹羽を鋼の精神力を持つと考える理由だ。

そしてその精神力こそが、リーチが短く脚力がそれほどでもない丹羽の超高速卓球を支えている。準々決勝のファルク戦でも、丹羽は何度もファルクが打つよりはるか前にバック側に回り込んでボールを待った。フォアに打たれたらノータッチで抜かれる場面だ。日本中の観客が見ている五輪という舞台で、フォアを無様に抜かれることをこの男は何とも思っていない。そして実際にフォアを突かれ、無理だとわかるとボールを追いもしない。なんと人を食ったようなプレーだろう。

勝てば「クールだ」「声を出さずにかっこいい」と持ち上げられるが、負ければ同じ理由で今度は批判される。それらの何にも影響されない鋼の精神力。馬耳東風。蛙の面に小便。それが丹羽孝希だ。これほどカッコいい卓球選手がいるだろうか。

8月4日19:30から男子団体準決勝、日本 vs ドイツが始まる。2大会連続で日本の決勝進出がかかった大一番だが、丹羽はいつもどおりに淡々とプレーするだろう。それこそが丹羽孝希だ。

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、ソニー株式会社にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、地域の小中学生の卓球指導をしながら執筆活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。3月18日19時より「ロックカフェ新宿ロフト」にてトークライブ予定。チケットは下記「関連サイト」より。

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