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内定式の茶髪、ありかなしか?~P&Gの就活ヘアキャンペーンから考える

石渡嶺司大学ジャーナリスト
P&Gキャンペーンサイトより。明日の内定式、学生はどうする?

P&Gが就活ヘアの広告を展開

P&Gは「#令和の就活ヘアをもっと自由に」プロジェクトを9月から始めています。

同社は2018年にも同様のプロジェクトを展開。新聞各紙に「自由な髪型で内定式に出席したら、内定取り消しになりますか?」との見出しを大きく出した広告は話題となりました。

P&Gの2018年新聞記事。反響は大きかった。
P&Gの2018年新聞記事。反響は大きかった。

今年2019年は139社と共同でプロジェクトを展開。広告には趣旨に賛同した企業139社の社名を合わせて掲載されています。

もちろん、P&Gも善意100%ということはなく、こうしたキャンペーンを展開すれば企業イメージは格段に上がります。それからシャンプー、リンスなどヘアケア商品も売れる、という寸法。

いや、さすがビジネスが上手い、という皮肉はこれくらいにしましょう。

P&Gの思惑がどうあれ、この就活ヘアキャンペーン、学生の「内定式に茶髪はあり?なし?」という疑問(または悩み)を突いています。

それから髪の色と似たところでは「何を着ていくか」。

考察していくと、なかなか深い問題です。

2002年には黒髪が常識化

就活ヘアは黒髪が常識となったのはいつごろかははっきりしません。

ただ、リクルートスーツの黒は2002年~2004年にかけて定着したことが新聞等の文献調査で判明しています。

※詳しくは2018年の私の記事をどうぞ

リクルートスーツはいつ黒になった?(上) ~誕生からバブル期まで 基本は紺

リクルートスーツはいつ黒になった?(下)  ~バブル崩壊以降 はじまりは1998年

そのため、黒髪もこの時期に定着したもの、と思われます。

朝日新聞2002年10月6日朝刊「3年の就活 とりあえず変身から(ウチらのはやりモン)」には、同時期に就活=黒髪が定着していた、とうかがえるエピソードが掲載されていました。

夏休みが終わってみれば、キャンパス内は一気に就職活動モード。どこの大学も就職講座が増える。あおられるように「就活」を意識しだした学生がやることは大体決まってる。キーワードは「とりあえず」だ。

「とりあえず身だしなみからって感じ」とは、夏休み中に茶髪を黒くした日大3年の飯島香織さん。久しぶりに会った周りの友だちの髪も黒くなったり短くなったり。

2006年には学内の茶髪・ピアス禁止を通達した大学がありました。反発して茶髪のままだった学生も「『就活が始まるから』と改善を約束」と記事にあります(読売新聞2006年11月2日朝刊「『教室が黒くなった』茶髪・ピアス禁止令周知1か月で 秋田経法大など」)。

ノウハウも出て順応性も見られる

就活では黒髪、と定着したことで、ヘアメークをどうするか、そのノウハウも注目されます。

下野新聞2011年2月18日朝刊記事「企画/西島悦の就活!メーキャップ術/10/前髪の簡単ピンカール/清潔感ある ヘアメーク」では

就活のヘアメークのポイントは「清潔感」。光り輝くつややかな髪、シンプルなヘアスタイルを心がけることです。

ヘアカラーの色が明る過ぎたり、乾燥して白茶けたりしている場合は、まず自然な髪色に戻し、トリートメントで手入れをして、つややかな髪を取り戻しましょう。

として、黒髪であることを前提に「清潔感が大事」と強調しています。

その反面、なぜ、「黒髪に黒のリクルートスーツ、黒い靴」という疑問も社会人側を中心に出てきます。

2011年12月18日・中日新聞朝刊「西遊記2011 秋田佐和子記者 就活の定番 なぜリクルートスーツ? 社会へ順応性示す武器」では、やはりこの疑問から、リクルートスーツについてまとめています。

学生は、

「就職難で先輩から苦労話もたくさん聞いた。これからの人生を左右する仕事選びで、外見だけで評価を下げたくない。無難な格好がいい」

というコメント。

専門家のコメントではこんなものも。

ファッション業界に精通する平野学園(大垣市清水町)教育企画ディレクター平野宏司さんは「無難なデザインのリクルートスーツは確かに没個性の象徴的なものだが会社組織に属する適正を判断する就職面談では、社会集団への順応性を示す格好のアイテム」と解説する。

そして、この記事を執筆した記者はこうまとめています。

女性用のリクルートスーツは、黒色かダークグレーがほとんど。同じような格好をすることに私自身は違和感があった。短時間で人間性を判断される面接の場で、服装も自分をアピールする数少ない手段のはず。「その人に似合う色や柄なら許されても良いのに」。そう素朴に感じていたが、同じようなスーツを着ることに深い意味が隠されていることを知った。

この記事に補足すると、記事掲載時点の2011年(2013年卒採用)はリーマンショック以降の就職氷河期(2008年~)を脱していません。

学生側からすればそうそう強気になれない時代でもありました。

その逆に、企業側からすれば学生の応募が多く、強気に出てもそれほど弊害のない時代。「社会集団への順応性を示す」かどうかをリクルートスーツや黒髪で見ようと思えば見れたわけです。

氷河期が過ぎても「失敗は嫌」の意識も

それから、黒髪・黒スーツが定着したのは就職氷河期ばかりではありません。就職氷河期がすぎた今でも定着しているのは「失敗は嫌」の意識が現代の若者に強いことも影響しています。

日本能率協会マネジメントセンターの調査によると、2017年~2018年に入社した新入社員(391人回答)は「仕事で失敗したくないと思うか」に「そう思う」が82.9%にも達しました。1988年~1992年のバブル期入社(63人回答)、1999年~2003年の氷河期入社(67人)は、同じ質問にそれぞれ66.7%、70.1%と回答しています。

失敗を恐れるのは、どの世代も同じですが、同調査では「失敗から学ぶことは多いので、恐れず仕事に取り組むことが大切か」に対して「そう思う」は新入社員71.9%、バブル期入社74.6%、氷河期入社76.1%とほぼ同じです。

つまり、頭では「失敗は必要」と考えつつ、実際には失敗を恐れる人は新入社員の世代の方が多いことを示しています。

これはリクルートスーツ・髪型の選択にも当てはまります。

つまり、「黒スーツ・黒髪はなんかおかしい。でも、下手に変えて浮いたらどうしよう」との意識が強すぎるのです。その結果、黒スーツ・黒髪がずっと続いて現在に至っているわけです。

「茶髪はイメージが悪い」で内定辞退も

それにしても、黒髪にこだわる企業・業界だと、地毛でも認めません。

毎日新聞2017年11月12日朝刊「頭髪指導:ありのまま、阻む壁 地毛茶色の20代、進学・就職『これが日本の現実』再び黒染め」では、地毛が茶色い女性が就活で内定辞退に至った例を紹介しています。

短大教授の助言で髪を黒く染めて就活を始めたが、髪質のせいかすぐに色が落ちた。茶髪は地毛だと伝えた上で百貨店とレンタカー会社から内定をもらったが、人事担当者はこう言った。「接客業なので茶髪はイメージが悪い。入社までに黒く染めてください」

またか――。怒りを抑えられず内定を辞退した。1年間のフリーターを経て、昨年から警備会社で働いている。地毛での勤務はできるが、自分のやりたい仕事とは違う。

接客系・金融は「茶髪だと顧客からクレームが来る」も

同記事は地毛が茶髪の女性の苦労談が語られています。令和にもなって、まだ黒髪にこだわるのか。

と、思いきや、実は茶髪でもこだわらない企業は2000年代前半からありました。

「AERA」2003年5月26日号「就職 第3回 就活本にはない内定、面接Q&A」では、茶髪でも内定を出した、というIT企業採用担当者のコメントを掲載しています。

「茶髪、ピアスで1次面接にやって来た男子学生にも内定を出した。能力があれば身なり風体で評価はしない」

同様のコメントは、私もIT企業を中心によく聞きます。

P&Gのキャンペーンに賛同した139社もよくよく見ていくと、DeNA、IBMなどIT関連企業が多く入っています。

一方、毎日新聞記事で茶髪(地毛)の女性が内定辞退をした百貨店、レンタカー会社など接客系の企業はどうでしょうか。

流通関連企業の採用担当者に取材すると、「平成でも令和でも茶髪はNG」と答えてくれました。

個人の能力と髪の色は関係ありません。が、うちのような接客中心の企業だと客からクレームが来るのですよ。「なんで、茶髪のヤンキーみたいな子が接客しているんだ」って。うちだと、店舗のマネージャーになることもあります。その場合、パートさんを統括することになりますが、ここも反発は出るでしょう。ただでさえ「若い子に指図されたくない」と思っているところに茶髪だと余計に反発してしまいます。オシャレであっても地毛であっても、社内外の反発がある限り、茶髪は落とそう、となってしまうのです。

内定式で黒髪だった子が茶髪になったら?うーん、まずは黒髪にするよう、話します。それでも茶髪にこだわるなら、うちでは無理、と話しますね。

内定式でいきなり茶髪より、まず相談を

「うちは茶髪だから、落としたり、内定取り消し、ということはない」

と話してくれたIT企業の採用担当者も、内定式で急に茶髪にするのは勧めない、と話します。

同じ茶髪でも、暗めというか、抑えたカラーなら、いいんじゃないですか。うちの女性社員も多いですし。ただ、いきなり、明るい茶髪とか、赤とかで内定式に来られると、しんどいですね。

パンテーン(P&G)のキャンペーン、去年も今年も見ましたけど、結局は僕ら採用担当者と内定学生の間に信頼関係をちゃんと築けたかどうかだと思います。

信頼関係があれば、内定式前に茶髪はどうか、という質問が出てきます。いや、そもそも、先輩社員と接する機会を作っておけば、どの程度まで染めるのは、ありか、なしか、わかるはず。

それを内定式で急に染めてくる学生がいるとすれば、それは企業側、というより採用担当者側が信頼関係を構築できなかった、ということではないでしょうか。

基準を設ける銀行やマナー講座の保険会社も

学生だけでなく企業側も、ヘアカラーは黒髪一色を良しとはしなくなりつつあります。

2016年3月4日・北國新聞朝刊「職場ヘアカラーは『常識』来店客に感じよく 銀行は基準を設け、役所は職員の裁量」記事では、

「表情が柔らかくなり顧客に好印象を与える」

という理由でヘアカラーを歓迎。

あれ?私が取材した流通系企業とは真逆。

そう、実は同じ流通系企業でも茶髪をNGとする企業もあれば認める企業もあるのです。これは受付などの事務職でも金融系企業でも同じ。

日本ヘアカラー協会理事で同協会県支部の初代支部長を務めた新田千鶴子さん=野々市市=によると、県内の受付業務に当たる人の髪色は、ここ3年でぐっと明るくなったという。

北國銀行は、同協会がヘアカラーの基準としている茶髪から黒髪までの12段階のうち、真ん中の「6」よりも明るくしないことを行内規定とする。担当者は必ずしも黒髪を求めていないとし、「お客さんに不快感を与えないことが大切だ」と話した。

県庁や市役所、今村証券は、見る人に違和感を与える髪色でない限り、職員の自由としている。

新田さんは、好感度が求められる接客業では、黒よりもほどよい明るさのヘアカラーを施したほうが品のある柔らかな雰囲気が出せると指摘している。

三井住友海上は2018年10月15日の内定式後、「着こなし講座」を実施(2018年10月26日・保険毎日新聞)。

着こなし講座では、紳士服販売チェーン「洋服の青山」を展開する青山商事から講師を招き、半年後に入社を控え、「どんなスーツを何着買えばいいのか」「ビジネスカジュアルとは、どんな服装なのか」といった疑問や不安を抱える内定者に向けて、ビジネスシーンで間違いなく好感を持たれる服装を、デザイン、サイズ感、色味など具体例を挙げながら紹介した。内定者は、時折自身のスーツを見ながら、熱心に話を聞いていた。

ビジネスカジュアルで来い、と言われても学生の大半はわかるわけがありません。そこで三井住友海上は内定式に合わせて講座を開催。

講座まで行かなくても、採用担当者の個人レベルで指導する機会を設けている企業も多そうです。

マイナビ調査(回答者は先輩社会人)によると、濃い(暗めの)茶髪は男性が「OK61.2%、NG38.8%」、女性は「OK83.0%、NG17.0%」。明るい茶髪は男性が「OK9.4%、NG90.6%」、女性は「OK18.8%、NG80.2%」。どちらも、濃い(暗め)の茶髪なら容認派が多数となりました。

では、どの程度の茶髪ならOKか?実はちゃんと図るスケールがあります。それを記事にしたのが西日本新聞。

2015年4月14日夕刊「社会人の頭髪検査!? 茶髪『色見本』導入続々 就職活動・明るすぎは『アウト』企業や役所・『ふさわしさ』数値化」によると、

もともとレベルスケールは、美容師らでつくるNPO法人日本ヘアカラー協会(東京、JHCA)が髪染めの勉強用として2000年に考案した。合成繊維でできた髪の房が、最も黒に近い5番から明るい15番まで、11段階に染め分けられている。

しかし、03年ごろから「職場にふさわしい髪はどんな色?」「茶髪の社員が増えたのでヘアカラーの基準を設定したい」といった相談を受けるようになった。JHCA基準のレベルスケールとして有料で売り出したところ、日本航空が「社員の髪の明るさを測るのにちょうど良いツール」と初めて購入。ホテルオークラ、KDDI、三菱東京UFJ銀行…。大手企業が次々と採用し、今年4月時点で約17万個を販売した。

JHCAの佐藤肇委員長は「茶髪という言葉は既に死語。美しいヘアカラーは職場を美しくするという考え方が職場に浸透している」と話す。

就活に黒髪が定着したのは2000年代前半と記事冒頭で推察を書きました。それは外れていないと思いますが、一方で同時期から、職場のヘアカラーの是非は問題になっていたのですね。

同記事では、接客系の企業や病院、自治体についても触れています。

社員の8割が女性という免税店JTCの福岡本社人事部(福岡市)は「真っ黒に染め直すよう指導すれば、反発が強くて入社もしてくれない。接客に支障がない程度の茶髪は、認めないとやっていけない時代」と打ち明ける。

宗像市役所は昨年4月に接遇マニュアルを策定した際、認めるヘアカラーを一番暗い3番から明るい15番まであるスケールで「7番以下まで可」と定めた。

職員約750人のうち約300人が非正規で、髪の色や服装がばらばらだったこともあり、人事課は「市民の皆さんにとって正規、非正規は分からない。公務員としてふさわしい身だしなみを指導する基準がほしかった」と説明する。

約10年前から看護師らの指導に活用している北九州市の芳野病院も「髪を染めることは個人の表現の自由だが、患者さんはお年寄りが多い。折り合いをつける判断基準は必要」としている。

内定学生は内定式の先も考えよう

では、明日の内定式で茶髪にするかどうか悩む学生はどうすればいいでしょうか。

一番いいのは、その企業の採用担当者に相談することです。

が、悩む学生の大半は相談できるまでに至っていないはず。

であれば、その企業の他の社員がどの程度、髪色を明るくしていたかどうか、思い出してみてください。

それに合わせていくのが一番ではないでしょうか。

P&Gの「令和の就活ヘアをもっと自由に」という趣旨に私も基本的には賛成です。

ただ、その自由さは企業や業態によって大きく変わります。

もっと言えば就活ヘアというだけでなく職場の在り方はどうか、ということも考える必要があるでしょう。

となれば、P&Gさんには来年、このキャンペーンをやるとすれば「令和の職場ヘアをもっと自由に」でどんなものでしょうね?

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計33冊・66万部。 2024年7月に『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』を刊行予定。

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