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卓球の画像判定 導入前に解決しておかなければならない課題とは

伊藤条太卓球コラムニスト
2019年のグランドファイナルで「フォルト」と判定された馬龍(中国)のサービス(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

1月10・11日、国際卓球連盟は、東京五輪などの主要な大会で、TTR(Table Tennis Review)という画像判定システムを採用することを決めた。

画像判定といえば、2019年4月の世界選手権の女子ダブルスで、早田ひなが出したサービスを相手の孫穎莎(中国)がレシーブミスをしたが、審判がレット(サービスがネットに触れた)と判定して無効となった事件があった。会場のモニターにスローで映し出された映像では、ネットに触れているようには見えなかったが、審判はそのモニターを見ることもなく(そういうルールになっていないのだからこれは当然)、判定は覆らなかった。その後、日本卓球協会は国際卓球連盟に画像判定の導入を要望しており、今回の導入は、それを反映したものと思われる。

画像判定の運用方法は、選手が審判の判定に不服があった場合に、画像判定を申請できるというものだ。2019年12月のグランドファイナルで試験的に導入されたときには、申請は2回まで可能で、申請が通った場合にはその回数が減らないというシステムだったので、今後、これと同様の運用方法になるものと思われる。

他の競技で早くから画像判定を取り入れていたことを思えば、遅すぎた導入と言える。判定でよく問題になる、卓球台の縁に当たったかどうかの「エッジ」の判定、サービスでネットに触れたかどうかの「レット」の判定、そしてサービスがルール通り出されているかどうかの「フォルト」の判定に、透明性をもたらす画期的な導入だろう。

ここで、導入前に解決しておかなければならない懸念点を2つ指摘しておきたい。ひとつは、そもそもサービスのルールに曖昧な点があること、もうひとつは、肉眼での判定が困難であるため、実運用上はルール通りの判定をしていない項目があるという点だ。いずれも重箱の隅をつつくようなどうでもよいことではなく、実際によくフォルト判定されている極めて重要な項目だ。

曖昧な点は2つある。まず、トスを上げる方向が「ほぼ垂直(near vertically)」となっており、角度が規定されていない(ちなみに、日本語のルールの「垂直」という表現は「鉛直」と修正すべきだろう)ことだ。もう1点は、ボールが手のひらから離れたら「すぐに(as soon as)」フリーアームとフリーハンドをボールとネットの間の空間(後で詳しく述べる)の外に出さなければならないというもので、どれくらい「すぐに」なのかが規定されていない。

画像判定をする以上、これらの「ほぼ」と「すぐに」をなんらかの明確な基準を設けて規定しているはずである。まさか画像処理システムを使っておいて「なんとなく見た感じ」で判定しているわけはない。ところがその基準が開示されていないのだ。開示されても、ほとんどの選手は角度もタイミングも測定できないのだから、正確なフィードバックができないとはいえ、そこをブラックボックス化したのでは「判定の透明性」という画像判定の目的の根幹が損なわれてしまう。

次にルール通りの判定をしていないという問題だ。上に書いた「ボールとネットの間の空間」だが、これは「ボールとネットの支柱とでできる三角形を上方に延ばしてできる空間」と定義されている。つまり、底面の傾きが刻々と変化する(ボールの高さが変化するので)三角柱だ。この空間に、ラケットを持っていない方の腕や手を置いてはいけないというのがルールだ。しかし、この空間に腕か手があるかどうかを、その三角形の一辺を斜め方向から見る審判が判定するのは極めて難しい。ひとことで言えば「わかるわけがない」。

筆者作成
筆者作成

実際には、このルールの目的が、相手からボールとラケットを隠さないことにあるので、それが達成されていれば問題ないと判定しているのだ。その結果、ほとんどの選手のサービスがこの三角柱ルールに違反している可能性が高い。冒頭の写真は、馬龍(中国)のサービスが頭でボールを隠しているとされてフォルト判定されたときの画面だが、よく見ると左腕も三角柱に入っている可能性があることが見て取れる。頭が入っていなくてもフォルトだったかもしれないのだ。

現状のまま画像判定を導入すると、試合の終盤にどうしても1点ほしい選手がダメ元で「相手のサービスが三角柱に違反したフォルトだったのではないか」と画像判定を申請し、あっさり試合終了という後味の悪い事態が有り得るし、また、真剣に勝とうとするならそうするべきだろう。この事態を防ぐために、相手のサービスのフォルトを疑う画像判定申請はできないことにするとか、これを期に厳密に三角柱ルールを適用することをあらためて周知するとか方法があるが、そういう話も聞こえてきてはいない。

ちなみに、発端となった冒頭の女子ダブルスでのレット判定だが、画像判定でボールがネットに触れていないことがわかっただけでは日本ペアの得点にはならない。もしも孫穎莎が打球する前に審判が「レット」と宣言したのなら、ネットに触れていないことが後でわかっても、そのサービスは無効にしなくてはならない。一たび審判が「レット」を宣告したなら、どんな理由があろうとそれ以降のプレーは無効にしなくては競技が成り立たない。陸上競技などのフライングと同じである(そうしないと「レット」を宣告されても選手は常にそれが覆ることを想定して最後まで全力でラリーをしなくてはならなくなる)。ただし、孫穎莎が打球してから審判が「レット」を宣言したのなら、ラリーが有効であるときのミスなのでレシーブミスとして良いだろう。よって、画像判定では、選手のプレーだけではなく、審判の宣告のタイミングも、動作と音(声)で検知しておき、判定の材料にすることが必要となる。それなしではこの判定は不可能なのだ。だから、あのとき仮に審判がモニターでスロー画面を見て、確かにネットに触れていないことを認めたとしても、「レット」の宣告が孫穎莎の打球より後だったという確実な証拠がない限り、あのレットは絶対に覆すべきものではなかったのだ。

画像判定の導入をする前に、以上の想定される問題点を整理して事前に選手と審判に周知するなどし、後味の悪い事態を避けることを切に望む。

卓球コラムニスト

1964年岩手県奥州市生まれ。中学1年から卓球を始め、高校時代に県ベスト8という微妙な戦績を残す。大学時代に卓球ネクラブームの逆風の中「これでもか」というほど卓球に打ち込む。東北大学工学部修士課程修了後、ソニー株式会社にて商品設計に従事するも、徐々に卓球への情熱が余り始め、なぜか卓球本の収集を始める。それがきっかけで2004年より専門誌『卓球王国』でコラムの執筆を開始。2018年からフリーとなり、地域の小中学生の卓球指導をしながら執筆活動に勤しむ。著書『ようこそ卓球地獄へ』『卓球語辞典』他。「ロックカフェ新宿ロフト」でのトークライブ配信中。チケットは下記「関連サイト」より。

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