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卓球男子団体戦の鍵 張本智和 安定性と破壊力の狭間で

伊藤条太卓球コラムニスト
男子シングルスの張本智和(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

張本智和が男子シングルス4回戦でダルコ・ヨルジッチ(スロベニア)に敗れた。張本が世界ランキング4位に対してヨルジッチは26位。世界ランキングでは格下と言える相手だったが、張本のコメント通り、ヨルジッチは強かった。

決定的なのはヨルジッチが張本にとってもっとも苦手なタイプの選手だったことだ。張本の際立った武器は、台上のボールを中程度の威力で高い確率で攻撃するチキータと、相手の速球を前陣で跳ね返すカウンターブロックだ。いずれもボールの速さそのものよりは、タイミングの速さで相手を翻弄するものだ。

これに対してヨルジッチは比較的卓球台から距離をとり、フォアハンドもバックハンドも強烈なボールを放つ。特にバックハンドは強烈な上に恐ろしいまでの精度を持っていた。張本のチキータに対して一発でバッククロスを抜き去ったかと思えば、次にはそのボールを警戒してバック側に移動する張本の逆をつき、非常に難しいフォアサイドを切るコース(卓球台の角よりも外側のコース)に叩き込む。ときにはストレートコースでサイドを切るというあり得ないボールまで放った。理屈の上ではあり得るが、現実問題としてこんなコースまで想定して待つことはできない。日本選手では見られないレベルのバックハンドだった。

第1ゲーム3-4でヨルジッチが放った「ストレートでサイドを切る」バックハンドドライブ(筆者作成)
第1ゲーム3-4でヨルジッチが放った「ストレートでサイドを切る」バックハンドドライブ(筆者作成)

今回男子シングルスを連覇した馬龍(中国)のように、バック側のボールをフォアハンドで回り込む選手に対してなら、張本はカウンターブロックで相手を振り回して優位に立つことができる。しかしヨルジッチはバックハンドが得意なので回り込まない。常に卓球台の真ん中に位置して大きく動かないため、張本が「逆を突く」コースがない。そういう相手には、球威そのもので勝負するしかないが、張本の球威は世界では決して抜きん出ている方ではない。

もちろん張本はそうした自らの課題をわかっており球威の強化に取り組んできた。この試合でも要所で全身を使ったフォアハンドドライブを放って得点を重ねたが、その決定率がわずかに足りなかった。それでも張本は、各技術の基本的なレベルの高さと闘志によって、ジュースになった第1、第4ゲームをいずれももぎ取り、フルゲームまで戦った。

こうした技術的なことに加え、張本を苦しめているのはやはり勝たなくてはならないという重圧だろう。昨夏のNHKのドキュメンタリー番組で、幼い頃の自分の写真を見ながら「昔みたいに何もわからず単純な自分に戻りたい」とつぶやいた張本。かつては怖い物などなく、来たボールを無我夢中で叩き返していればよかった。しかしそういうプレーばかりでは安定した実績を残せない。確実にライバルを倒してきたからこその世界ランキング4位だ。

張本に限らず、安定性と破壊力のバランスはすべての卓球選手にとって勝負の鍵となるが、そのコントロールは極めて難しい。短い場合には相手のボールが飛んで来る0.2秒以内に動作を決定しなくてはならないため、どうしても精神状態の影響を受け、それはほとんど無意識の領域の反応になる。重圧がかかると、その判断はわずかに安定性側に偏る。それが功を奏する場合もあるが、今回は違った。

8月2日から始まる男子団体戦。勝負の鍵は張本にかかる重圧を軽減してやり、いかに伸び伸びとプレーできるようにさせるかだ。そこがチーム力が問われるところだろう。「重圧に耐えてこそエースだ」という考えもあるが、目的は精神修行ではなく勝つことなのだから、わざわざ苦しい方法を選択する必要はない。もっとも勝ちやすい方法が「気楽にやること」ならそうするべきであり、それこそがベストを尽くすことに他ならない。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、ソニー株式会社にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、地域の小中学生の卓球指導をしながら執筆活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。「ロックカフェ新宿ロフト」でのトークライブ配信中。チケットは下記「関連サイト」より。

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