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公務員試験が就活生をダメにする~地方学生の悪循環

石渡嶺司大学ジャーナリスト
合同説明会。近年では民間企業に交じって自治体がブース出展することも増えた。(写真:森田直樹/アフロ)

4年生秋以降の就活始まる

9月に入ると、3年生(2021年卒業予定者)のインターンシップも一段落。そして、秋冬のインターンシップやセミナーが始まります。

その一方、4年生(2020年卒業予定者)でまだ就活が決まらない人は秋以降も就活を続けます。

4年生で秋以降も就活を続ける人はいくつかパターンがあります。

・公務員試験に失敗し、民間企業就活に転換→公務員落ちグループ

・留学から帰国し、就活開始がそもそも遅い→留学帰国グループ

・就活をなんとなくやっておらず夏秋ごろから就活開始→ゼロ就活グループ

・就活開始は3年生からも志望業界などが合わず内定が取れない→長期化グループ

公務員志望者が地方出身者・地方大学に多い理由

今回は上記4グループのうち「公務員落ちグループ」について。

公務員試験に失敗して民間企業に転換する就活生は地方出身者・地方大生が中心です。

理由は簡単で、地方出身者・地方大学の方が公務員志望者の割合は高いからに他なりません。

地方出身者だと親・親戚の圧力で、地元の有名企業を除けば公務員就職を強く勧めてくる、という事情があります。

「田舎だと県庁が一番上。次が県庁所在地の市役所。3番手で地元の銀行、信用金庫、新聞社など。国家公務員や全国区の有名企業だと別格扱いしてもらえるが、ヒエラルキーははっきりしている。従兄がドイツ銀行に就職したが、うちの親も親戚もみな『そんな訳のわからない企業に就職するなんて』と批判一色。従兄はキレて就職してから帰省しなくなりました。僕も優良企業を選びたいのですが、従兄のように『訳の分からない企業』と言われないか、ちょっと怖いです」(首都圏国立大生)

それから地方大学だと地元自治体への就職を後押しするため、地元自治体との提携講義を開講する、ということがよくあります。

提携講義は自治体職員がテーマ・部署ごとにリレー式で講義。これに、市長が登壇する、という大学も。

提携講義だけでなく、大学生協や公務員試験予備校と提携した試験対策講座を開講。公務員試験予備校と同じ内容だったとしても、割引価格で受講できるよう補助を出す大学もあります。

強く志望していなくても公務員志望へ

家族は公務員就職を勧める、大学でも周囲は公務員志望ばかり。大学は大学で公務員関連の提携講義や対策講座を開講。となれば、地方出身者・地方大生は公務員就職を志望する学生が増えるに決まっています。

これが首都圏・関西圏など都市部にある大学なら「なんとなく」レベルの学生はそこまで公務員を志望しません。

自治体との提携講義を開講する大学も多くありません。対策講座は総合大学ならほとんどが開講していますが、それでも受講料はかかります。それから、都市部の大学だと学生の多数派は民間企業志望です。そのため、「なんとなく」レベルの学生は当然ながら民間企業就職に向かうことになります。この点が地方大学と都市部の大学との大きな違いです。

それから、公務員対策講座には受講料が発生している点も見逃せません。いくら大学が補助を出すと言っても、受講料は発生します。しかも公務員対策講座は就活間際の短い期間だけ、ではありません。

早ければ大学1年生から受講することになります。

そうなると、学生からすれば受講料と受講した時間の元を取り返そう、という意識が働いてしまいます。

株式投資でいうところの損切り(ロスカット)、公務員就活だと早い時期の方向転換ができれば、まだ救いはあります。が、この損切りをできる学生はそう多くありません。

勉強一本を勧める善意がアダとなる

さらに公務員試験就職で重要な点が公務員試験の範囲の広さです。

高校5教科7科目に、憲法、民法、経済、行政学など。

広く浅く、しかも、自治体によってはご当地問題と言って、地元の四季・地理やイベントなどを問うことも。

当然ながら勉強は大変ですし、1・2年生から公務員試験対策講座を受講する学生によっては、挫折してしまいます。

そこで公務員試験対策講座の講師は、半分は善意(残る半分は合格率を上げたい、という欲求)から、こんなことを言いだします。

「ともかく公務員試験の勉強だけしろ」

中にはこんなことを言いだす講師も。

「民間企業の就活は一切しなくていい!」

この公務員試験予備校の講師の一言が学生の大きなターニングポイントとなるのです。

勉強だけしても面接で不合格

「試験の勉強だけしろ」「民間企業の就活は一切しなくていい」

という予備校講師の話を、いい意味で流せるタイプの学生ならまだ救われます。

ところが。

地方出身者・地方大生は都市部の学生に比べて、純朴なタイプが多いです。

これはもちろん、長所でもあり、民間企業就活でも採用担当者から高く評価されることがあります。

ただ、逆に言えば、教員や講師の話をそのまま信じ込んでしまい、スルー能力はやや低い、とも言えます。

公務員試験予備校講師の話も同じで、講師が「試験の勉強だけしろ」「民間企業の就活は一切しなくていい」と言われれば、そのアドバイスをそのまま受けてしまいます。

もちろん、講師の話を信じる、というだけではありません。公務員試験対策は大変ですし、さらに通常の講義にアルバイト、サークル・部活だってあります。

これにインターンシップなど民間企業就活をやっている余裕が学生の側にそもそもない、という事情もあります。

学生からすれば、ただでさえ忙しいところに、わざわざ民間企業就活をする合理性が見いだせないのです。

ところが。

実際はどうでしょうか。

公務員試験は確かに一次試験が筆記試験です。範囲が広いのは先に書いた通り。

つまり、しっかり勉強しておかないと一次試験は突破できません。そのため、公務員試験予備校講師の「試験の勉強だけしろ」はあながち間違いではありません。

ですが、公務員試験は筆記試験と面接があります。自治体によってはグループディスカッションを導入しているところも。

試験の勉強だけしていた学生は、面接・グループディスカッションの段階で落ちることになるのです。

東日本の自治体職員(採用担当)は、

「統計は取っていませんが、面接では質問を無視した回答をしてしまう学生がいます。『あれっ?』と思って筆記試験のスコアを見ると高い学生は多い気がします」

と話します。

内容は違ってもアプローチは同じ

一方、インターンシップなど民間企業の就活をしている学生はどうでしょうか。

インターンシップと言っても一日タイプのもの、就活ノウハウの支援型など、多種多様になっています。

公務員の場合、人事異動は民間企業以上に多く、採用担当の部署に長くいる、という職員は民間企業よりもはるかに少数派。

そのため、公務員試験の面接はどうしても型にはまった質問になりやすい、という特徴があります。

ただ、そうした特徴を除けば、基本的には民間企業就活と同じ。

そうなると、公務員志望であっても、民間企業就活を経験している学生は強いです。結果論ではありますが、面接に突破して内定を得やすい、と言えます。

公務員落ち学生、夏以降も苦戦する意外な理由

地方公務員にしろ、国家公務員にしろ、結果が出るのは7月ごろまで。この時点で決まっていればいいのですが、問題は落ちた場合。

公務員就職をあくまでも目指すために就職留年・浪人か、それとも民間企業への転換か、学生は選択することになります。

大半の学生は、経済的な理由(大学・公務員試験予備校の学費・受講料負担は避けたい)と留年を敬遠したい、という思いから民間企業就職に転換します。

ところが、この「民間企業就職への転換」がくせ者、と話すのは就活カフェの一つ、キャリぷら東京のカウンセラー、竹村昌芳さん。メーカーの人事部長を勤めるなど人事・採用事情に詳しいベテランです。

「石渡さんやマスコミが『民間企業就職への転換』と書く分には特に問題はありません。問題があるのは公務員落ちの就活生が使う点です。それも面接で志望動機を聞かれた際に『公務員試験から民間企業就職に変えたので』と話してしまうパターン。もちろん、事実なのですが聞かされる採用担当者からすれば『えっ?』ってなりますね。『そりゃあ、うちは民間企業だ。だけど、民間企業はうちを含めいくらでもあるわけで、どこでもいいのか?』と思ってしまいます。なんか、目標だった公務員試験に落ちたショックを引きずっていて自分が最優先になってしまっています。ごく初歩的な気遣いができない、その最たるものが志望動機での『民間企業就職への転換』なのです」

4年秋以降にも採用を続ける企業からすれば、公務員試験落ちであることをネガティブに見るわけではありません。

「公務員試験落ちの就活生は勉強をしっかりしている点が好感を持てます」(商社)

「うちだと技術者とやり取りする必要があります。ガチガチの理工系でないにしても高校理科程度は理解していて欲しい。公務員試験落ちの学生は文系学部でも理系分野を勉強しているので、その点では欲しい人材です」(メーカー)

など、好意的な意見も。

公務員試験に落ちたことも、挫折経験の一つであり、ネガティブな材料ではない、と採用担当者の多くは話します。

志望動機を聞かれたらどう答えればいい?

では、志望動機を聞かれたら第一志望と答えればいいのでしょうか。

念のため、採用担当者に取材したところ、皆さん、苦笑い。

「いや、だって、最初は公務員志望だったわけですよね?それで第一志望ってウソでしょう」(ホテル)

「そもそも4年秋以降に動いている企業側、学生側、双方にそれぞれ何かしらの理由があります。少なくとも学生が第一志望と話したところで心に響くことはないですね」(メーカー)

民間企業就職への転換、と話すのはNG。第一志望も嘘くさい、となると、どう答えればいいでしょうか?

「公務員試験に失敗した、という点を話したうえで、自身のこれまでの勉強や関心などと志望動機を結び付ければ十分です」(キャリぷら東京・竹村さん)

さらに、ショックなのを引きずることなく、キャリアセンターや就活カフェ、新卒応援ハローワークなどを利用してほしい、とも竹村さんは強調します。

「公務員落ちの就活生で、良くないのは志望動機で『民間企業就職への転換』と話してしまうだけではありません。公務員試験に落ちたショックからか、就活を何もしない。したとしても面接対策などを何もしないまま自己流で進めてしまう学生がいます。これだと、就活がいつまでも終わらない悪循環にはまり込んでしまいます」

私も4年生秋以降の未内定学生を取材していますが、「面接の練習などでキャリアセンターに行くのは恥ずかしい。後輩学生がいるので」「就活カフェや新卒応援ハローワークは知っているが、公務員試験に落ちたことを責められないかと思うと行く気になれない」などの理由で面接練習をしようとしない学生がいます。

「うち(キャリぷら東京)のような就活カフェでカウンセラーのいるところなら、未内定学生の相談にもちゃんと乗ります。うちだと、リクエストがあれば模擬面接もちゃんとやりますよ。ちなみに予約等は不要です」(竹村さん)

再チャレンジに成功する5条件とは

公務員試験に落ちても、なお、就職留年・浪人をして再チャレンジを、と考える学生もいます。

が、これはこれでいばらの道。自治体採用担当者などを取材すると5条件が揃っている学生であれば再チャレンジに成功する可能性が高いようです。

5条件とは、「法学部出身か、法律を相当勉強している」「公務員試験予備校に通うなど面接対策をしている」「毎日、一定の勉強時間を確保できる」「親の援助があるか、少なくともアルバイト中心の生活にならない」「新聞や自治体関連の観光検定受検などで地元情報を収集している」。

その1:法学部出身

「公務員の、特に行政職は法律の基本的な知識が必要。そのため、法学部出身者の方が再チャレンジは成功しやすい。経済学部など他学部がダメ、とまでは言わないが、法律をちゃんと勉強していないなら、やめた方がいいと思う」(西日本・国立大学就職カウンセラー)

その2:面接対策

「お金がかかっても、公務員試験予備校などにちゃんと通って面接対策をすることが必要です。独学の公務員試験浪人だと、どうしても独りよがりな回答になってしまい低評価となりますので」(中部・自治体職員/面接担当の経験あり)

その3:一定時間の勉強量の確保

「公務員の仕事って、派手さよりは地味な作業が多いです。毎日、コツコツと勉強できるのであれば再チャレンジも成功しやすいのではないでしょうか」(中部・自治体職員)

その4:親の援助あり

「公務員試験浪人でも親がきちんと援助すること。『大学を卒業したら後は自己責任。自分でどうにかしろ』と話す親御さんもいますが、あれはよくないですね。正論ではありますが、そうなると浪人をする我が子はアルバイトに時間を取られます。当然ながら勉強時間は確保できず、公務員試験浪人をする意味がありません。私は公務員試験に落ちてこだわる学生には、親と徹底的に話すよう、アドバイスします。事情をちゃんと理解して生活費などの援助をするのであれば、公務員試験浪人もありでしょう」(東日本・公立大学キャリアセンター職員)

その5:新聞・ご当地検定

「うちも含めてご当地問題は筆記でも出ます。面接の口頭試問でも出ますし。そうなると、自治体などが運営しているご当地検定、あれを受検している学生は結果的には有利ですね。それと、新聞。地元情報だけでなく、社会の流れがどうなっているか、基本的なことは把握していて欲しい。新卒でもそうですし、既卒ならなおさら見る目が厳しくなります。それなのに、社会の大きな事件や話題を理解していない、となると、落とそうか、となってしまいます」(西日本・政令指定都市職員)

公務員試験落ち→浪人の末路は「高プラ・低コミュ」

首都圏私立大学のキャリアセンター職員は、先の5条件に加えて「浪人を1年か2年やって、ダメなら方向転換をする決断力」も条件と話してくれました。

「たとえば、司法試験予備試験を受け続けて5年たった、10年たった、それでようやく合格し弁護士になったとしましょうか。それでも弁護士は腕次第では高収入が期待できますから、浪人が長くてもコストを回収できます。その点、公務員、それも地方公務員はどうでしょうか?確かに安定はしていますが、全体としては人件費を抑制する傾向にあります。そのため、浪人期間が長いとそのコストを回収できない可能性が高いのです。そもそも、自治体からすれば、公務員志望者が毎年、一定数いる中で公務員試験浪人の長い人をわざわざ採用するメリットはあまりないですし」

この職員氏は1年、続けても2年やってダメなら公務員試験浪人自体も断念する決断が必要、と話します。

さらに、浪人期間が長いと、プライドばかり高く、それでいてコミュニケーション能力の低いニートでしかない、と末路を「予言」しました。

「私も公務員試験落ちの学生・浪人について、民間企業の採用担当者が『学力が高い』と好意的に見てくれることは知っています。が、それはあくまでも新卒の学生か、浪人と言っても20代前半と若いからです。5年、10年と浪人を続けていると、プライドだけが高くなっていきます。学力の高さはメリットから『学力は高くてもプライドも高い』とデメリットに転化してしまいます。しかも、そうした公務員試験浪人はコミュニケーション能力が高くありません。はっきり言えば低い。つまり『高プラ・低コミュ』でいくら公務員試験を受けても落ち続ける、しまいには、年齢制限に引っかかり、単なるニートと化してしまうのです」

大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計33冊・66万部。 2024年7月に『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』を刊行予定。

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